小学校の頃、
 僕が大好きだった武田信玄や劉備は
 その時には、もう死んでいた。




 中学校の頃、
 僕が大好きになった
 カーペンターズやアイルトン・セナや勝新太郎さんは
 もう今は死んでいる。




 だけど、その訃報に接したときは
 びっくりはしたけど、悲しいってのとはちょっと違った。


 



 え?あんなに大好きで本まで買ったり、年表まで
 自分でノートにまとめたのに冷たくない?って言われても
 隣にいるわけじゃないし、当然連絡を取り合ってる友達とは
 違うから、急に寂しくなったりもしないからだ。
 




 それでもやはり、映像に流れる姿や
 音源なんかを聞き返すと、なんとも言えない気持ちになる。





 
  
 だけど悲しいって気持ちは、たぶん今までもこれからも
 親しい友達や身内にしか感じないと思うくらい
 僕はきっと冷たい人間なんだと思う。 






 裏を返せば、
 勝新やジョン・レノンが今も生きていようと死んでいようと、
 僕のなかの距離感は、あんまり変わりがないってことなんだと思う。
 アルバムを聞いて、そのメロディに心揺さぶられるし、
 悪名をDVDで見ながらのんで、その演技に引き込まれるし。






 だから、これまでもこれからも
 アルバムを本棚から取り出してきて
 「雨上がりの夜空に」や「スローバラード」や
 色んな曲を、思い出したように聞いて心揺さぶられていくんだと
 思いながらも、なんだかちょっと切ない朝だ。

エロスは激怒した。
 

 必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。
 エロスには政治がわからぬ。
 エロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。
 けれどもエロスに対しては、人一倍に敏感であった。


 

 「人の心を疑うのは、もっとも恥ずべき悪徳だ」

  







 原題は人間の信頼と友情の美しさを、簡潔な力強い文体で表現した
 太宰治中期の代表的短編である「走れメロス」です。
 もう数珠玉のように、心をしめつける言葉たちが溢れています。

 



 でね僕が思うに、人類みんなが走るエロスの塊だったりします。




 好きな人との待ち合わせに遅れるから走ったり、
 借りていたエロビを今日中に返却しないと
 延滞料がつくからとか深夜に走ったり、
 デートの最後に「今夜は返したくない」なんて口走ったり、、、、





 もうね走ること全ての理由がエロスに結びついている。




 オリンピックのランナーだって最初は
 好きな子を振り向かせたくて、付き合って手を握りたくて
 アフリカの大地を走りだしたのかも知れません。





 「悪心を抱いている、というのですが、
 誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。(太宰・走れメロス)」





 同じように、誰もがエロスを心に抱いています。






 コリン星からやって来たゆうこりんや、
 あんなに純粋そうに見える「堀北まき」ちゃんだって
 エロスを抱いています。






 えなりかずきだって、普段はエロス全快かもしれません。




 「ぴ、、、ピー子さん、、、おれ、、、前からあなたが」
 「いやよ、、、えなり君、、、駄目、、、かずき、、ぁぁ」





 もうね、人類がエロスに対して気が散らなければ、
 きっと21世紀はブレードランナーで描かれた世界くらいには
 車も宙に浮きながら、文明は発展していたはずです。



 


 「呆れた王だ。生かして置けぬ(太宰・走れメロス)」







 例えば、もう少しでノーベルやアインシュタインクラスの
 物理学的な新物質を発見できるはずだったのに、
 「あぁ今日は彼女とデートだわ、早く切り上げなきゃ」って
 思ったばっかりに、あと一個薬品を足せば見つかった
 万能薬にたどり着けなかった悲しい学者だっていたはずです。






 まぁエロスには光と影があるのです。
 









 ええ、たかがエロスに負けちゃいけないんです。







 でもね、毎日会社で怒られたり、学校で宿題忘れて立たされたり、
 実は新婚なのに奥さんがニューハーフと初夜で気づいたり
 40過ぎて不倫がばれて離婚調停したりして、
 あぁ人生負けてばっかだわ、、、なんて思っているとしても…
 




 僕らは大きなレースの勝者なんです、誰もが。
 
 




 「エロスは思った、我々は勝者だと(ユウキ著・走れエロス)」






 まぁこの世に生を受けて以来、我々はお受験だの、
 出世競争だの、パン食い競争だの、結婚での勝ち組と負け組だの
 日々の日常で大いなる競争にさらされ、日々の生活に疲れています。







 でもね、思い出して欲しいんだ、もし落ち込んでいるんなら。






 君は三〇〇〇〇〇〇〇〇分の1のレースの勝者だってこと。




 


 そう、僕らは生まれながらにして
 受精という、精子と卵子の3億分の1の壮絶なる
 サバイバルレースを勝ち抜いた勝者なんだってこと。









 もうね、この世に生を受けたこと自体が優勝者の証なんです。








 その後は色んなことで負けたり勝ったりしてますが、
 人生負けつづけなんて思っている方がいたとしたら、
 「私は昔、命を賭けた三億人が参加したレースで
 優勝したことあるんだ」って自慢してもいい。






 

 まぁ話されてる相手も勝者ですが。



 こっちにパンテリンがあるとラモスが叫んでも

 あっちにもパンテリンはあるのです。
 



 しかし。

 つまり、この世に生を受けてきただけで、
 3億分の1のレースを勝ち抜いた勝者なんです。
 だからチャンピオンとして、命は大事にせにゃならんのです。






 負け犬、負け組、勝ち組、セレブなんて
 勝手に色づけなんて意味はございません。
 そうだ、生きてるだけで丸儲けなんだ。

 


 だからエロスから始まって結ばれた僕らが、
 生まれてからもエロスに付き動かされて走ったとしても、
 それはウイニングランなんです。


 
 
 そして、最近すべてがうまくいかないなぁなって落ち込んでいても、
 それは、ウイニングラン中に起こっているハプニングなんだから
 必要以上に落ち込まないでいいのです。





 変な奴に迷惑かけられても、
 ウイニングラン中になだれ込んできた観客と思えば
 うん、変な応援ありがとうって、優しく手を触れるのです。
 


 うまくいかないことが続いても
 ヒーローインタビューは何を言おうかしらって
 明るいことを考えてもいいんです。







 だから、頑張ろうぜ MY FRIEND!





