哀愁交差点2
その日はちょっと早い時間に仕事が終わり、港の開店時間と同時にカウンターの特等席に座ってウインナーと目玉焼きをつまみながら晩酌をしていた。
特等席、といってもカウンターは七席あり「お好きな席にどうぞ」と吉江さんに案内されると、自然と一番奥を一席空けた隣を勝手に僕は特等席扱いしている。それは早い時間にお客さんもいなく一人で飲んでると料理も作り終わって提供してくれた後に、吉江さんがそこに座って話を聞いてくれる「特等席」だからだった。それ以外にも一番奥の席が空けてある理由があり、吉江さんの旦那のオーナーが来たときにいつもそこに座るのを常連客が暗黙の了解で空けている、というのをいつかタコ社長が教えてくれた。
3杯目のハイボールを飲んでいるときに、座敷席にどこかの店で宴会を開いた後の二次会の団体客がザワザワと来て一気にお店の中が活気に溢れた。
そうゆうとき「3杯目飲まずに、さっと早く帰ればよかった…」と心のなかで後悔することが多々ある。静かな店内を知ってるものからすると、他店での盛り上がりを持ち込んでくる団体客はほぼ騒音でしかないことがあるからだ。料理やお酒の提供に店員さんが全て持っていかれるってのもあるが、晩御飯のつもりで来ているとその思いもひとしおだ。
しかしその日は町に来た頃からお世話になっている会社の二次会だったらしく、ほぼ面識のある顔ぶれが会長や社長の席を作るべくせわしなく注文を入れ、座敷のテーブルを並べ替えていた。
カウンターの隣に僕の肩を叩きながらよく見覚えのある優しい笑顔の男性が浅く座って
「久しぶりだな!元気か?珍しく一人で飲みにきてんのか?」
と町に引っ越してきて一番最初から公私共々お世話になっている太野さんが声をかけてきた。
「離婚したんで、晩ごはん代わりにたまに飲みに寄ってるんですよ。」
「ああ…そうだったな。でも良かったじゃん!これからは出会いたい放題だろ!な!笑」
離婚届を出した日に、偶然喫煙所で一緒になりその話を報告させてもらったのだった。
太野さんは50代後半で昔イケメンフェイスをかろうじて残しつつ、面倒見がとにかく良く、人当たりの良い心根の優しい人で、若いときに町の人が知る名家に婿養子として入ったのだが、早くに子供を二人もうけ孫まで生まれて三世代同居をして幸せな家庭を育んでる、はずだったのだが、良からぬ噂がつきまとっていた。妻が方方で若い男と車移動しているのを目撃されており、家事はすべて太野さんに一任して家には帰ってこないと言う事だった。
小さい町ならではのそんな噂は耳に入ってはいたのだが、信憑性が定かでないため
「太野さん、結婚生活長持ちさせる秘訣ってあるんですか?」と聞くと
「子供も育って、奥さん帰ってこないから家のことは全部俺がやってんだよ。主夫だよ主夫!味噌汁づくりからお風呂掃除まで、もう大変だよ。忍耐、忍耐が大事だよ!笑」
話に聞くと、子供が嫁に行く前からだと言うからもう10年近くはその状態だそうだ。そんなに疎い人ではないので、何かしら気付いてはいるのだろうが核心はつかずに板挟みになり、考えずにほっといているのだろうか。そもそも名家を汚せないという責任感もあるのかわからないが、自分がその状況に置かれたなら情けなくて居ても立っても居られないような気はするが、人それぞれの考え方はあるのだと、ハイボールと一緒に感情ごと飲み込んだ。
「んじゃ、会長来たからまた頃合見てカウンターに来るから。たまには飯行こう!お前も凹まず頑張れよ!これから色々大変だろうから、今日の飲み代はこっそりうちの会社に付けちゃえよ。俺が面倒見てやるから!好きなもの食えよ!な!」
ありがたい。今日の飲み代はごちそうになれる。太野さんの会社員ならではの経費の使い方には、いくら下げても頭が上がらない。
遅れて入ってきた会長と社長に心のなかで「ごちそうさまです」と言いながら、軽く挨拶をさせてもらい、カウンターの元の特等席に戻った。
一時間半ほどどんちゃん騒ぎは続き、二次会ということもあってか飲むペースも落ち着きそれぞれが会社の事を熱く語り合っている声が聞こえてきた頃、すっかり満腹になり出来上がって来た僕はそろそろ帰ろうかと思っていた。カウンターはまばらに常連のおじさんが晩酌をしていたが、僕の隣に、この街では見たことのない同世代よりちょっと年下の外見洗練された東京風の仕事帰りの女性が
