シュレーダー邸はオランダ・ユトレヒトにある1924年の建物です。

リートフェルトと言えば、大学に入って最初の頃「赤と青の椅子」のアクソメ、アイソメ、パース、模型などを作って、建築表現の基礎を学んだものでした。

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リートフェルトは家具が専門で、建築作品はあまりありませんが、この建物はオランダの「デ・ステイル」運動の代表作となり(リートフェルトはそれを意図していなかったそうですが)、近代建築に及ぼした影響は計り知れないものがあります。その価値が認められ、この小さな家は、ユネスコ世界遺産となっています。


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この家は、インテリアデザインにこだわりのあるシュレーダー夫人(未亡人)とその3人の子供たちのために設計されたものです。設計当時は、なかなかユトレヒト市内で土地が手に入らず、この町外れの小さなスペースがやっと手に入っただけだったそうです。しかし、そこから先は、広大な野原が広がっていて、この眺望が設計の一つのポイントになっています。ただし、建物完成のすぐ直後に隣に幹線道路が建設され(当時は高架ではなかったそうですが)、その先にも住宅開発がなされてしまい、この眺望は一切失われてしまいました。


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シュレーダー邸は独立した住戸だと思っていましたが、実は一続きの棟の端に位置しています。明らかに隣の建物と調和しておらず、アーバンデザインの観点からは微妙な判断が下りそうですが、全く違ったスタイルの建物がくっついていて、ちょっとおもしろいです。隣の建物も、シュレーダー邸の2、3年前に建てられたものだといいますから、これがいかにその時代で風変わりなものだったかが想像できます。実際、周りのコミュニティからかなりの反感を買ったそうです。


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この建物は、近代建築の特徴、コンクリートとガラスの建物、と言いたい所ですが、実際はコンクリートでは作れずに、レンガ造だそうです。でも、あたかもコンクリートで作られたようなスタイルを徹底しています。ところどころ赤や青の原色をつかっているのが特徴であることは言うまでもありません。


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デザインコンセプトの一つは、外と内の境界を曖昧なものとすることです。ベランダの部分に壁状、柱状のものを配置して、外部空間を内部空間的に扱ったり、角の部分が解放できる窓で、内部空間に居ても外部空間のように変化させられたり、その他いろいろな表現がなされています。


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また、この建物は機能性を重視しています。コルビュジエが雑誌「エスプリ・ヌーヴォー」に「住むための機械」を発表したのが1923年ということですから、これが当時の先端の風潮だったことがよくわかります。機能性重視は、建物内部に随所に見られますが、外からでも見られるのが、インターホン(?)です。主に2階で生活するシュレーダー夫人が、訪問者の来るたびに1階に降りて行くのが煩わしいため、玄関口と、2階の居間を結ぶ通話口を設けています。


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内部の写真撮影は禁止されているため、何もお見せできませんが、内部空間はさらにおもしろいです。2階の可動式の壁で、広い1室として扱ったり、3室に分割したりして使えること(階段室も区切ることができるので、4室とも言えるかも)は一つの見所です。その他も細かい工夫が数多くあり、挙げればきりがありません。床の素材や配色も機能的です。手動ダムウエーターもあります。小さなカラクリもいろいろ。


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シュレーダー夫人は、ここを大変気に入り住みますが、その革新的な建築から、見学者が絶えずやってきたそうです。そして、その開放的なデザインから、人に見られながら生活することに嫌気がさし、屋上に外から見られない部屋を増築したそうです。ただ、この部分はデザインにあわないとして、その後取り壊されました。


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道路に面する一角は、当初からリートフェルトのアトリエとして使われていました。その後、リートフェルト自身がこの家に住みました。


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シュレーダー邸の受付は、道路の高架をくぐってすぐ左に行った先にあります。ここからガイドツアーでのみシュレーダー邸に入ることができます。日本語用の音声ガイドがありますが、実際は簡易な英語で説明してくれるので、ほとんど必要ありませんでした。


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ちなみに、受付のある建物もリートフェルトの設計。見学ツアーの最後にこちらの建物の一室も見せてもらえますが、なんと魅力のない住居・・・


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それはさておき、シュレーダー邸の近未来的・機能的住居が、未来には流行らず、むしろノスタルジーを感じさせるようになってしまったのはなぜなんでしょうか。