前回記事「“ふんじゃった!”から始まる、悲劇のライフヒストリー:悪戦苦闘編」

続編として、“悪戦苦闘”の状況を抜け出し快進撃へと転じる、
奇跡の「サクセスストーリー」を
うすらボンヤリと考えていました。

言うまでもなく、私には
ドラえもんは付いていないので、
              

スカッと目の覚めるような展開が期待できるはずもなく、
一気に快進撃とはなりませんでした。

一気呵成に快進撃とはならなかったものの、
マイナス続きだった人生が、
プラスへと導かれる出来事に遭遇したのです。

前回の記事にも書いているように
ダウンマイナス続きの人生をアッププラスの人生に変えるキッカケが
  

ヘビさんだったんですよね。
それで、“悪戦苦闘”の状況を抜け出すキッカケになったのも、
奇しくもヘビさんでしたという、
何のスパイラル❓とかデジャブ―だとかはてなマーク

でもね、でもね、でもね、
なんと、なんと、なんと、

今回のヘビさん
前回のヘビさんとは
違っていたのですよ!?

今回のヘビさんコチラ

     

白蛇つまり白ヘビさんだったのです。
尊いビックリマーク実に尊い!!とても尊いビックリマークビックリマーク


実はですね、
“悪戦苦闘”の人生に振り回され続けていたワタクシ右京は、
二十数年前である200X年の12月に祖父が旅立ち、

自身が生きること、歩むべき方向について、
何年ものあいだ考え続けていたのです。

前回の記事では社会人になってからの出来事を深く記さず、
そこから二十年ほどの期間についても、詳しく書いていません、
その期間については、時機を見て少しずつでも触れるつもりです。

 

とにもかくにも、
世間に振り回されやすいポンコツな人間であることに加えて、
人間不信や社会不振に陥ることが繰り返し起こったこともあり
フツーの社会人として人生を全うするのは難しいというか、
社会人として生きていく自信が持てないという不安が募り、
それを払拭できなかったのです。


もちろん、
ヒトは一人で生きているワケではでは無いので、
誰しもそれぞれに傷つけたり気づ付けられたり、
多かれ少なかれ傷つけあって生きているのです。


わたし自身も然りで、気付かずに傷つけあっているのです
わざわざ言うまでもないことですけど、
意識的に傷つけているヤバイ奴には要注意ですよ。

そんなワケで、
卑屈にならず甘えを棄てて、
ポンコツはポンコツなりに、
我が身を自ら浄化しつづけながら、
何とかホソボソと生きているのです。。。

                         

またまた話題から逸れているので、閑話休題で話をもどしましょう。
二十数年前である200X年の12月に祖父が旅立ち、
それから三か月後の3月11日の朝のこと、亡くなった祖父の百か日でした。

祖父は歴史や日本神話や神道に詳しく、
神職として誘いをいただいたこともあったようですが、
製鐵会社を経て親族の興した建設業に携わっていました。


                

そして、3月11日の朝
卵がかえって間もないと思われる、
20センチに満たないボールペンサイズの小さな白蛇が
洗面所近くにいるところを、母が洗面所で遭い「ワアッ!」と驚いたのでした。

何事かと思って洗面所に向かうと、
様子をうかがうようにジイ~ッとしている
ボールペンサイズの小さな白蛇がいたのです。

          

この日は亡き祖父の百か日でもあったので、

このヘビさん”は祖父の生まれ変わりかもはてなマーク……などと、

訳の分からないことをうすらボンヤリと考えているうちに、
どこかへ消えてしまいました。



白ヘビさんが表れてからは、ホントに不思議なことに、占い理論を学ぶなかで
疑問に思っていた色んなことが見えるようになりだしたのです。


その頃は、四柱推命の研究にも一定の成果が表れて来ていたので、
それを生業にする気持ちが日々強まっていました。
ただし、振り返ってみると前のめりになっていて見切り発進というか、
少しフライング議気味フライング気味のところもありました。

ですが、フライング気味のところが功を奏した面もあります。
お客さまである御相談者さんに納得していただける占いをするために、
命術(めいじゅつ)を基本として複合的に判断できる占いスタイルを手に入れたのです。

    

出生日時から占う命術(めいじゅつ)を基本に、
顔や手などから得られる情報をから読みとる相術(そうじゅつ)を交え、
易やタロットカードを用いて得られる偶然性を加味した卜術(ぼくじゅつ)を絡めて、
それぞれの占術が相互に裏付けとなり補完し合う占いスタイルを確立できたのです。

ですから、お客様との対話の中から学んだりヒントを得たことが学びとなり、
それが、お客様の笑顔に結びつくカタチで還元できることが
占いの基本型であり理想像でありスタンダード=一定要件だと考えています。