「こんばんは〜!生ビールください!」
と、一人でバックを椅子にかけながら、座るやいなやジョッキ半分までビールを飲み干して「ぷは〜!!」っと大きな息をついて眼の前にあった壁掛けのテレビに目線を向けていた。
すると二次会が一段落つき始めた太野さんが隣に「ハア〜。」と大きなため息を吐きながら飲みかけのレモンサワージョッキとイカゲソ焼きを持って椅子に座り
「ようやく煩いおじさんたち一段落ついたよ〜。疲れた〜!お前の離婚に乾杯しよう!」
「なんですか?離婚に乾杯って!聞いた事ないですよ!」
「別れの後には、新たな出会いが待ってるだろ?それに乾杯だよ!勘悪いなぁ!笑」
「めちゃくちゃ僕の離婚を簡単にイジってくるじゃないですか!もう、やめてくださいよ!笑」
「いーからいーから!出会いに乾杯!!お前もうお腹いっぱい食べたか?」
「ごちそうさまです!いただきました!」
「おじさんたち、注文したけど全然料理に手を付けてないから食べたいものあったらこっち持ってくるぞ!?食べきれなかったらお土産にしたって良いんだからな?まあ、色々大変だろ?笑」
「ごちそうさまです!笑」
太野さんは事あるごとに優しく面倒を見てくれて、飲み会の残り物で明日の朝ごはんまで用意してもらって、感謝しても溢れてこぼれて両手じゃ到底抱えきれないぐらい、恩義を感じている。
「なんだよ、隣のかわいい子、お前の新しい彼女か?」
酔った勢いで初めて見た女性に聞こえるようなボリュウムの声で喋るのはおせっかいを通り越して、酔っ払いの親戚のおじさんを友だちに見られるような、赤面級の恥ずかしさに襲われた。
小声で「そんなわけないじゃないですか!!やめてくださいよ!喋ってもないし、初めて見かけましたよ!!」
「てっきり、新しい彼女と待ち合わせしてて、やるな~!て思ったのに知り合いじゃないの?」
事あるごとに優しく面倒を見てくれて、尚且つ仲人役まで買ってくれるぐらい親身になっておせっかいを焼いてくれる、親戚のおばちゃんのような太野さんに
「…知らない女性です!可愛らしくて仲良くなりたいな、とは思いますけど、たまたま隣の席に座っただけですから!」
「…飲み屋のカウンターだって、立派な出会いの場になるんだぞ?小さい町なんだからひょっとしたらお前のこと知ってるかもしれないだろ?聞いてみなよ?」
酔もある程度まわってきていたので、もうどうにでもなれ!と勢いをつけて
「あの〜?僕のこと知りませんよね?見かけたことありますか?」
「え!?…はじめまして、ですよね?」
彼女はテレビを食い入るように見ながら晩酌していたのだが、急に話しかけられて驚いた顔と、話し終わる頃は社会人に備わっている愛想のある笑顔でこちらに身体を向けてくれた。
「知らなかった?こいつね、今年離婚したばかりなのよ!だからお姉さんもカウンターのお隣でたまたま飲んでるんだし、仲良くなってあげてよ!ね!?」
こんな出会い方もあるんだろう。カウンターに座ってる女性を、いわゆる「ナンパ」してくれた太野さんの、悪ノリじゃなく、俺に対する思いやり。女性の方は急な出来事で笑っていたが
「熱海です。あっちゃんって呼んでくださいね。一度結婚できるだけでも羨ましい事ですよ?笑」
「そうですかね?色々あって離婚しましたが。世知辛いですよね〜。」
「こいつは、真面目でいいやつなんだよ!真面目すぎて面白くないかもしれないけど、良いやつなのは俺が保証する!新しい出会いに乾杯!!」
「太野さん、あなたもあっちゃんにとっては誰ですか?って話ですから!新しい出会いに乾杯で!笑」
「アハハハ!面白いじゃないですか!それじゃ新しい出会いに乾杯ですね!!」
あっちゃんは港から徒歩3分の近所に住んでおり、東京の会社に正社員として勤めていた。定時の仕事ではあるが、朝が早いため始発ぐらいの時間に起きて支度をして早い電車に乗り、片道約一時間半を通勤時間に使っている。この町に住んでいると、東京のベットタウンとしては少し遠く、職場を探すにもこの街の中では産業がほぼ皆無なため完結することは稀で、若い世代は東京で働きこの町で寝る。
