【5月28日・日曜日】
東京第一での運動会も今年で一四回目、昨年も運動会後の焼肉モイムだけだが来ている。
校舎に、運動会参加者は駐車所からとの案内が貼られていた。駐車所いっぱいに七輪が並べられていた。競技も焼肉も分会別、なぜかM分会のエリアに割り当てられた。会員数が一番少ない分会のようだ。

確か、昨年は八つの分会を赤青に分けて競技を行ったが、今年は分会別の得点表が貼り出されていた。M分会だけがゼロ。顔なじみの金先生もM分会のステッカーを胸に貼っている。
「先生もM分会?」
「競技が成り立たないというので、第一の先生やハナ信組や金剛保険の職員も…」
どうやらよく言われる「有名無実」の分会のようだ。
競技のラストを飾ったのは、分会別のリレー。小学一年生から走って、世代別男女にバトンタッチされて最後は五〇代の同胞が走るようになっていた。
「一年生がいない分会は、他の分会の一年生を…」、「最終競技です。得点は五〇点加算されます…」
得点表を見ると、三、四分会が優勝圏内にいる。
前の走者の肩が見える接戦だ。力を抜ける状況ではない、本気だ。学父母世代の選手は、バトンを渡すと人工芝にへたり込んでいた。残念ながらここでもM分会のゼッケンを見ることができなかった。

優勝は、MはMでも町屋分会。分会長だろう、受け取った優勝カップを最年少の二人の選手に手渡していた。周囲からは歓声と笑い声だ。一人は裸足、幼稚班の幼児かも知れない。表彰式にはM分会のゼッケンをした四人が参加していたが、「助っ人」のようだ。


最後は校舎を背景に記念撮影。前列は座って、中腰になって、後列は背伸びをして三列、幅は四つの教室分に広がっていた。焼肉の準備したり、疲れたのか日陰で一休みしたりする人もいて、写真には三〇〇人前後が収まっていた。
いよいよ焼肉モイム。運動会には参加せず、ここからの参加者もいた。しばらくすると、駐車場に煙が立ち込めた。
区議会議員などゲストが紹介され、朝鮮新報社の朴社長もビール箱を並べた舞台に立ち、「ここに本社を移して…新たに社長として…」と話しながら、「勝手に」乾杯。「イオ」をもらっているが、読んでないと言っていた青年から「社長! これからは読ませていただきます」との声が。

最初は、同じ色のゼッケンをつけた者同士が七輪を囲んでいたが、時間がたつにつれ、そのゼッケンの色が入り混じっていた。

この日は、新入生のお祝いも兼ねていたようで、分会別に一年生と保護者が舞台に招かれていた。帽子をかぶった副委員長が面白おかしく紹介しているのか、舞台に立ったアボジとオモニ皆が笑顔。

三時半が過ぎ、「飲みかけの缶は…七輪は熱いので…椅子は…」と、散会、後片付けを呼び掛けていたが、参加者の腰は重かった。
呂委員長と「新報」の記者が向き合っていた。缶ビールを片手の委員長は、インタビューを受けているのか、記者をつかまえて演説をぶっているのかわからない。N分会が準優勝をしたことがよっぽどうれしかったようだ。「…一〇〇日間運動では分会ノ…学父母世代を…」。N分会の活性化のために尽力してきたようだ。
横で話を聞きながら、来年はM分会も先生や信組、保険会社の職員の手助けを借りず競技に参加しているのではないか、そんなことを思いながら駐車場を後にした。
運動場では、走り足りなかったのか、遊び足りなかったのか、幼児と児童が元気に駆け回っていた。
*再整理して、7月に刊行する『朝鮮学校のある風景』44号に掲載します。