そこに「祖国」がありました。 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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そこに「祖国」がありました。
【3月23日・土曜日】
 埼玉県での世界フィギュア選手権2019に出場した朝鮮の選手が開催地のウリハッキョを訪問するというので、埼玉初中へ。「制裁」による厳しい渡航制限で、朝鮮の代表団のウリハッキョ訪問は久しくなかった。
 着くと、校長室ですでに談笑中だ。バスの渋滞で、校庭での歓迎セレモニーを見逃してしまった。
 「朝鮮新報」の盧カメラマンが「とても感動的だった」と、言いながら、ベストポジションを譲ってくれた。
 顔なじみの朝鮮青年社の崔記者が四~五人の記者と一緒に一眼レフカメラのファインダーを覗いている。そんな中で一人、スマホを向けるのがはばかれたが、笑顔で話すリョム・デオク選手とキム・ジュシク選手を撮らずにはいられなかった。
 「…祖国の地にいるよう…すごい応援で…祖国の息吹を感じることができました…」
 「今日は修了式の日ですが、歓迎の準備を…児童・生徒たちは興奮気味…」
 「ウリハッキョを訪問するのは初めてです…北海道では…話には聞いていましたが…」
 鄭校長と選手団のやり取りの声が拾えた。
 幼稚班の教室をのぞき、初級部一年生の教室へ。両選手が思わず微笑むであろう、ウリハッキョらしいいつもの壁新聞が、新学期を迎えるというので、外されている。せっかく訪問が実現したというのに、彼らに見せられなかったことが残念だ。
 「入学したころは全くウリマルを話すことは出来ませんが、一年もたつと…先ほど花束を渡した子たちも…」
 小柄なリョム選手が鄭校長の話を聞きながら、小さな机にチョコリと座る。長身のキム選手は窮屈そうだ。
 教科書をめくるリョム選手に「問題を解いてみますか」との声。慌てて閉じるしぐさが可愛い。

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 二人そろって、黒板に向かって書き出す。
 「祖国の栄誉を世界に轟かせます」。書き終わったキム選手を見ながらリョム選手は「祖国の魂と気概を世界に轟かせます」と書いて、サインを記す。
 誰とはなく「消せません…どうしましょう…」。「写真にも残しましょう」と二人が黒板の前に立つと、いつの間にか鄭校長も隣に、いい記念になったようだ。
 選手たちは体育館で待ち構えていた児童・生徒たちに、もみくちゃにされながら壇上に向かう。紙吹雪が舞った。舞台に飾られた大きな共和国の旗を背景に、共和国旗をイメージしたジャージを着た二人の選手が映える。
 「ピルスン チョソン(必勝朝鮮)」「ピルスン チョソン」の大きな声がやまない。初級部の児童たちは両手にもった共和国の小旗と夢中で振っている。スマホを向けるオモニたち、白髪の女性は抱きついていた。
 鄭校長が歓迎のあいさつ。
 「…スポーツ選手を迎えるのは一九七四年に卓球、一九八三年に重量挙げ…それ以来三六年ぶり…」、「迎春公演を除いて、祖国は教科書の中だけの…今日の感激、喜びは…」「この瞬間をどんなに待ちわびたか…」。
声が少し上ずっている。
 二人の選手の話に児童・生徒たちは耳をそばだてる。
 「アンニョンハシムニカ! 朝鮮民主主義人民共和国の選手のキム・ジュシクです」
 大きな歓声が沸く。
 「祖国の気概をしっかりと守っている総連のハッセンたち…兄弟と会ったようにうれしいです」、「(激励の)ビデオを見ました。同胞たちの声は…」。
 「…共和国の旗を世界の空に上げることを固く誓います」とのリョム選手の言葉に、生徒たちは「ピルスン チョソン」の声で応え、拍手が鳴りやまなかった。
先生、保護者を含め、祖国の人の生の声を聞くのが初めてだという人も少なくないと思う。彼らが発した、「祖国」、「気概」、「共和国旗」などのフレーズは心の奥深く刻まれるだろう。
 そして歓迎公演。踊りも良かったが、全校生による合唱は心に響いた。
 
혹시 우리나라가 통일된다면(もし私たちの国が一つになったら)
찬란한 우리미래 그날 그리며(かしいたちの未来、その)가슴펴고 걸어갈래요(ってんでいく)
 
チマチョゴリを着た先生たちも時折、生徒たちを頼もしそうに見ながら口を揃える。
壇上の選手一行が立ち上がり手拍子を打ち始める
 
이역의 고운꽃으로 자래워주는(異国しいててくれる)우리학교 힘을  모아 빛내갈거야(朝鮮学校力わせてかしていく)
 
