トンポ・トンネ 日々イモジョモ -10ページ目

トンポ・トンネ 日々イモジョモ

ブログの説明を入力します。

 

その31・いいね! 歴代役員懇親会(1月22日・火曜日)

 とても居心地よく、チェーサムのために何かを、そんな気持ちにさせてくれた場だった。
 「歴史的な懇親会…これまでチェーサムを守ってきた、これからも…この場にはチェーサムを愛する人だけが集まりました」
 司会者の第一声だ。
 一九四五年に創立して以来、これまでの学校の歩みが動画で流れる。招かれた歴代の校長、教育会の会長、役員、先生たちが身を乗り出すようにして「当時の自分」を探す姿が…。
イメージ 1

そして、この場を設けるために理事、建設委員、校長らと共に二年間、尽力してきた教育会の金会長のあいさつ。
「一〇人の理事の顔をご覧になったでしょ。活気に満ちた顔を、やる気満々です。一〇年前の土地問題から…東京チェーサム、引き続き守っていきます。引き続き関心を…」
力強い。
総連東京本部の高委員長は、「歴代役職者が集まって…このような集まりは全国的にも珍しいのでは…敬意を…」
 そして会場に飾られたポスターに書かれた「将来の夢は大工さんになること…全国のウリハッキョを僕が新しくするんだ」という児童の言葉を紹介し、ウリハッキョは私たちの誇りであり、私たちの歩みであり、それはこれからも受け継がれるだろうと、祝辞というより、総連本部としての決意表明のようだった。
 教育会の歴代会長六人と、歴代の理事、アボジ会の役員、そして歴代校長五人が一言ずつ述べ、記念写真におさまった。

 一世のアボジのブレザーを着て参加したという18代の林会長。「亡くなったアボジも喜んでいるでしょう」。涙で喉を詰まらせる。

 そしてようやく一言。「立派な学校を建てましょう」

 「教育会の崩壊」、「激流」、「暗黒の時代」だったと評する会長たちもいた。敷地の買い上げから、新校舎の建設にいたるこの十年は、苦難の連続だったようだ。

 それでも子どもから「この学校誰が建てたの?」、「支部は?」と、問われ、「一世のハラボジが」と応えると、「アボジは何をしたの?」と問われたと。「ウリハッキョはいい学校だ」、「民族教育は素晴らしい」と、この日を迎えることができた喜びを語る19代会長。また、「乗り切ろうとしたが、乗り切れなかった」が、「今…乗り切れる…」と話す、20代会長の顔も明るかった。

 

 「『暗黒のような時代』もあった…そんな時も子どもたちをきちんと教育してくれた先生がいた。学校を信じて子どもをウリハッキョに送り出してくれたアボジ、オモニ…児童たちだけではなく、私も先生から多くのことを学ぶことができた」。
歴代理事、アボジ会の役員を代表して宋さんの学校愛に満ちた発言が続いた。
歴代校長の話は、二人とも長かった。
「新校舎建設…これでチェーサムが閉鎖することはない、永遠に永遠にこの地で同胞社会の生命線を守っていくことができる。卒業生にとっても何よりも貴い拠り所だ。金日成主席の八月三一日の教えを直接聞いた栄誉を胸に、ウリッキョ守るためにこれから力を惜しまない」(姜校長)
「在任中も土地代が払えず、追い出されそうになったことがある。その時、立ち上がったのが三〇代の教育会理事だった。その時からチェーサムの教育会長は非専従になった。あの時もそうだったが、今回も若い理事、建設委員たちが立ち上がってくれ、これ以上嬉しいことはない」(金校長)

イメージ 2

建設委員会の李委員長の話は、一言一言が力強く、改めて新校舎建設に奮い立たせた。
「先輩たちの力と思いがあって、今この場に立っている」、「何をしなければならないのか。しっかりとした建物を建てるだけではなく、次の世代につなげていくのがわれわれの使命である」。
そして、新校舎建設に立ちあがった様子を撮った動画「第三学校の未来のために」の上映。
「立ち上がった未来のために」、「諦めない」、「皆の百歩」、「皆で前に進もう」、「気持ちはひとつ」、「皆の力と勇気、知恵で」、「素晴らしい校舎を…」
みんなの気持ちが、動画に映し出されていた。
 康校長は謝辞で、「お金のある人はお金を、知恵がある人は知恵を、力のある人は力をですが、それも熱い気持ちがあってこそです」と述べていたが、参加者の皆がより熱い気持ちを持ち、気を引き締しめた、心が一つなった二時間だった。
 最後に全員でチェーサムを意味する三本の指を立てて、記念写真に収まる。
イメージ 3

会場に貼られた二枚の大きなポスター、「大工になる」という男児と、「将来は保育士になりたいな。だからこれからも、第三で勉強がんばるんだ」との女児の笑顔がエールを送ってくれているようだった。
*加筆して『朝鮮学校のある風景』54号に掲載します。