約1ヶ月ぶりの更新。
自分の立場と云うよりも、人間としてどうしても放ってはおけない事だったので取り上げてみる。
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【群馬】小6女児自殺事件 母にプレゼントするために編んでいたマフラーで首を吊っていたことが判明
群馬県桐生市の市立小学校6年の女子児童(12)が23日、自宅で首をつって自殺し、会社員の父親(50)が本紙の取材に「学校でいじめを受けたのが原因」と訴えている。
県警大間々署や父親によると、女児は、自室で首をつっていた。遺書は見つかっていないが、同署は状況から自殺と断定した。
父親や学校側の説明では、女児は腹痛などを理由に19、20、22日に欠席。
21日には校外学習に参加。父親によると、女児は校外学習で同級生に、「なんで、こんな時だけ来るのか」などと言われたという。
女児は4年生の秋に愛知県から転校。5年になって同級生に「汚い」「近寄るな」などと言われたと家族に訴えていた。両親が当時、学校に連絡し、いじめはいったん収まった。
しかし、6年に進級すると、女児は再びいじめられていると家族に話していた。
校長は本紙の取材に、「5年生の時に、同級生とのやりとりで誤解があったが、女児の保護者に話して誤解は解けた。その後も見ている限りは、いじめを把握していない」としている。
群馬県桐生市の市立小学校6年の女子児童が自宅で首をつって自殺しているのが見つかった問題で、亡くなった上村明子さん(12)の父親の竜二さん(50)が25日、報道陣の取材に対し、
「6年生になってから学校に10回以上、いじめがなくなるよう相談したが、具体的な対策は示されなかった」と改めて学校の対応を批判した。
一方、学校側は校長が記者会見し、「いじめの状況は把握できていない」としながら、「事実確認を行っていきたい」と述べた。市教育委員会も調査を始めた。
竜二さんによると、明子さんは23日、自室でカーテンレールにマフラーをかけて首をつって死んでいるのを、母親(41)が見つけた。マフラーは、明子さんが母親にプレゼントするため、編んでいたものだという。
明子さんは4年生の秋に愛知県から転入してきた。いじめが始まったのは5年生になってから。
同級生に「汚い」「近寄るな」などと言われたこともあり、母親が外国人であることについても、からかう言葉を浴びせられていたという。
5年生の2学期頃、竜二さんが学校に改善を申し入れ、いじめはいったん収まった。
ところが、6年生になると再燃し、給食時に同級生がグループで食事する中、独りぼっちになっていたという。
校長は会見で、「給食の状況を担任は直したいと考えていた。ただそのことがいじめの対象になっているとの認識はなかった」と話している。
(2010年10月25日22時13分 読売新聞)
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うちは両親が共働きであったので、私達姉妹は保育園に預けられていた。
今の自分を知る人間は驚くであろうが、小さな頃の自分は本当におとなしく引っ込み思案であった。
他の人をコミュニケーションをとるのが上手くなかったようだ。
保育園に私を置いて仕事へ行く母の車が見えなくなる迄泣きながらずっと眺めていた。
周りの子が庭で遊ぶ中、私はいつもクレヨンとスケッチブックを相手にしてひたすら絵を描いていた。
描く物さえあれば、放っておいても独りでずっと黙々と絵を描いているような子どもだった。
逆に、自分の描いた絵が友達とコミュニケーションをとる方法であり道具でもあった。
小学校に上がる。
仲の良かった保育園の友達は隣の小学校へ行くこととなり、数少ない同じ保育園だった友達とはクラスも離れてしまい、1年生のクラスには知っている子が誰もいなかった。
少しだけ、喋ることが出来る友達が出来た。
