前日まーちゃんはベッドへ入ることが出来ず、ベッドにもたれて寝ようとしていたので頭だけベッドに入れてお尻はクッションの上といういつもの体制にしてあげて私も寝ることにしました。
朝の6時。
ふと目が覚めて、まーちゃんを確認。
動いた形跡が全く無かったので床擦れになっちゃう、と思いお尻の位置を変えて私はもう一度自分のベッドへ。
すると、すぐに「なっ」って鳴き声が聞こえてカッカッという音が聞こえてきました。
急いでまーちゃんのところへ行き顔を見ると開口呼吸で舌も垂れ下がっている。
すぐにベッドから出してまーちゃんのお気に入りのクッションへ置いて「大丈夫、大丈夫だからね、ありがとう、愛してるよ」と伝えているときにカッカッと2回聞こえてそこから何も聞こえない。
もしかして逝ってしまった?と体の呼吸を確かめる。動いていない。
なんと静かに旅立っていったんやろ。
そして逝く前に私を呼んでくれてありがとう。
すぐに色んな事を忘れてしまうからと321という分かりやすい日にちまで選んでくれて、私が休みの日を選んでくれてありがとう。
私の誕生日も生きててくれてありがとう。
まーちゃんの性格からして、私がいない時にサクッと逝ってしまってもおかしくないよな…って思っていたけど最後まで私を想って旅立っていった。
17年間あっという間やったな…
はじめはずっと鳴いていて「もう嫌や、ひとりにしてくれよ」と自分勝手に思った日もあった。
まーちゃんと私の間には距離があったけど6年前に1ヶ月半の入院を終えて家に戻った私を追いかけるようになって…しばらくは私が必ず見えるところにいるようになった。
そこで私はまーちゃんにとって大切な存在になれてるのかな?とはじめて感じたっけな。
いつの間にか、歳を重ねるごとに、かけがえのない大切な私の家族になっていました。
お別れが辛くなるから、その日のうちに火葬しようと思っていたけど、姉が心配してくれてまーちゃんと一緒に実家へ2日間帰っていました。
母親は「はじめてまーちゃん触れた(昔はかなりの怒りんぼうさんやったから)。毛もすごく綺麗だね」と。
姉も言っていたけど、とっても綺麗だったみたい。
3月23日。
お葬式と火葬しに行きました。
もう二度とまーちゃんに触ることが出来ないこと、本当に辛かった。
1時間ほどで火葬が終わり全骨持って帰ることをお願いしていたので、骨壷にまーちゃんの骨を全て入れてお家に戻ってきました。
今はたくさんのお花に囲まれています。
きっと香りを楽しんでくれているかな?
私以外の人から見て決して可愛いタイプの猫ではなかったけど、それでもまーちゃんを可愛いと言ってくれて、旅立ったことを伝えたらお花を贈ってくれる人がいて…まーちゃん、とっても幸せだね。
まーちゃんはここ数ヵ月毎日点滴をして、1ヶ月ほど前からぶどう膜炎になり両目に毎日3回の点眼、亡くなる1週間ほどから苦い薬を飲まされて、胸水を抜くという大変なことも数回されて、すごく嫌やったかもしれないけど…私はまーちゃんの負担を最大限に取ってくれた最高の先生と奥さんだったと思うよ。(私の選択が間違ってなかったと思いたい気持ちももちろんあるけど)
すごくすごく寂しいけど、きっと私に出来ることはしてあげられたと思うのでほぼ後悔無く見送れたように思う。
すごくすごく寂しいけど、まーちゃんが最大限に生きてくれたから私も前を向いていかないといけないなぁ。
愛してるよ、まーちゃん。
本当にありがとう。








