壱岐島(いきのしま)は、長崎県の離島で、九州と対馬の間に位置する。南北17 km・東西14 km程度の大きさの壱岐島は、周辺の小さな島々と区別して壱岐本島と呼ぶ場合もある。また『古事記』では「伊伎島(いきのしま)」と書かれ、別名を「天比登都柱(あめひとつばしら)」と言う。

壱岐島は対馬と同様に、九州と朝鮮半島との間に存在する島であり、この地理条件の為、古くから朝鮮半島と九州とを結ぶ航路の中継地の一つとして利用されてきた。船舶の進歩に伴い、九州の博多港と朝鮮半島の釜山港とを直接結ぶ航路等が開設され、さらに航空機の登場などに伴い、交通の中継地としての地位は低下した。

玄界灘に位置する壱岐島の周囲には、23の属島(有人島4・無人島19)が存在し、まとめて壱岐諸島と呼ぶ。ただし、俗に、この属島をも含めて壱岐島と呼び、壱岐島を壱岐本島と呼ぶ場合もある。なお、官公庁の定義で【壱岐島】と呼ぶ場合、周囲の属島は含めない。現在は壱岐市の1市体制で、長崎県は島内に壱岐振興局を置いている。

島内では漁業だけでなく、農業も行われている。また、島内全域が壱岐対馬国定公園に指定されており、観光業も見られる。この関係で、九州などから旅客船等も運行されている。空港も有るものの、慢性的な赤字空港である。

島の比較的平坦な地形は田畑として利用しやすく、壱岐島には縄文時代から人が居住し続けた痕跡が島内各地に残っている。古墳なども現存しており、古来より自然環境への人的な影響が強かった。

対馬(つしま)又は、対馬島(つしまとう)は、九州の北方の玄界灘にある、長崎県に属する島で、島全域が対馬市の1島1市体制である。面積は日本第10位で、島内人口は3万470人。(2019年9月現在)

主島は対馬島で、このほか属島として5つの有人島(海栗島・泊島・赤島・沖ノ島・島山島)と102の無人島がある。この対馬島と属島をまとめて「対馬列島」「対馬諸島」とすることがある。古くは対馬国(つしまのくに)や対州、また『日本書紀』に於いて、対馬島(3文字合わせて「つしま」と読むのが書紀古訓での伝統)と記述されていた。旧字体では【對馬】。

地理的に朝鮮半島に近い為、古くからユーラシア大陸と日本列島の文物が往来し、日本にとっては大陸との文化的・経済的交流の窓口の役割を果たしてきた。現在は隣国の大韓民国からの観光客が増加しており、日本の海釣りの名所として知られ、島内の至る所にハングルが併記された標識や案内を見ることが出来る。なお、韓国に於ける対馬の呼称は、日本語読みに準じた「쓰시마섬」と、朝鮮語読みである「대마도」の二種類が存在する。

対ロシア帝国・対ソビエト連邦の防衛上の重要拠点であり、冷戦時代はソ連軍の軍用機や潜水艦が頻繁に出没していた。

地政学的にはチョークポイントにあたるところから、古代より国境の島として国防上重視され、明治時代から、大日本帝国陸軍は対馬警備隊・対馬要塞を置き、戦後は1956年より航空自衛隊の海栗島分屯基地が設けられ、1961年より陸上自衛隊の対馬駐屯地も置かれ、対馬警備隊へと発展している。また、明治時代には大日本帝国海軍の施設も置かれたことがあり、現在は海上自衛隊の対馬防備隊が置かれている。