徒歩3分の近所に住んでるのにお互いに12年も存在を知らないまま人生を過ごしていたのは、よくあることなのだろうか。初めて逢った気がしないほど、太野さんのGOサインが出てからは話は弾み、好きな串焼きの話から、お互い「匂いフェチ」だと言いながら「臭いものは嫌だが、癖になっていつの間にかまた嗅いでしまうよね。特に鼻の脇!」と共感し大笑いし、あのとき帰るつもりでいたのが、気がつけば太野さんもとっくに帰り、閉店時間になっていた。
帰り道同じ方角だったので歩いて送っていくと、家の距離は徒歩二分の近距離だった。
「連絡先交換しようよ。また港で会えると思うけど。笑」
「いいよ。帰り道送ってくれてありがとう。いつも一人で歩いてるけど。ハハハ!」
カラッと笑ってエクボのある愛嬌は、沈んだ気持ちも一気に救ってくれる輝きを放っていた。
「明日も朝4時起きで早い!眠い眠い!よぱっらった〜!明日の朝シャワー浴びよっと!今日はありがとー!またね!おやすみ!」
とにかく今感じて思ってる言葉が全部口から出て来てるのか、と思うぐらい明るくパワフルでおしゃべりな女性だった。初めてみたときは喋りかけるまで、店員さんと少ししか話してなかった印象だったが、180度違った印象「気持ちが全部言葉で出てくる天真爛漫な女性」になったギャップは気になるのに充分な要素を持ち合わせていた。
その日心に残っていた会話をふと思い出した。カウンターでママが
「あっちゃん!ジクセルもう出してもいいかな?」
「混雑しているのでお手漉きで、お願いします!」
とやり取りをしていた。
「ジクセル美味しいよね。俺もボリュウムあるからよく注文するよ!」
ジクセルとは「ポークピカタ」をトマトベースのオリジナルソースたっぷりかけていただける他にはない唯一無二の定番メニューだった。
「よくうちのおばあちゃん作ってくれてたんだ。去年亡くなっちゃったから…もうここでしか食べることできないからね。」
「家でジクセル再現しないの?」
「そうだよね!亡くなるのわかってたら、もっと早くに作り方教えてもらったのにね。でも良いの。港に来れば食べれるから!」
思い出の味を噛みしめるように「美味しい美味しい」と無邪気に食べている姿は、おばあちゃんへの愛情と哀愁も漂わせ、さながらドラマ「深夜食堂」のカウンターを思い出させる、心をギュッとさせる人柄を描いたような光景だった。
僕は小さい頃からおばあちゃん子で、東京に出てくる前の3年間父親の仕事の事情で両親が居を移し、実家でおばあちゃんと二人暮らしをしていた頃、僕の好きなカレーライスをよく作ってくれていた。何故かその時「カレーライスが 1つ食べたいな〜♪」と後にも先にも聞いたことがないオリジナルの歌を口ずさみながら作ってくれていた愛情と優しさで出来ているカレーライスを思い出し、心の奥底が共鳴した。余計なこと聞いちゃったなと思ったけど、あっちゃんは自分の苦しい思い出でもサラッと話してくれるところに、芯の強さとコミニケーション能力の高さを感じさせる。空気を読む力が優れている事、遠すぎず近すぎず、人との距離感をしっかり取れるところが、色んな経験してきてるんだろうな、人間を深掘ってもっと知りたい、と思わせる魅力になっていた。
その3日後の仕事の帰り道に晩酌のつもりで港に寄った。早い時間だったからか吉江ママの同級生で常連のタマさんに特等席を取られていて、一席開けた真ん中の席に着いた。そして遅れてもう一人、入り口すぐの席に50代ぐらいの長身やせ細っていて頭に白いバンダナを巻いた個性的なおじさんが着座した。
「クニ」と呼ばれているその男は、ビールを皮切りにマシンガンのように舌鋒鋭く従業員の浮(うき)ちゃんに、仕事の愚痴から政治に対する憂いを話していたが、明らかに浮ちゃんは困ったような表情でその話を「そうなんですね~」と言いながら聞き流していた。
客観的に見ていると飲みに来る人の目的が垣間見えることがある。自分の話を聞いてほしい人、カラオケを聞いて欲しい人、ママにあいたい人、仕事帰りの気持ちをリセットをしに来る人、仲間と楽しく飲みに来る人、様々だ。
