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第4回講義 - 「存在」、「すべて」って??

では、講義を始めます。


「存在」という言葉は日常生活でよく耳にする言葉だと思います。「~が存在する」なんてかたい言葉は使わず「~がある」という言い回しの方が多いかもしれません。



例: X高校の生徒は全員1日5時間以上勉強している ・・・(1)



この主張はうそであることを証明するにはどうすればいいでしょうか??上の主張には全員という言葉が入っています。すなわち全ての生徒が1日5時間以上勉強していると主張しているのです。それがうそであることを証明するには次のことを証明すればいいのです。



答:X高校の生徒の中には、1日5時間以上勉強しない生徒が存在する



だって、主張(1)は全ての生徒が1日5時間以上勉強しているといっているわけですから、1人でもそうでない人がいれば主張(1)はうそになります。



例:Y大学には留学生が在籍している

 言い換えると、「Y大学の学生の中には留学生が少なくともひとり存在する



この主張は「Y大学には少なくとも1人は留学生がいる」というものです。同じくこれがうそであることを証明するにはどうすればいいでしょうか??それは、次のことを証明すればいいのです。


答:Y大学の学生はすべて留学生ではない



少なくとも1人は存在すると主張しているので、全員留学生ではないことを証明すればいいことが分かります。


上の2つの例を眺めていると分かるように「全ての」に関する主張を否定するためには「存在」に関する主張を証明すればよく、反対に「存在」に関する主張を否定するには「全ての」に関する主張を証明すればよいのです。



よく次のように誤解する人がいます。


「主張(1)を否定するには、Y高校の生徒全員が5時間以上勉強していないことを証明しなければならない」



たしかに、全員がそうでないことを証明してもよいのですが、主張(1)は「全ての生徒が5時間以上勉強している」と言っているので1人でも5時間未満しか勉強していない生徒が存在すれば、その主張が否定できます。


同じく2つ目の例では、少なくとも1人は留学生が存在すると主張しているので、それがうそであることを証明する(否定する)ためには、全ての学生が留学生ではないことを証明しなければなりません。



例題:全ての自然数(自然数とは1,2,3,4,5....という一番自然な数字)は偶数である

    がウソであることを示せ。


答: 3は自然数だけど奇数である(偶数でない)




馬鹿みたいな例ですが、これで今日の講義を終わります。

明日は、この続きを講義します。









第3回講義 - 定義すること

1回目は、ある主張の「」は必ずしも正しくないこと

2回目は証明・根拠の提示が必要なときとそうでないとき


を述べました。

今日は、定義とは何かを書いていきます。


よくテレビ番組の討論で、



「あの戦争は自衛戦争であって、侵略じゃない、進出だ」


人と



「あれは侵略戦争だ!」



という人がいます。


私は、こういう議論には参加しません。というか、参加できません。


なぜなら、「自衛」、「侵略」の定義があいまいで分からないからです。

たとえば、「侵略」を次のように定義するとしましょう。



侵略とは「他国の領土・主権を奪うこと」



すると、この定義によれば日本軍が中国に出兵したことは確かですのでこの戦争で日本は中国を「侵略」したことになります。


また、次のように定義した場合はどうですか?



侵略とは「自己防衛以外の目的で他国の領土・主権を侵すこと」であって自己防衛のためのに他国の領土・主権を侵したとしてもそれは、侵略ではない。



すると、すぐに問題になるのは、「自己防衛とはなにか??」ということです。つまり、どの範囲まで「自衛戦争」といえるかという問題です。これを定義するのは難しいですね。戦争が起こる原因、戦争のパターンは無限にあると言えると思うので、個別の場合について、



パターン1は自衛戦争、パターン2は侵略戦争、パターン3は侵略戦争、パターン4は自衛戦争・・・・



というように定義するのは不可能に近いと思われます。


そういえば、もっと根本問題を忘れていました。それは


定義の定義は??


ですね。こうなると、


全ての言葉を定義できるものではない


ということが分かるのではないでしょうか。

そもそも言葉は無限にありませんので、必ず定義できない言葉があるはずです。


ある言葉を辞書で調べると、その説明の中に分からない言葉があって、それをまた調べるとまたまたその解説の中に分からない言葉があって、・・・・・これを繰り返しているうちに最初に調べた言葉に戻ってきた。


そういう感じです。

場合によって定義するべきかそうでないかは、そのつど自分の頭で考えてみる必要があるみたいです。


次の講義では「存在する」と「全て」について解説しましょう。


では講義を終わります。

第2回の講義 - 証明、説明が必要なときとそうでないとき

前回はいきなりクドイ話でしたが今日もかなりクドイ話です。


昔からよくテレビ番組で、超能力とかテレパシーとかわけの分からないものが放送されています。私は、



「そんなことはありえない!」



と思っていますが、大きな声で否定はできません。なぜなら、

「そんなことはありえない」ということを証明できないからです。しかし、そのような多くの番組では、



・超能力は存在する


・宇宙人がいる


・量子力学(物理学の分野)が人間の心理を支配している



など、有力な根拠なしに述べています。根拠となるものを示していることもありますが、いずれも



捏造可能



なものばかりです(たとえば、宇宙人・UFOの写真、宇宙人との遭遇体験など)。


このように、常識から外れた主張をするときは、その根拠となるものを示してもらいたい!たとえば、


「人を殺してはいけない」 ・・・・(1)



と主張すると、正常な大人ならば「それは正しい主張だ」というはずです。それは、主張(1)が極めて


常識的


だからでしょう。だから主張(1)について「正しい」という根拠は必要ありません。では次の主張はどうですか?



「宇宙は膨張している」 ・・・・(2)



人間は、宇宙を外から眺めることも出来ないし、宇宙の果てなんて見たことがない。だから、これは常識的な主張とは言いがたいですね。だから、このことについてはその根拠を述べる必要があります。



実際、(2)の主張はアインシュタインによって数学的に導き出されたものです。自分で導いた結果があまりにも非常識的だと思ったアインシュタインは疑いました。しかし、これは正しいことが後になって観測により証明されました。


このように、証明が必要なときと、そうでないときがあります。


今回の講義は終わりです。