片耳失聴で少し困ること...


中途で片耳失聴になった方には共感していただけるかと思うのですが、、、

私が術後初めて片耳を失聴したことを実感したのは
術後初めてシャワーを浴びて良いですよと言われ
久しぶりに髪の毛を洗い
ドライヤーをかけている時でした。

聞こえる側から聞こえない側にドライヤーを移動させた途端
音が半分くらいになり

初めてそこで
あ〜
本当に右側は全く聞こえないんだ、、、
と実感しました。

先生や看護師さんたちや家族は
正面から話しかけてくれるし
病院は基本静かなので、それまで余り実感がなかったのです。


ドライヤーを持ったまま
2分くらい泣きました。

でも、お風呂の持ち時間1人30分だったので
その後は涙を拭いて、髪の毛を乾かして、素知らぬ顔で病室へ戻りました。


そしてその後
ドライヤーを使うのが暫く嫌だったのですが
慣れとは恐ろしいもので
最近はその音の大きさの差を余り感じなくなっています^^;


ですがまだとても困っていることが一つ。

片耳失聴したために、聞こえる方の耳はすごく頑張ってくれているようで
音を拾う力が凄いというか

その為に本当に助かっていると思うのですが


混んでいる電車やバスの中で、耳元で急に声を発されると
ボリュームを急激に上げられたみたいな爆音で聞こえてしまうのです( ;∀;)

でも、
『話しますよ〜、話しますよ〜、今から話しますよ〜』
と囁きながら話し出す方なんて当たり前ですが居ないので

ぎゃっ!と思う事が度々あります。


普通の話し声でも
かなり大きく聞こえるのです( ;∀;)


そして昨日バスで
小さい抱っこされているお子さんが
ジタバタしながら叫び出して


そのお子さんのママもきっと泣きたかったと思う。

でも、私も泣きたい( ;∀;)


そしてその後もう1人、もう少し大きくて、泣き声の迫力のあるお子さんがそれに加わり( ;∀;)

抱っこされてると、丁度私の耳元。

もう、無理やり大音量の音を聞かされている状態( ;∀;)


髪の毛をいじる振りして、聞こえる方の耳をカバーしましたが


乗り物に乗るときは
聞こえる方の耳にライブ用とかの耳栓した方が安全かなぁ、、、


聞こえる方の耳は大切にしたいのです( ;∀;)


皆さんはどうされてますか?
この本のタイトルを見たときに
ドキッとして

暫く前を行ったり来たりして

でもやっぱり気になって
買ってしまいました📚


『余命10年』

私が主治医に
手術をしないでガンマナイフにした場合の余命として告げられた年数です。

10年と言う年数は
余命にしたら短くはない様な気もするし
でも、それで終わりと言われたら
やっぱり落ち着かなくなる年数。

結局手術にしたけど
手術中に心停止したりして
予定していた所も取りきれなかったしで
私の余命は一体何年なのか知る由もありませんが

『君の膵臓をたべたい』
を読んだ時

死は全ての人に平等に訪れる

って言うことを再認識したし

10代20代の人の余命10年と
今の私にとっての余命10年は
持つ意味も長さも違うかな、、、
とも思います。


そして
命に関わる病気の人もいれば
命には関わらないけれど
ずっと苦しい症状と付き合っていかなくてはいけない病気の人もいる


健康な人と
持病のある人の違いは何かと言えば

自分の終わりの時を
意識しながら生きるか
意識しないで生きるか

それだけの様な気がしています。


この本の著者の小坂流加さんは
闘病の末
この本の文庫版が出版される少し前に亡くなったそうで

そして彼女はまだ本当に若くて
まだまだやりたいことがたくさんあって

なのに潔くって

凄いなぁと思いました、純粋に。


大切なことは
1日1日
大切に生きることなのかな🌿