クニさんは「溜まったストレスを発散」する人で、その矛先を店員に向けて垂れ流しているように見えて、最初見た時は会話の内容に違和感を感じていた。どう見ても一方通行だったからだ。そのうちに捕まってしまった浮ちゃんの指を見て「俺は人の指を見たら性癖がわかる」とセクハラよろしく浮ちゃんに手を差し出すように指示していたが、よくわからない聞くに堪えない持論を展開させていたので浮ちゃんは、忙しい素振りを見せてクニの前から調理場があるバックヤードに引っ込んでいった。しかし気分が良さそうな三白眼のクニさんは、カラオケを歌い始めた。
たまに世代が違う人のカラオケは何の曲かはわからないが、昔の歌は素敵な歌詞があり歌い方も心地よく、お酒が美味しく感じることがあったりするが、クニの歌は逆で、最新ではないが若い人たちが歌うラブソングで、皆知ってる曲なのに聞いたことない節回しと耳をつんざく心地よくない金切り声に近い歌声で、お酒の酔がかえって早くなる、歌い出すと吉江さんと目があって「お客さんは平等だから我慢してね。ごめんね」と心の謝罪が聞こえてきてしまう「大人になってもジャイアン」な騒音だった。
初対面で「もう歌わないで黙って酒のんでてくれよ」と思ったのは初めてかもしれない。
今の時点で「セクハラ」「騒音」2個もアウトが続き、そろそろ帰ろうかな、と思っていたところに「こんばんは〜!」と明るい笑顔のあっちゃんがお店に入店してきた。
クニと僕の間の席に着座し「ビールください!」と言って「おつかれ〜」と乾杯をした。ビールジョッキをいたずらな笑顔を浮かべて、僕のビールジョッキの縁にビールジョッキの底を「ゴンッ」とぶつけてきて、僕のビールは泡が生き返り溢れ出した。
「早く飲まないと溢れるから飲んで!ハハハ!」と焦ってる僕を見ながら美味しそうにビールを喉に流し込んでいた。
急いで飲み口の周りを泡だらけにして焦っている僕は、すぐにペースをあっちゃんに握られていたが話したいことがあったのでそのペースに着いて行こうと、先日の感想と、話題を振って話始めた。
ちょうどクニの騒歌が収まっていたので静かなお店に戻っていたので、最近の身の回りで起きた些細な嬉しかった出来事を話していた。お互いに笑い合っていたら僕に目線からは見えなかったのだが、あっちゃんはクニの方に向いて、何か話しかけられているようだった。
カウンターは、基本的にはルールは存在していない。
一人で飲みに来ている者同士、顔見知りになれば話す人もいるが、顔見知りになっても挨拶程度で直接は話さなかったり、吉江ママを介して共通の話をしたり、一人で静かに飲んだり様々な形があって、それを受け入れてくれる居心地の良さがある。僕は、タコ社長がいなかったら基本的には自分からは他の人に話しかけないが、それは人それぞれのカウンターの時間を尊重してという意味もあるが、話しかけられたくないというより、ふとした会話の余計な絡みでトラブルの原因を作る可能性をできるだけ無くして、港のカウンターに居場所を求めていたからだ。
クニはそんなことはお構い無しで、どんどんあっちゃんの肩を叩いては独自の会話を展開しているようだったが、あっちゃんもノリもいいしコミニケーション能力に長けているから、小気味良く笑いながらクニの話を聞いているようだったから「せっかくあっちゃんと話せるタイミングだったのに…」という思いを何処かにしまって、あっちゃん越しにクニの話を何の気無しに聞いていた。
するとまたクニは「僕は人の手の指を見ただけでその人の性癖が分かるんだよ」という会話を話し始めていたのでさっきの浮ちゃんへのセクハラの二の舞いになると思い、あっちゃんの手を見ようとしていたところにすかさず僕の手の平を差し出して「それって、手相見れるってことですか?」と会話に入り込んでいった。
クニは一瞬、間を開けて「…手の平じゃなくて、手の甲の感じを見るんだよ。男の人のは見たことないけどねぇ。」と怯んだのを隠しながら、下手な笑顔の三白眼でこっちの方を見ていた。あっちゃんとの会話を邪魔した形になったが、あっちゃんも「見てあげてよ!どんな性癖なの?笑」と僕のノリに着いてきてくれたので、仕方なさそうにしながら