実際には一定要件に足りたり足りなかったりのポンコツで、
一喜一憂の繰り返しみたいな日々ですが、
占いセンスのチューニングを怠らないようにしています。


ところで、祖父の遺伝子が父に、さらに私へと伝わったのですが、
うすらボンヤリとしたキャラは、どこから受け継いだものなのか、
周りの親族を見わたしてもサッパリわかりません。

ただ、うすらボンヤリとした性格も、
少年漫画やテレビアニメを視たり、本を読んだりすることには向いていたのか、
挫折を繰り返した前半生でしたが、現在の仕事には役に立っているようです。

慌ただしい流れには対応しきれなかったうすらボンヤリとしたポンコツも、
六十干支という悠久の時間をベースにした世界には向いているようで、
飽きることも倦むこともなく、四半世紀に近い時間を陰陽五行と向き合いながら、
過ごせていることに感謝しています。

 


ところで、中国で最古の占い書とされる『易経』ですが、
その原型がまとまったのは紀元前 8 世紀(紀元前800年から紀元前701年)である
……とされているので、いまから3000年ほど前のことになります。

三千年という時間の中で、数多の文献が書かれているのですが、
占いに関する有用な文献となると、明治書院の『新釈漢文大系』の中で
10冊ほどだと思います。

それとは別に、占いの専門書は多くありますが、
ベーシックな陰陽五行理論に則ったものとなると、両手で数えるほどでしょう。
それ以外は、いま出ている“似非占い本”と大差ないでしょう。

「温故知新:おんこちしん」という言葉があるように、
「故(ふる)きを温(たづ)ねて新しきを知(し)らば、
以(も)って師となるべし」という『論語』の言葉に由来します。
偉そうなことを言うようですが、学びの意味はこれに尽きるのです。
中国古典を知れば、本当の占いに近づけるのです。


さてと。
ところで、前回の記事に終盤部分に、
次のような文言を並べていたのですが。。。

そして、“ふんじゃった!”からというもの、
苦渋と辛酸に塗れた前半生でしたが、
悪いことも良いことも、いつまでも続くというものでも無いみたいです。


●●を変えれば運気が変わり

●●が変われば人生も変わる

 

その◆◆潮目、そして◆◆転機となることに巡り逢えたのです。


上記のような、
惹句(じゃっく)=惹き文句=誘い文句=キャッチコピーというものに

ヒトは引き付けられやすいようで、それが、
思考を混乱させたり鈍らせったりする「惹き文句」の由来なのですね。

例えるなら、
「いい子がいますよ!」・・・・・・「○○分飲み放題で、○○○円ポッキリですよ!」。。。
そんな惹き文句に乗せられた結果、悪い酒を飲まされて前後不覚に陥って、
気が付けば財布の中身もスッカラカンに!・・・・・・似たようなケースは、
業種を問わず見聞きしていますし、催眠商法的なケースだってあるようです。

こういった話と同様の惹き文句やキャッチコピーに似ているのが、

●●を変えれば運気が変わり

●●が変われば人生も変わる

 

その◆◆潮目、そして◆◆転機となることに巡り逢えたのです。

などといった惹き文句なのでしょう。

「●●を変えれば運気が変わり」の「●●」に当てはまる言葉も定まっていませんし、
●●が変われば人生も変わる」の「●●」ピッタリの言葉も正解は無いのです。
つまり、
文章として成り立てばOKなだけの、
定型句のようなものなのです。


神経科学では、惹き文句によって脳内報酬系が刺激を受けることで
快感物質と考えられているドーパミンが分泌されるそうで、
その結果として根拠が曖昧な情報を疑うことができずに
思考停止状態に陥って無秩序に受け入れてしまうようです。


ここで少し脱線しますが、観察してきた経験から、
思い当たることを文字にしておきます。
脳内報酬系が刺激を受けることでドーパミンが分泌されるという
そのメカニズムが定型化してバイパスのようなものが形成しているとしたら、それが

サイコパシーの攻撃を受ける要因の一つでもあるように思うのです。
 

それと、報酬系の対極に位置するものが存在するとすれば、
自制系的なメカニズムと考えるそうですが、
個人的に理解できる位置にはいません。


閑話休題で本題に戻しましょう。
他の生き物と同様に、ヒトにも欲や欲求が備わっていますから、
それを制御し得る
抑制性の神経伝達物質の研究が進歩すると
うんと穏やかな世の中になると思うのです。


抑制性の神経伝達物質には、GABA、グリシン、
そしてセロトニンがあるそうですが、
それとて、まだまだ奥が深い研究分野であるようです。。


とはいえ、惹き文句に振り回されないようにすれば良いのです。
惹き文句欲と表裏一体の言葉であり、
ヒトが持っている欲を刺激し掻き立てる話法です。

それを信じて後悔するよりも、転ばぬ先の杖を持つのです。

『論語』には、「君子危うきに近寄らず」と記されています。


次回の記事は、すでに周回遅れですが、名月・明月に関する考察です。

よろしくお願いします。