都市は、土地を所有するエリートの利権が地理的に現れたものとして考えられる。そのようなエリートは、その仲間とともに、共通の利権をもつエリアの土地利用の集約度を増すことで、利益を得る。エリートは、自らのエリアに、成長を誘導するような資産が投資されるように努め、他のエリアに土地を所有するエリートと争う。国及び地方政府の権力は、この成長の達成を支援するように利用される・・・



これは、Growth Machineという考え方で、アメリカの社会学者Harvey Molotchにより1976年に提唱された理論です。



都市はgrowth machineである。

土地の価値は、隣接する土地、さらにはそれを含む広いエリアのの価値と運命をともにする。土地利用価値を高めるために、各コミュニティ単位での争いが生じる。例えば、バス停を自分の店の前に設置させたいとか、コンベンションセンターを自分のホテルの近くに立地させたいとか。高速道路のルート、飛行場、その他もろもろ。

土地所有者たちは、共有の利益を市町村から獲得するために協力する。同様に市町村は国から利益を獲得するため連携する。そして、成長の「必要条件」の獲得を目指して、政府を舞台に、土地利害共有グループ間の争いがおこる。これが歴史的な米国のプロセスだ。

市町村、地域の新聞社、半公共組織(大学、インフラ関係)、企業の地域支社も、成長をめざし協力する。政治家もこのような背景の中で生まれる。政治家は、利権の獲得が目的となり、後追いでその他の政治課題に対処するようになる。

本当にそれでよいのか?

成長し、大きくなりすぎると、政策もやりづらくなる。加えて、成長にはコストがかかる。数々の調査結果から、コストは規模と成長速度に比例することがわかった。地域の成長は、一般市民の生活の質と富を、ある一部のエリートに移転するだけではないのか?

Growth machine理論が労働者階級の指示を得るための柱になる最大の主張は、成長が雇用を創出するというものだ。しかしながら、都市の成長と、失業率の関係性は、一切ないことがデータから証明される。

成長による集中は、水などの資源、汚染、混雑など負の影響を多く持つ。一方で、使われていない土地はいっぱいある。アメリカの人口は将来ゼロ成長になると予測されるが、そうなった場合、このシステムが続くことは、ゴーストタウンと使われない資本の急増を意味する。これは現状よりさらに荒唐無稽な将来だ。

アメリカでは、成長や巨大さに対して反対を唱える動きが広がりを見せつつある。成長のマイナス面を皆が共有し、成長が論点でなくなれば、成長を目的とした投資が意味をなさなくなり、政治も変わるだろう。