小学校に通い始めてから暫くして、それは突然に始まった。
机の中や持ち物に入れられた紙くずやゴミ。
椅子や机の上に置かれた大量の消しゴムのかすや鉛筆の削りかす。
机の裏に塗られた糊。
給食がパンでジャムが付いてきた時は机の裏や椅子にジャムが塗られた。
目立つこともなく、自分から何かする事もなく、おとなしく生活をしていたので自分にはそんな事をされる理由が全く分からなかった。
服や持ち物が汚されることは凄く厭だった。
それでも泣いたり先生に言ったりすることもなく、独りで掃除をして片付けて黙っていた。
持ち物へいたずらが始まってからすぐに、今度は色んなことを言われる様になった。
私は平均よりも目が大きい。
子どもの顔は小さいので顔に占める割合として目も大きかったことだろう。
「目玉」「出目金」「めだか」「ブス」「変な顔」「気持ち悪い」
今では誰に何を言われたか全く覚えて居ないが、男の子も女の子も笑って色んな事を言ってきた。
私は嫌がらせに対して全く反応をしなかった。
それが彼らの行動をエスカレートさせたのか、ずっとずっと続いた。
毎日家に帰ってから声も出さずに泣いた。
家族に心配されるのが厭でトイレや風呂の中で泣いた。
別に自分が悪い事をした訳ではないと分かっていたから、そんな状況でも学校へは通っていた。
「大きくなったら、人に笑われないように気持ち悪いと言われないように顔を変えよう」と思った。
2年生に進級する迄、そんな毎日が続いていたと思う。
学年が代わって、嫌がらせは終わった。
学校に通う事はどうしても好きになれなくて毎朝泣いては居たけれど、学校に行ってしまえば楽しかった。
5年生になった。
いつからだかは覚えていないけれど、近所の女の子達と一緒に学校の行き帰りをしていた。
近所なのでクラスは違っていてもよく一緒に遊んでいた。
気が付けば、朝の迎えもなくなり帰り道も独りぼっちになっていた。
話し掛けても一切無視だった。
それが2ヶ月ぐらいは続いただろうか。
その頃、母は仕事を辞めて家に居た。
母が庭先にいると、一緒に行き帰りをしていた女の子達が近所の家の陰からこちらを見ていて、母が家の中に入る迄彼女達は我が家の前を通らないようにしていた。
それがずっと続いて母は不審に思った様だ。
「最近学校へは誰と一緒に行っているの?」「●●ちゃん達と喧嘩したの?」
何を聞かれても、私は何も言わなかった。理由が分からなくて何も言えなかった。
お腹が痛くて学校へ行っても早退して、欠席が続くようになった。
ある日、家で眠っていると誰かが尋ねて来た。
一緒に行き帰りをしていた女の子達が家に訪ねて来た様だった。
「侑稀ちゃんは難しい言葉を使って格好つけていて馬鹿にしてくるから気分が悪い」
「侑稀ちゃんは皆と違うことを言ったりやったりするから厭だ」
「侑稀ちゃんが変だから、仲間はずれにされても仕方がない」
彼女達はうちの母に一方的にそう言って帰って行った。
階段の隅に隠れて話を聞いていた私は泣けてきた。
仲良しだと思っていた友達にそんな風に思われている事が悲しかった。
本の虫だったので、会話の中での表現の仕方が他の子と違っていることはあったのかも知れない。
でも、結局は言いがかりの様にしか聞こえなかった。
数日後、その子達の親が家に来て仲間外れや無視をしていた事を謝りに来た。
誰かが家で私の事について言った様で、それで初めて知ったらしい。
でも、その子達とはもう一緒に居たくないと思ったし仲良く出来ないと思った。
それと前後して、近くに引っ越して来た子と趣味も合って仲が良くなり、その事は気に為らなくなった。
中学校に入って、同じ保育園だった子達と一緒になった。
保育園の頃とても仲が良かった女の子と6年ぶりに再会した。
明るくて元気だった彼女はいつの間にかいじめられっ子になっていた。
変な仇名を付けられて、何をしても嘲笑されていた。
