複雑性PTSDの治療記録 -2ページ目

複雑性PTSDの治療記録

複雑性PTSD アタッチメント
解離性障害 不安定パーソナリティ障害 発達凸凹

メマリーの治療経過記録

この記事事をすっかり忘れていた

だからと言ってメンタルが不安定になった理由で

このページを開いた訳では無い。

ふとこの何年を思い出し、

単純に記録として残しておきたいと言う思いからだ。そして、数々の人達を鋭い刃物の様な言葉や事柄で傷つけてきた報いとでも。。
自分はこうして自分を見つめ直し形成し続ける事で学習出来ると思っている。


あれから1年と半年いう時間が経った
こういったPTSD症状当事者本人でないと
分からない事が沢山ある

だが、共通点的な事と言える事はいくつかあるだろう。

例えば、過去に起きた身が引き裂ける程のショックな出来事や、想像もしていない受け入れ難い出来事に遭遇する等。

これらが起こった時、人は初めただ悲しみ、怒り、ショック、恐怖と言った負の感情に襲われる。そして大抵の事は2週間程すれば忘れ去られて行く事が多い。

だが、PTSDと言うのは忘れられない。これこそがPTSDになる原因である。その時感じた感情全てがまるで今起きているかの様に…今から起こるんだと思う様に…。


例えば、想像してみて欲しい。

貴方は今仕事が終わり

いつものスーパーやコンビニに寄り、いつもの帰り道を帰宅途中。明日の事や帰ってから何を食べようか考えながら帰宅していると、全身黒の服装に、黒いマスクをした人が立っている。

変な人だなと思いながらも横をすれ違い帰っていると、腕を捕まれナイフを突きつけられ脅される羽目になった。そのまま何ヶ所か刺され病院へ入院。幸い命に別状はなく、今まで通りの生活を送れる事で退院出来た。

周りは言ってくれる。「大変だったね」「頑張ったよ」だがその中に心無い言葉もあったりする、「幸い今回は助かったけど、今後はもっと危機感を持て!」「いつも言ってただろう!警戒心がないからそうなるんだ。」「お前がしっかりしていたらこんな事にはならなかっただろう!」その言葉を放った側は心配でいたたまれずに放った言葉でも、今の状況でその言葉は突き刺さるものだ。(セカンドレイプの苦しさ)

仕事へ復帰し、またいつもの帰り道を帰宅途中、スーパーやコンビニに寄り、

その道に行く手前で恐怖心に駆られる事になる。

「もしかして、そこにあの人が居るんじゃないか…」(逃避行動)

そう思うと何もかも全て今からその事がまた起きるかの様に感じる。

もう終わった事でも、本人の中ではそう思えないのだ。恐怖心、不安感、焦り、どうすればいいのだろうかと悩み、そしてここであの言葉を思い出す。「もっと警戒心を持て!危機感を持て!お前がしっかりしていたら!」この言葉が呪いの様に、「自分がダメだから起こった出来事だ」そう思う様になるのだ。

ならば、自分はどうある''べき''なのかと。

こういった思考が極端な行動に繋がったり

言動に繋がったりする事になる。


全身黒の服装に黒いマスク。

その光景を忘れる事はなかなか困難になる。

道で偶然そんな人を見かけては

怯え、 苦しむ事になる。 

もしかしてあの時間にスーパーに寄ったからか?

あのコンビニに寄ったからか?

そこまで思うことだろう。

そしてそれが続くと怒りという感情に変わっていくのである。

「こいつのせいで何故自分が苦しまなきゃいけないんだ。いつまでも怯えるのはやめよう。変わりたい。」そして立ち向かう事を決めるのだ。


本人に直接言って、分からせてやる。

そしてありもしない現実に立ち向かう。

全身黒ずくめのその人に貴方は言う

「怪しい服装をしてますが、貴方これから何をするつもりですか?!」

相手は言う

「え?なんの事ですか?」

貴方は言う

「とぼけるつもりなのか?!分かっているんだぞ!!そんな事して許されると思ってるのか!!」


と。。。。

勿論本人は当たり前の事をしているつもりだ。

だが相手は何の話か分からない、また、その相手は混乱さえ感じている。

ここで問題なのは本人は過去起こった出来事が、今も起ころうとしている、又は起こっていると思うことである。

現実何も起こっていない、起ころうともしていないのに、起こるに違いない、間違いないと思い込むのである。

そしてその相手からもちろんの事、否定されるのである。「お前おかしんじゃないのか?何故そうなるのか?」

そう言われる程に疑い、怒りは増幅する。

【こいつとぼけてるな!!自分を騙せると思うなよ!!】そして相手が背を向けた途端にその怒りの矛先や不安感を向ける事が不可能になり、矛先は自分へ向く。あの時の呪いの言葉。

「危機感を持て!警戒心を持て!もっとお前がしっかりしていたらこんな事にはならない!」


ここで本人はこう思う。

「自分がダメなんだ。だからこんなに否定される、誰も分かってくれない。自分が変わればいい」と。。。


ここから無理をする事が始まる。

笑いたくないのに笑ってみたり

受け入れたくもない要求を受け入れたり

また、自分ら望んでないのに相手が望むからと

過度な努力をしようと努力する。

【自分が気に入られる人になれば】この思いで。

これを続ける事で安心感さえ得られる気がするからだ。自分はこうしているから大丈夫と言い聞かせて。

だが落とし穴がある。

それは何か………?

【作っていないと愛されない、認められない】

と言うことだ。

これが自分の不安感をまた作ることになる。

またしては相手へ攻撃や要求を繰り返す事になるのだ。最後には

【自分はこんなに頑張ってるのに、努力してるのに、何故貴方はこうなのか!!】


この繰り返しなのである。

たった一つの出来事がいくつもの縛りやトラウマを形成する。

ありもしない想像、妄想、で日々積もり、 

それを自分自身で勝手に確信に変える。

それが何重にもなって襲いかかる日々。

ひとつの出来事でさえこうなる事が、何重にもトラウマが重なる事がある。

ショックな出来事が今日あったばかりなのに、次の日もショックな出来事に遭遇する。

毎日、毎月、毎年。。。。

そんな毎日を10年以上過ごしたのが私である。


幼かった私にとって日々暴力を受ける毎日、

家に帰れば親の再婚相手がアル中であった事から、気分次第ではいつキレるか分からない中怯えて生活をし、

片親育ち(再婚相手)で、親権移動を繰り返し

慣れない環境続き、

どこに居ても居場所はなく

そして誰も助けてはくれない。

ただ生きる為には耐えるしかなかった。

10代で家を出て夜の仕事をし、

本当に 色んなことがあった。

またいつかこんな事も誰かの役に立つと

文面に書き起こしたいと思う。


本タイトルとはかけ離れたが

このように思い出して見ても心を揺さぶられない程にまで自分を持ってこれた結果でもある。


言えることとしては、メマンチンを服用し、かなりの改善になった。

今何事もなく生きているのが不思議なくらいだ。

前はどうしたら死ねるのかばかり考えていた毎日だったが、今は身体的病気になるのが怖いと思える。

そして、何も考えず笑えて、怒りに支配される事もなくなった。

心の中にしこりは残っているし、これは完全に消える物では無いと現段階では思ったのだ。

これ以上があるのか?またあるならどんな事なのだろうか?