《もうすぐ3年に》　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

毎朝の加治丘陵歩きは、やっとこさ3年になる。

9、10、11月とあと、3ヶ月もすれば……。

それから81歳で4年目を迎え、82歳で5年と……うまくいくか。

それはわからないが今が大切だ。

雨風のない登山日和のその日が、なんといっても重要だ。他のことは、とりあえず、そのときそのときに考えればいい。

《8.2キロ＝2時間16分》

――どれほど急いで登り下りしても、下りで思い切って走ってみても、いくら頑張っても、しかし、今まで、自宅までの往復8.2キロを2時間20分が限界だった。

それがその日、虫除けスプレーも魔法瓶の冷水も歩きながら使い一度も立ち止まらずに進んだら、とうとう2時間16分で往復できた。

それなら、あと3ヶ月の間シコシコ筋力を鍛えれば、加治丘陵歩き3年の終わりに、2時間の新記録をものにすることが出来るかもしれないと、思った。

別に新記録をやりたいなんて思ってもいないが、ひょっとしていけるかも、と思ったわけだ。

《いやなやつ》

その日、いつものように加治丘陵の南入り口に向かって信号を渡ると、先の方に赤いバッグを背負ったひとがゆるゆる坂を登っていて、それなら武蔵野音楽大学の1キロほどで追い抜こうと少し急ぎ足で歩いていると、彼は加治丘陵には昇らずにそのまま何処かへ消えてしまった。

そういうときはまた別口の競争相手がいるもんだ。いつも出会う加治丘陵族の中で、いつも顔を背けて通り過ぎる人たちの、一番嫌いなひとりが丁度南コースの南1あたりを急ぎ足で進んでいた。

瘠せぎすのノッポだ。

糞だ。

私より10歳ほど若いワイシャツと黒ズボンの白髪老人である。

（南1の巣箱から加治丘陵族を眺める可愛いムササビ）

こうなれば、いつもやすやすと追い抜かれるのを逆に追い抜いて仰天させてやろう、と、すっかり熱くなって思いのほか、からだがよろぼい動く。

それでもやはりなかなか追いつかない。

やつも気配を感じて、いつもより早いスピードで桜山展望台へ、愛宕神社へ向かっているにちがいない。

しかし、距離が縮まっているのは確かだ。

なかなか、しかし、終いにはすぐそばまで縮まったかと見ればじわりと離れ、とても追い越せない。と、思ったが、今まで生きのびた秘訣はどん底で底を打っても決して、決して“あきらめない”のバカ丸出しだったので、そのときも当然バカ丸出しで踏ん張って、踏ん張って、踏ん張り抜いて、杖を持ち替えては呼吸をととのえ、愛宕神社の2、30メーター手前に来ると、彼は立ち止まって、ポケットから時計を取りだして見て、また歩き出したがまたおもむろに時計を取りだして見ているではないか。

それで、やっとこさ彼を追い越した。

《あきらめない！》

それでおしまいにすればいいのだが、終わらないのが悲しいさがなのか。

一番嫌いな天狗を打ち負かして、それで有頂天になればいいのに、けっきょく私は、突然、逆立ちしても出来ない“不可能”に襲いかかった。

やるなんてどだい無理に決まっているが、やれ！！

やっちまえ！！

2時間16分の壁を、どうしても2時間でぶち破るのだ、と！

競争で消耗した体を、筋力を、臓器の悲鳴を、さらにむち打って、残りの4.2キロを吹っ飛ばした。

北は起伏が激しい。

登りがつづく。

息が乱れる。

足がもつれる。

ふらつく。

血が沸騰し、目が霞む。何も見えなくなると、緊張を緩めて、まわりの緑を見まわす。しかし、移動のペースはそのまま持続させる。必死だ。

あきらめるな！

ふらふらになりながらも、それまでの経験からとても無理だとわかっていても、北1までの下り坂を飛ばし、さらに仏子上野公園の信号までの登りをがむしゃらに駆け上がり、駅の陸橋を登り、駅前の信号を待っている間時計を見ると、あと10分だ。いつも　（ときおり遭遇する日本カモシカのちびっ子）

は急ぎ足で15分かかる。

決して、あきらめるな！！

ヤオコーを過ぎ、信号を無視して、チャリを制止して、中橋を渡り、最後の信号にたどりつくと、あと2分も残っていた。

これなら何とかなる。きっと！

そして、なけなしの残骸を振り絞って、わが家の玄関になだれ込んだ。

2時間に2、30秒残して。

ついに、2時間を切ったのだ！

《1時間56分の新記録》

そして、その次の日、もう一度2時間を切るつもりで、最初から覚悟をかためて頑張って、1時間56分で家へ帰り着いた。

どうやらその無理がたたったのか、今日は歯茎や肩や、足や、腰のそこここが痛むので途中でUターンして戻ってきて、一日、ゆっくり休憩を取った。

さあ、明日からまた頑張っていこう。

あきらめないで、加治丘陵よろぼい歩き～～～～