私は気にせずにその子に話し掛けた。
でも、返って来た言葉はとても衝撃的だった。
「侑稀ちゃん、私なんかと喋っているとあなたもいじめられちゃうよ」
とても寂しそうに彼女は言った。
彼女とクラスが3年間同じになる事はなく、自分の力不足で彼女の事をどうする事も出来なかった。
今でも心残りに思う。
私はいじめられてきて無視もされてきて仲間外れにもされてきた。
自分にも勿論原因はあっただろう。
私はそう思ったから、誰にも言わなかった。
でも、それは自分の場合であって、いじめられている子どもが全てそうである訳ではない。
「いじめられる方に原因があって、いじめられる人間が悪い」と云うのは間違っている。
そう云う主張している人は、いじめられた事がないのではないかと思う。
痛みを知らない人間は痛みを理解が出来ない。
10人いたら、10人の顔が全く違うように言動も生活環境も価値観も考え方も違う。
人と違うところ=原因 だとするならば、世の中の人間全員が「いじめられる」対象になりうる。
「自分がいじめられること」が想像できたら、人をいじめることなんて出来ないだろう。
母に編んだマフラーで命を絶たなければならなかった。
その選択は余りにも酷過ぎる。しかも小学校6年生。
彼女がまだ見た事のない、綺麗で楽しくて心躍るものが世の中には沢山あったのだと思うとやりきれない。
今回の事件の報道に対する意見を見ると
・いじめた奴を晒せ
・担任や学校が悪い
・親が悪い
・取り敢えず悪い奴みんな死刑
報道(とその方法)に踊らされ過ぎてはいないだろうか?
教員の端くれの私から見て、正直に言えば、確かにこの担任教員の学級経営に少し引っ掛かるところはある。
俗に言う「学級崩壊」と云う状態の様に思える。
でも、単に報道されて居ないだけで、担任が工夫をしていたり頭を悩ませていたりしていたかも知れない。
担任から女の子への配慮も気に為るところではあるが、担任に対して管理職がもう少し配慮すべきだったのではないか、とも思う。
それでも、担任や親や学校そして加害児童を吊るし上げる事で何か変わるのか?
根本は何も解決しない。
体裁が悪いから認めたくない、いじめはなかった、なんて云う学校の姿勢には苛々する。
何らかを見ていても対応出来なかった担任にも苛々する。
世の中の人がそう思う様に、教員の私だってそう思う。
しかしながら、想像力が足りない。
子どもに想像力が足りないのは仕方がない。
けれど、だからと言って人を追い詰めることは赦されない。
今回の報道で「誰が悪かを突き詰めて、その人を叩こう」としている事は正義なんかではない。
それも人を追い詰めている。
死刑にしろ 晒せ と叫ぶ大人も、やっている事はいじめた側の子どもと同じである。
それに気付かない大人が居て、その中で育つ子どもが居る限り、今回の様な事はきっとまた起こる。
どれだけ学校や教員が目を皿のようにして子どもを眺めていても、全力で対策をとったとしても。
誰が悪いと犯人探しをする事も責任を擦り付け合う事も全くの無意味だ。
人1人が死んで仕舞っている以上、誰が悪い・悪くないなんて云って居られない。
死ぬ事にはかなりの勇気が必要だと思う。
「死ぬ気で頑張る」―それぐらいの覚悟をして挑むと云う意味の言葉。
自殺をする勇気と覚悟が有れば色々な事に挑戦出来ただろう。
それを彼女は自分が死ぬ事に使ったのだと思うと、どれ程辛かったのか想像するに余り有る。
いじめで死ぬ位ならどうせまともな大人にならなかったろうだとか、
いじめられたぐらいで死ぬなとか、
いじめられて死んだらそれが正しいもんなとか、
そんな言葉を吐ける様な図太い神経の持ち主には想像が出来ないだろう。
痛みを想像出来ない人間が多ければ多い程、傷付けられる人間も増えてその傷は深くなる。
こちらで辛い思いをした分、向こうでは安らかに過ごして居られる事を祈るしかない。
ご冥福をお祈りします。
