「東大生のノートは美しい」でしたっけ?
よくしりませんが、売れたみたいですねぇ~。
いかに表面的なことにとらわれている人が多いかという好例です。
ノートの効力はその使い方で決まります。
体裁は、ほぼ無関係です。
これは、ノートの常識です。
といったら、驚かれるでしょうか?
驚きすらしないという可能性も高そうです。
これがノートの常識であるということがどう驚きなのか?
要するに、てんでまとまりのないただのメモ書きみたいなノートでさえ、使い方次第では、ものすごく奇麗にまとまったノートを超えることが十分ありうるということです。
つまり、「東大生のノートは美しい」が本当かどうかはさておくとして、「ノートが美しい方が勉強ができる」は嘘だということです。
(語弊はあるかもしれませんがいちいち対処してられないので気にしないことにします。)
だって、当たり前じゃあありませんか?
参考書を使ったって勉強できるようにならないんですから。
(参考書って、「ものすごく奇麗にまとまったノート」ですよね?)
さきに断っておきますが、「ノートの使い方」というのは、出来上がったノートの使い方のみならず、ノートという行いに接する際のノウハウをも含んでいます。
さて、使い方って具体的になんなのか。
それは、色々あると思います。
それこそ、「東大生の(ry」に詳しく載っているかもしれません。
なお、お金はいただいておりません(笑)
細かいテクニックは実際の指導中に伝授するとして、ここでは、当たり前のようでほとんど意識されていないであろうが、しかし、デキる人とデキない人とを決定的に隔てている、最も重要なことだけを伝えます。
それは、板書は覚えてからノートに写すということです。
つまり、ノートをとるときにオリジナルの表現を見ながらの単なる書き写しにならないようにするということです。
たったそれだけです。
タイトルは便宜上「ノートのとりかた」としましたが、どこかに何かを書き写すようなときにはいつでもいえることです。
板書とノートを何度も往復するのは、見た目も馬鹿っぽいし、実際馬鹿になるので、絶対にやめましょう。
もっと一般化するならば、要するに、頭の中だけで作業する量を増やすということです。
数学で途中式を書かないとか、英文和訳で英文を一度覚えたらもう確認の見直しはしないとか。
できるようになったらそれを頭の中だけでもできるようにする。
これは数学オリンピックで入賞するような人を育てている人がどこかで言っていたことです。
ここまでやるのはちょっと大変そうですが、板書をちらちら見ることを禁ずるくらいは誰でもすぐに始められると思うので、やってみてはいかがでしょうか?
よくしりませんが、売れたみたいですねぇ~。
いかに表面的なことにとらわれている人が多いかという好例です。
ノートの効力はその使い方で決まります。
体裁は、ほぼ無関係です。
これは、ノートの常識です。
といったら、驚かれるでしょうか?
驚きすらしないという可能性も高そうです。
これがノートの常識であるということがどう驚きなのか?
要するに、てんでまとまりのないただのメモ書きみたいなノートでさえ、使い方次第では、ものすごく奇麗にまとまったノートを超えることが十分ありうるということです。
つまり、「東大生のノートは美しい」が本当かどうかはさておくとして、「ノートが美しい方が勉強ができる」は嘘だということです。
(語弊はあるかもしれませんがいちいち対処してられないので気にしないことにします。)
だって、当たり前じゃあありませんか?
参考書を使ったって勉強できるようにならないんですから。
(参考書って、「ものすごく奇麗にまとまったノート」ですよね?)
さきに断っておきますが、「ノートの使い方」というのは、出来上がったノートの使い方のみならず、ノートという行いに接する際のノウハウをも含んでいます。
さて、使い方って具体的になんなのか。
それは、色々あると思います。
それこそ、「東大生の(ry」に詳しく載っているかもしれません。
なお、お金はいただいておりません(笑)
細かいテクニックは実際の指導中に伝授するとして、ここでは、当たり前のようでほとんど意識されていないであろうが、しかし、デキる人とデキない人とを決定的に隔てている、最も重要なことだけを伝えます。
それは、板書は覚えてからノートに写すということです。
つまり、ノートをとるときにオリジナルの表現を見ながらの単なる書き写しにならないようにするということです。
たったそれだけです。
タイトルは便宜上「ノートのとりかた」としましたが、どこかに何かを書き写すようなときにはいつでもいえることです。
板書とノートを何度も往復するのは、見た目も馬鹿っぽいし、実際馬鹿になるので、絶対にやめましょう。
もっと一般化するならば、要するに、頭の中だけで作業する量を増やすということです。
数学で途中式を書かないとか、英文和訳で英文を一度覚えたらもう確認の見直しはしないとか。
できるようになったらそれを頭の中だけでもできるようにする。
これは数学オリンピックで入賞するような人を育てている人がどこかで言っていたことです。
ここまでやるのはちょっと大変そうですが、板書をちらちら見ることを禁ずるくらいは誰でもすぐに始められると思うので、やってみてはいかがでしょうか?