こんばんは!
またまたブログを読んでくれて、ありがとう。
では、早速本題に入る。
テーマは「胸騒ぎ」
学生時代は大いに遊んだほうがいい。
よく言われる。
本当だろうか?
私は、ホントーに目一杯遊んだ。
といっても、そんなにいろいろな種類のことに手を出したわけではない。
概ね3つ。
スキューバダイビング、アルコール、そして恋愛だろう。
まあ、恋愛は遊びとは言えないが。
いずれにせよ、目一杯遊んだお陰で、それらの想い出は未だに峻烈だ。
とくにダイビングで日本の様々な島を巡り、民宿に泊まり、早朝から潮を見に行き、準備して潜り、昼は小島でのんびりと過ごし、午後また潜り、夜は酒を飲んでバカ騒ぎ・・・。
こんなに幸せでいいのだろうかって思った。
そういう記憶はいまだに去来する。
何かを引き金として。
そう、例えば音楽だ。
その体験をしているときに流れていた音楽は、聴くと同時にその体験を瞬時に思い出すスイッチとなる。思考のスピードに比べ、感覚のスピードは何倍も速い。
そしてそういう感覚に囚われているとき、決まって目の前のことが手につかない。
このブログでもしょっちゅう書いているように、自分はコンサルタントとしての日々の仕事にとてもやりがいを持って臨めているし、仕事が充実するほどに家族との関係もいい感じになっていく。
ところが、ふとしたきっかけで、ある曲を聴いた瞬間、心はあっという間に“あのとき”にフラッシュバックしてしまう。
例えば街を歩いているとき、Strawberry Time なんか流れてきてしまうと、頭の中は、沖縄の西表島の民宿の庭で、午後の風に吹かれながらオリオンビールを飲んでいるときの映像と感覚(いわゆる4D)で占められ、それでも飽き足らず、イメージは膨れ上がり溢れ返ってしまう。
コンサルティングの企画を考えていようが、研修のテキストをつくっていようが、お構いなしに思考停止状態に追い込まれていく。
そして、こともあろうに、「自分はこんなことしていていいのかな?」とか、「いる場所が違うんじゃないかな?」とか、今ある仕事への感謝さえ薄れ、私の意思はグイグイと、あのときの妄想のほうへ引っ張られていく。
こういう現象は、ときどき仕事の大きな妨げとなる。
私は、あちこち旅しながら仕事をしているので、年間の半分以上を各地のホテルで過ごす。つまり一人で時間を過ごすということだ。
会社のオフィスで多くの社員に囲まれて仕事をしているなら、ボンヤリなんかしていられないだろうけど、街の喫茶店で一人で企画を考えていて、ただでさえ行き詰って思考することから逃げたくなっている状態で、例えば“Strawberry Time”を聴いちゃったりすると、下手をすると1時間近く手も頭も止まってしまうことがある。
そんな自分を、バカだなと思うんだけど。そして妄想から逃れるすべも分かっているんだけど、あえてその妄想の中に浸ろうとする自分がいて、なかなか現実に戻ってこられない。
だからあえて言おう。そもそもサイコーの思い出なんかなきゃいい。
だって、人間が生きているのは“今”なんだから。
今を充実させるために、想い出はいらない。
学生という自由な身分で、思いっきり日々を楽しんでしまうと、青春を満喫してしまうと、記憶の中に想い出が一杯詰まり、それは折に触れ自分にとってのリアルを侵食し、リアルの自分の行動をストップさせる。
素晴らしい想い出なんかいらない。経験した端から忘れてしまえばいい。
それでも、今日も何かの音楽に刺激され、妄想がもくもくと、夏の入道雲のように自分の心の中に湧き上がってしまうのではないかという心配と、そしてほんの微かな期待に、胸騒ぎがするのであった。
どう?こんな思いに苦しんでいるのは、オレだけ・・・・・?
そんなこと、ないよね?
では、ミッドナイトテキーラ、きょうはここまで。
草木も眠る丑三つ時。
自分もそろそろ、眠ろう。
ブログは毎日書くので、お楽しみに!
byやすにいさん