自分の立場と云うよりも、人間としてどうしても放ってはおけない事だったので取り上げてみる。
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【群馬】小6女児自殺事件 母にプレゼントするために編んでいたマフラーで首を吊っていたことが判明
群馬県桐生市の市立小学校6年の女子児童(12)が23日、自宅で首をつって自殺し、会社員の父親(50)が本紙の取材に「学校でいじめを受けたのが原因」と訴えている。
県警大間々署や父親によると、女児は、自室で首をつっていた。遺書は見つかっていないが、同署は状況から自殺と断定した。
父親や学校側の説明では、女児は腹痛などを理由に19、20、22日に欠席。
21日には校外学習に参加。父親によると、女児は校外学習で同級生に、「なんで、こんな時だけ来るのか」などと言われたという。
女児は4年生の秋に愛知県から転校。5年になって同級生に「汚い」「近寄るな」などと言われたと家族に訴えていた。両親が当時、学校に連絡し、いじめはいったん収まった。
しかし、6年に進級すると、女児は再びいじめられていると家族に話していた。
校長は本紙の取材に、「5年生の時に、同級生とのやりとりで誤解があったが、女児の保護者に話して誤解は解けた。その後も見ている限りは、いじめを把握していない」としている。
群馬県桐生市の市立小学校6年の女子児童が自宅で首をつって自殺しているのが見つかった問題で、亡くなった上村明子さん(12)の父親の竜二さん(50)が25日、報道陣の取材に対し、
「6年生になってから学校に10回以上、いじめがなくなるよう相談したが、具体的な対策は示されなかった」と改めて学校の対応を批判した。
一方、学校側は校長が記者会見し、「いじめの状況は把握できていない」としながら、「事実確認を行っていきたい」と述べた。市教育委員会も調査を始めた。
竜二さんによると、明子さんは23日、自室でカーテンレールにマフラーをかけて首をつって死んでいるのを、母親(41)が見つけた。マフラーは、明子さんが母親にプレゼントするため、編んでいたものだという。
明子さんは4年生の秋に愛知県から転入してきた。いじめが始まったのは5年生になってから。
同級生に「汚い」「近寄るな」などと言われたこともあり、母親が外国人であることについても、からかう言葉を浴びせられていたという。
5年生の2学期頃、竜二さんが学校に改善を申し入れ、いじめはいったん収まった。
ところが、6年生になると再燃し、給食時に同級生がグループで食事する中、独りぼっちになっていたという。
校長は会見で、「給食の状況を担任は直したいと考えていた。ただそのことがいじめの対象になっているとの認識はなかった」と話している。
(2010年10月25日22時13分 読売新聞)
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うちは両親が共働きであったので、私達姉妹は保育園に預けられていた。
今の自分を知る人間は驚くであろうが、小さな頃の自分は本当におとなしく引っ込み思案であった。
他の人をコミュニケーションをとるのが上手くなかったようだ。
保育園に私を置いて仕事へ行く母の車が見えなくなる迄泣きながらずっと眺めていた。
周りの子が庭で遊ぶ中、私はいつもクレヨンとスケッチブックを相手にしてひたすら絵を描いていた。
描く物さえあれば、放っておいても独りでずっと黙々と絵を描いているような子どもだった。
逆に、自分の描いた絵が友達とコミュニケーションをとる方法であり道具でもあった。
小学校に上がる。
仲の良かった保育園の友達は隣の小学校へ行くこととなり、数少ない同じ保育園だった友達とはクラスも離れてしまい、1年生のクラスには知っている子が誰もいなかった。
少しだけ、喋ることが出来る友達が出来た。