 


 ひとりの少女が、緋(ひ)のマントをエロスに捧げた。
 エロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。



 「エロス、君は、まっぱだかじゃないか。
 早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、
 エロスの裸体を皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」





 
 勇者は、ひどく赤面した。

 
     


 
 あんた変質者やがな、メロス。
 

               
          
                (ユウキ著 走れエロス)

僕はハリセンボンを描きたいだけだった。





 小学校で年に一回開かれるスケッチ大会。
 とにかく細かい絵を描くのが好きだった僕は、
 仲の良かった棚橋くんと二人で、クラスの群れから離れて、
 せっせとチクチクとした針のついた
 ハリセンボンという魚を描いていた。




 クラスのみんなは、やはりペンギン。



 アバの水族館といって、世界最高齢の
 皇帝ペンギンフジの飼育で世間に名を知らしめた場所。
 そして今はペンギン水族館と呼ばれるくらいだから、
 とにかくペンギンが大人気だった。





 ペンギンについて語りだすと
 止まらなくなってしまうので割愛するが、
 僕は就職してからも週1回のペースで仕事前に、
 ドライブがてら見に行っていたくらい、
 フンボルトペンギンが好きだ。






 しかし、そのスケッチ大会の日は、
 なぜかハリセンボンに興味をそそられてしまい、
 T君と二人で、チクチクとした魚を描いていた。



 迎えたのはお弁当の時間。
 特に集合の合図もかかっていなかったので、
 僕はハリセンボンの場所に残ってせっせと書きつづけていた。
 そのくらいしないと描ききれないくらい、
 トゲが多い魚でもあった。
 





 T君は「みんなと食うわ」って
 弁当だけ持って移動したから、
 僕はもくもくとタッパーに入った焼肉食べていた。
 エバラのたれは時間がたっても美味しいものだ。
 そして、細波のように動くハリセンボンの針は
 子供ながらに毒々しくて美しかった。






 そんな時だった。
 担任の先生が息を切らしてやってきたのは。
 どうやら僕を探していたみたいだった。
 





 「どうしたんか?みんな下で食べよるぞ。 早くこっちこないか」。
  



 とにかく僕は荷物をまとめさせられて、
 クラス全員のそろっている場所へと連れて行かれた。




 みんなが集められた。
 担任の横に立たされた僕。
 そして先生はこう言い放った。







 「みんな、お友達が一人でご飯食べてたぞ」








 そして、僕の頭を優しく撫でながら続けた。







 「先生は悲しい。だって一人で食べたら嫌だろう。
  そんな仲間外れとかしないで、一緒に食べようじゃないか、、、」




 


 「いや!違います。
  僕はハリセンボンの前で
  一人で食べたかっただけなんです!」といいたかったが、
  クラスのみんなが、ゴメンナサイっていう目で
  見てくるを感じていると、何だか悲しくなってしまっていた。







 「先生は、仲間外れは嫌いだぞ」






 優しく頭を撫でられていると、
 なんだか「違うのに、違うのに」って思えば思うほど、
 涙があふれ出てしまった。







 「シコシコ君、、、ごめんね」、、、
 手をひいてみんなの方に
 連れて行ってくれたのはK君だった。
 なんだか自分が凄く可哀想な子に思えてきてしまい
 凄く涙が止まらなかった。
 






 本当にハリセンボンを描きたいだけだったのに。







 そして僕を囲んで、
 クラスで円になって弁当を食べてくれた。
 「食べてくれた」という表現は変かもしれないが、
 とにかくそのような状況だった。







 そして一番悲しかったのは、、、







 誰かが僕の弁当箱のフタに「ごめんね」って言って、
 おかずを乗せてくれた事から、
 次々とタコさんウインナ-やサンドイッチや
 唐揚げなどが置かれていったことだった。






 それは小学生なりの友情の証しだったのかもしれないが、
 体の弱い母さんが、早起きして一生懸命作ってくれた
 弁当のフタに、知らないおかずが乗せられていくのは、
 なんだかとても悲しかった。









 それを腕を組んで満足げに眺めていた先生。
 うんうん、ってな感じでうなずきながら
 一人の生徒の仲間はずしを救ったヒーローのように。 
 僕はそれから、どこかで学校の先生が嫌いになった。




 


 子供には子供なりの事情がある。
 きっとそれは、大人ではうかがいしれない、
 とてもデリケートなものなんだと思う。





 まぁ、そうやって子供は大人になっていくのかもしれないが
 そこには大人の安っぽいヒロイズムが
 入り込む余地はないような気がする。






 そして、大人になって思う。
 大人にも大人の事情があるってことも。
 






 あぁ大人は大人で大変だ。







 PS  お弁当の卵焼きとアスパラのベーコン巻きは
     なんで、あんなに美味しいんだろっ!