 リョン選手の頬に涙が…、先に涙をぬぐい始めたのはキム選手だ。キム監督は拳を振り上げてハッセンたちの歌声に応えている。
 二人の選手がお礼の公演をするとのアナウンスに会場がざわめく。しばらくすると聞きなれた「パンガッスムニダ」の音楽が流れ始める。
 デュエットではと思い、会場の後ろの椅子の上でスマホを構える。すると、ユニフォームに着替えたリョム・キムペアが踊りだす。それも舞台の上ではなく、児童・生徒たちの目の前でだ。
 思わぬサプライズに会場は騒然。中学生が立ち上がり拍手だ。軽快なメロディーに乗ってステップを踏む二人の姿を動画で追う。スマホの画面がぼやける。涙だ。泣いていた。 
二人で回転しながらのオッケチュム、氷上でのフリースケーティングのように、キム選手に抱き上げられたリョム選手が何度も宙に舞う。後ずさりしながらのオケッチュムはキュートだ。
 小旗を思いっきりふる児童、バルーンをたたく生徒たち、オモニたちは涙をぬぐったりスマホを向けたり大忙しだ。そんな姿を優しい目で見守る先生たち…。
二人は檀上に飾られた大きな共和国の旗に一礼、振りむくと大きな歓声に包まれた。
ユニフォームが学校にプレゼントされるとのアナウンスに、再び場内は興奮に包まれた。

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最後にリ団長が成長著しいウリナラのスケート事情を話し、これからも同胞たちが民族の誇りと自負心を抱くことができるよう、頑張るとの強い決意が述べられた。
そして記念写真。選手団に抱きかかえられ、膝の上に座ってはにかむ一年生、児童・生徒たちが選手団を取り囲むように立つ。「学父母たちも…」の声に、オモニたちの顔から笑みがこぼれる。
何度もポーズ、歓声をあげてもう一枚だ。
そしてお別れの時間。もう一度選手たちを近くで見ようと、オモニたちが入り口を固める。
どこからか「ハクセン(児童・生徒)がメインですから…」の声。
「今日は中級部二年の〇〇…」、「私は中級部一年ということで…」
そんなことを言いながらオモニたちは笑いながら、生徒たちに席を譲っていた。
 校舎の前、生徒・児童たちが二手に分かれて作った花道を選手たちがゆっくり通っていく。握手攻めだ。児童たちはピョンピョン跳ねながら見送っている。小柄のリョム選手の姿が何度も視界から消える。両手で児童の肩を抱きしめているようだ。歓声が上がる。キム選手は手を振りながら何かを叫んでいる。
 共和国の小旗が波打ち、「ピルスン チョソン」の声が響き渡る。
 自動車に乗り込んだ選手団をのぞき込む。リョム選手は窓を開けて、手を振りつづける。
 選手団を乗せた二台の車は、校舎の横の門から出て、ゆっくり学校を後にする。
 すると、生徒たちが広い運動場を横切り一斉に校門をめがけて走り出す。運動場の横の道を走り抜け、校門の前の道を通るであろう「祖国」の選手を追ってだ。初級部の児童たちも思いっきり走っている。「教室に入りましょう」と、児童・生徒たちに声をかけていた、小旗を持った先生たちもだ。
 
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 一時間足らずの短い時間だった。この日「祖国」を身近にし、もう一度「ウリナラ」に近づこうとするウリハッセンたちのそんな純な姿に、スマホを向ける手の震えをようやく抑えた。
 戻ってきた生徒に「イオ」の黄記者がインタビューをしている。
 「만나고 싶었습니(会いたかったです)」の一言だけが聞こえてきた。重い言葉だ。
 しばらく誰もいなくなった運動場で「余韻」に浸った。選手たちを乗せた車が通った道を歩きながら、盧記者の「子どもたちが祖国の人と接することは大切なことですね」との言葉を噛みしめた。両選手が涙した「胸を張って生きて行こう」の曲がリフレインした。
 埼玉初中は今年創立58周年を迎えた。一二年後、70周年を迎えるイベントで飾られたこの日の写真を前に、この日、ここにいた児童・生徒たちが、この日の「祖国」を語る姿が目に浮かぶ。サプライズとして、世界制覇を果たしたリョム・キムペアが特別ゲストとして参加している…。そんな「夢物語」も見させてもらった、とても素敵なひと時だった。
さいたまスーパーアリーナで催された、「ISU世界フィギュアスケート選手権大会2019」フィギュアスケートペア競技のフリースケーティングに出場したリョム・キムペアは、最終11位の成績を残した。 
 
*加筆して、『朝鮮学校のある風景』55号に掲載します。