小学校に通い始めてから暫くして、それは突然に始まった。
机の中や持ち物に入れられた紙くずやゴミ。
椅子や机の上に置かれた大量の消しゴムのかすや鉛筆の削りかす。
机の裏に塗られた糊。
給食がパンでジャムが付いてきた時は机の裏や椅子にジャムが塗られた。
目立つこともなく、自分から何かする事もなく、おとなしく生活をしていたので自分にはそんな事をされる理由が全く分からなかった。
服や持ち物が汚されることは凄く厭だった。
それでも泣いたり先生に言ったりすることもなく、独りで掃除をして片付けて黙っていた。
持ち物へいたずらが始まってからすぐに、今度は色んなことを言われる様になった。
私は平均よりも目が大きい。
子どもの顔は小さいので顔に占める割合として目も大きかったことだろう。
「目玉」「出目金」「めだか」「ブス」「変な顔」「気持ち悪い」
今では誰に何を言われたか全く覚えて居ないが、男の子も女の子も笑って色んな事を言ってきた。
私は嫌がらせに対して全く反応をしなかった。
それが彼らの行動をエスカレートさせたのか、ずっとずっと続いた。
毎日家に帰ってから声も出さずに泣いた。
家族に心配されるのが厭でトイレや風呂の中で泣いた。
別に自分が悪い事をした訳ではないと分かっていたから、そんな状況でも学校へは通っていた。
「大きくなったら、人に笑われないように気持ち悪いと言われないように顔を変えよう」と思った。
2年生に進級する迄、そんな毎日が続いていたと思う。
学年が代わって、嫌がらせは終わった。
学校に通う事はどうしても好きになれなくて毎朝泣いては居たけれど、学校に行ってしまえば楽しかった。
5年生になった。
いつからだかは覚えていないけれど、近所の女の子達と一緒に学校の行き帰りをしていた。
近所なのでクラスは違っていてもよく一緒に遊んでいた。
気が付けば、朝の迎えもなくなり帰り道も独りぼっちになっていた。
話し掛けても一切無視だった。
それが2ヶ月ぐらいは続いただろうか。
その頃、母は仕事を辞めて家に居た。
母が庭先にいると、一緒に行き帰りをしていた女の子達が近所の家の陰からこちらを見ていて、母が家の中に入る迄彼女達は我が家の前を通らないようにしていた。
それがずっと続いて母は不審に思った様だ。
「最近学校へは誰と一緒に行っているの?」「●●ちゃん達と喧嘩したの?」
何を聞かれても、私は何も言わなかった。理由が分からなくて何も言えなかった。
お腹が痛くて学校へ行っても早退して、欠席が続くようになった。
ある日、家で眠っていると誰かが尋ねて来た。
一緒に行き帰りをしていた女の子達が家に訪ねて来た様だった。
「侑稀ちゃんは難しい言葉を使って格好つけていて馬鹿にしてくるから気分が悪い」
「侑稀ちゃんは皆と違うことを言ったりやったりするから厭だ」
「侑稀ちゃんが変だから、仲間はずれにされても仕方がない」
彼女達はうちの母に一方的にそう言って帰って行った。
階段の隅に隠れて話を聞いていた私は泣けてきた。
仲良しだと思っていた友達にそんな風に思われている事が悲しかった。
本の虫だったので、会話の中での表現の仕方が他の子と違っていることはあったのかも知れない。
でも、結局は言いがかりの様にしか聞こえなかった。
数日後、その子達の親が家に来て仲間外れや無視をしていた事を謝りに来た。
誰かが家で私の事について言った様で、それで初めて知ったらしい。
でも、その子達とはもう一緒に居たくないと思ったし仲良く出来ないと思った。
それと前後して、近くに引っ越して来た子と趣味も合って仲が良くなり、その事は気に為らなくなった。
中学校に入って、同じ保育園だった子達と一緒になった。
保育園の頃とても仲が良かった女の子と6年ぶりに再会した。
明るくて元気だった彼女はいつの間にかいじめられっ子になっていた。
変な仇名を付けられて、何をしても嘲笑されていた。
私は気にせずにその子に話し掛けた。
