神道に於いて神の使者もしくは神の眷族で神意を代行して現世と接触する者と考えられる特定の動物のことである。
「神の使い」「つかわしめ」「御先」などとも云う。時には、神そのものと考えられることもある。その対象になった動物は哺乳類から鳥類・爬虫類、想像上の生物まで幅広い。

特定の動物が神の意志を伝えるという説話は日本神話の中にも見られる。『日本書紀』の景行天皇記には、伊吹山の荒神が大蛇に化身して日本武尊の前に現れたのを、尊は「大蛇は荒神の使いだろう」と言ったという記述がある。左記の皇極天皇記(4年正月条)には、姿は見えないが、猿の鳴き声がした為、人々が「伊勢大神の使」として、その声で吉凶を判じたという記述がある。また同崇神天皇記では、大物主神自身が蛇の姿で妻問いに訪れる件(くだり)がある。

平安中期成立の『扶桑略記』の記述として、伊勢神宮の近辺で白専女=白狐を射殺した者が配流になったとあり、古代では霊狐信仰があったとみられる。

時代が下ると、神使とされる動物は、その神の神話に於ける記述や神社の縁起に基づいて固定化されるようになり、その神社の境内で飼育されるようにもなった。更には、稲荷神社の狐のように、本来は神使であるものが祀られるようにもなった。これは神とは無関係に、その動物自体が何らかの霊的な存在と見られていたものと考えられる。