一昨夜、父の実母が亡くなった。

「祖母」とは言わない。

私、父方の祖母(祖父の後妻)が大好きだから。

会ったこともなく、お菓子もおこづかいももらったことない人に
情なんてない。

薄情と言われようが、流す涙もない。

私がその人に対してあるのは、
・父を産んだ。
・1歳の父を捨てて出て行った。
 (小姑たちのイビリが原因ではないかと私は思っているけど。)
・1/4だけその人の血が私に混じっている。
これらの事実があるらしいという知識だけ。



私が14歳のGWの時に、 その人の家がゴミ屋敷になって
「近所から苦情が来た。息子なんだからどうにかしろ。」
というご命令が、その人の妹から飛んできた。

父は、育てられた覚えもない母親の始末に、
母と伯父とともにGWいっぱいかけて京都に行った。
(私はノータッチ)

ゴミ屋敷のすごさたるや、トラック十何台分にもわたったとか。

最近TVで放送されるゴミ屋敷を見ると、
母は「あんなのたいしたことない」と軽く笑う。

貴重品をまとめてみれば、昔の生徒とかいう人たちから
不動産詐欺にあっているのが 発覚し、
父母は何度も京都に足を運んで、弁護士に頼んで金を取り返した。

祖父の手前、こちらで引き取るわけにはいかないと、
市の職員さんにかけあって特養にねじこんでもらった。

特養でも果てしなくご迷惑をおかけし、フラフラと外に出歩いたり、
食べ物を隠したり「(お菓子を買う)お金をくれない」と苦情を言ったり。

介護度を決める際には、5までしかないところを
職員さんに「7です」と言い切られ、我が家一同大爆笑。

たしか私が大学生の頃、脳梗塞を再発し、目も耳も口もきけず、
左手以外身体のほとんどが麻痺状態。

普通なら特養を追い出されるところを、
家庭事情を考慮してそのまま介護していただいた。



その存在を私が知ってから14年。

完全に寝たきりになってから約8年。

脳がかなり委縮していてそろそろ危ないかもと
連絡いただいてからも2年?

よくぞそんな状態で生き続けたもんだ。


最期は、肺炎で入院させて抗生物質を投与したら、
肝臓に異変が出て、心臓も悪くなって、 酸素マスクをつけても
血中の数値が全然上がらなくてどうしようもなくなったと。

要は、もともとどうしようもない状態のものをつついてみたら、
別のところに異変が出ちゃったということらしい。

一昨日連絡を受けて、昨日父が京都に行った。

父が帰ってきて、その夜に亡くなったという連絡が来た。



パニックっているのは、我が母。

ただ今、書展の真っ最中。

母曰く、「自分がいないとどうにも動かない」と。

「25日に飛んで行って…」と計算しているところに、
私はとどめを刺した。

「26日友引だよ~。」

14歳の頃に宣言したとおり、私は葬式もノータッチを貫く。

だって、知らない人の葬式より、仕事の夏期講習の方が大事だし。

今日父母が京都に行き、私は悠々とプチ一人暮らし。
仕事から帰って洗濯して・・・
と考えていたら、地元に着いた途端に大雨に降られた。

何そのタイミング…。

パパタクシーが無理な日に限って。