でも、返って来た言葉はとても衝撃的だった。
「侑稀ちゃん、私なんかと喋っているとあなたもいじめられちゃうよ」
とても寂しそうに彼女は言った。
彼女とクラスが3年間同じになる事はなく、自分の力不足で彼女の事をどうする事も出来なかった。
今でも心残りに思う。
私はいじめられてきて無視もされてきて仲間外れにもされてきた。
自分にも勿論原因はあっただろう。
私はそう思ったから、誰にも言わなかった。
でも、それは自分の場合であって、いじめられている子どもが全てそうである訳ではない。
「いじめられる方に原因があって、いじめられる人間が悪い」と云うのは間違っている。
そう云う主張している人は、いじめられた事がないのではないかと思う。
痛みを知らない人間は痛みを理解が出来ない。
10人いたら、10人の顔が全く違うように言動も生活環境も価値観も考え方も違う。
人と違うところ=原因 だとするならば、世の中の人間全員が「いじめられる」対象になりうる。
「自分がいじめられること」が想像できたら、人をいじめることなんて出来ないだろう。
母に編んだマフラーで命を絶たなければならなかった。
その選択は余りにも酷過ぎる。しかも小学校6年生。
彼女がまだ見た事のない、綺麗で楽しくて心躍るものが世の中には沢山あったのだと思うとやりきれない。
今回の事件の報道に対する意見を見ると
・いじめた奴を晒せ
・担任や学校が悪い
・親が悪い
・取り敢えず悪い奴みんな死刑
報道(とその方法)に踊らされ過ぎてはいないだろうか?
教員の端くれの私から見て、正直に言えば、確かにこの担任教員の学級経営に少し引っ掛かるところはある。
俗に言う「学級崩壊」と云う状態の様に思える。
でも、単に報道されて居ないだけで、担任が工夫をしていたり頭を悩ませていたりしていたかも知れない。
担任から女の子への配慮も気に為るところではあるが、担任に対して管理職がもう少し配慮すべきだったのではないか、とも思う。
それでも、担任や親や学校そして加害児童を吊るし上げる事で何か変わるのか?
根本は何も解決しない。
体裁が悪いから認めたくない、いじめはなかった、なんて云う学校の姿勢には苛々する。
何らかを見ていても対応出来なかった担任にも苛々する。
世の中の人がそう思う様に、教員の私だってそう思う。
しかしながら、想像力が足りない。
子どもに想像力が足りないのは仕方がない。
けれど、だからと言って人を追い詰めることは赦されない。
今回の報道で「誰が悪かを突き詰めて、その人を叩こう」としている事は正義なんかではない。
それも人を追い詰めている。
死刑にしろ 晒せ と叫ぶ大人も、やっている事はいじめた側の子どもと同じである。
それに気付かない大人が居て、その中で育つ子どもが居る限り、今回の様な事はきっとまた起こる。
どれだけ学校や教員が目を皿のようにして子どもを眺めていても、全力で対策をとったとしても。
誰が悪いと犯人探しをする事も責任を擦り付け合う事も全くの無意味だ。
人1人が死んで仕舞っている以上、誰が悪い・悪くないなんて云って居られない。
死ぬ事にはかなりの勇気が必要だと思う。
「死ぬ気で頑張る」―それぐらいの覚悟をして挑むと云う意味の言葉。
自殺をする勇気と覚悟が有れば色々な事に挑戦出来ただろう。
それを彼女は自分が死ぬ事に使ったのだと思うと、どれ程辛かったのか想像するに余り有る。
いじめで死ぬ位ならどうせまともな大人にならなかったろうだとか、
いじめられたぐらいで死ぬなとか、
いじめられて死んだらそれが正しいもんなとか、
そんな言葉を吐ける様な図太い神経の持ち主には想像が出来ないだろう。
痛みを想像出来ない人間が多ければ多い程、傷付けられる人間も増えてその傷は深くなる。
こちらで辛い思いをした分、向こうでは安らかに過ごして居られる事を祈るしかない。
ご冥福をお祈りします。