「…手の甲見せてもらえる?」と改めて僕の指先を掴んできた。
会話の意味がわからないし、このままわからないふりをして「こうですか?」と言いながら手の平を見せるとあっちゃんが
「手の甲だって!ハハハ!」と言うことを聞かない僕の方を見て笑ってくれていたので、それからクニの誘導で、手の甲を上にされたら又ひっくり返して「こうですか?」とニヤニヤしながらわからないふりを続けてみたら、あっちゃんが「違うってば!ハハハ!」とおじさんたちが手の平をくるくるヒックリ返してる様を見て笑っていた。
そろそろしつこいかなと思い始めていたら業を煮やしたクニは「手の甲の指の付け根をみるの!」と強い力で僕の右手を掴みひっくり返してきたので
「痛い痛い!手首取れちゃうよ!」と冗談めかして、手の甲を見せるとあっちゃんは「何回やるのかと思って!ウケるんだけど!笑」と言ってくれたので、心のなかではウケたことに喜んでいたが、半分真面目な顔で、クニの方を見て「で、どうなんですか?僕の手の甲は?」
指の第一関節を指さして「…ここがシンプルに変だよね。」と言った瞬間、僕とあっちゃんは「なにそれ!」と言って訳が分からなすぎて大爆笑してしまった。
「ここがシンプルに変」って何?と笑い崩れていたあっちゃんは、涙を拭きながら僕の手の甲をツンツン触りつつ笑っている。僕は本当にどういう意味か分からなかったのに付け加え「シンプルに変て!初対面の人によく言えましたね!失礼だなぁ!ヒドイ!」と笑いながらも、クニのおかしい一面を笑いに乗じて堂々と指摘したら、カウンターの中の吉江さんも浮さんも口を手で抑えて笑ってくれていた。すると笑いながらあっちゃんは席を立ち僕の耳元でヒソヒソ声で、
「トイレ行くから、私と席変わって…あのおじさんに話しかけられるの何言ってるか分からなくてキツイよ笑」
と言ったのが「しまった!」と気付いたというかあっちゃんの本音を感じ、何を良い気になっておじさんとの絡みを膨らませてしまってたんだと反省しながら、そりゃそうだよなどんなに嫌でも話しかけられたら楽しそうに相手してあげないとカウンターじゃやっていけないよな、とコミュ力の高さの裏側に本当は静かに飲みたい面も持ち合わせている繊細な部分を感じて自分の気づきの足りなさに辟易とした。トイレに立ったついでに、カウンター内の浮さんに話しかけながらあっちゃんの席に座りジョッキと箸を交換してクニに背を向け、できるだけ自然に席を作った。
トイレから戻ってきたあっちゃんも浮ちゃんに話しかけながら、僕が元いた席に自然に座りクニとの絡みはそこで終了を告げた。クニはそれから三曲ぐらい金切り声で歌を歌っていたが「なんであの歌がカラオケ採点90点超えるんだろう」と不思議に思ってるうちに、会計を済ませていつの間にか居なくなっていた。
すると吉江ママがカウンター越しに
「なんか…ごめんね!笑」
「全然大丈夫ですけど、あの人の歌聞いてるといつもより酒の回りが三倍早いんですよ!笑」
「しかしなんで90点超えるのか、いつも不思議よね〜。採点機械壊れちゃったのかしら?笑」
吉江ママのその言葉に、カウンターに居るみんなが同じ気持ちだったのか笑っていた。
「カラオケ歌いたいならカラオケボックスで目一杯歌えばいいと思うんですが、誰かに歌を聞かせたいんでしょうね。」
「もうこの町にはカラオケボックス無いから、カラオケ置いてる店のカウンターで歌うしか無いんじゃないかな?」
と、あっちゃんの隣に座っていた藤さんという60代にしては髪も黒く染めセンター分けの1人飲みおじさんが話に加わってきた。
「カラオケボックス!?ボックスって何?ウケるんだけど!笑」
とあっちゃんがそれに呼応して爆笑していた。
「ボックスって、ダサい言葉!なに?カラオケボックスって!笑」
ジェネレーションギャップなのか、僕らの世代では中高生時代仲間と地元の街外れにあったカラオケボックスに自転車で行って当時流行っていた曲を歌っていたのが当たり前の青春の原風景で、地域柄なのか世代なのかあっちゃんはとにかくカラオケボックスという言葉を初めて耳にして
「カラオケボックス!!!笑」
とツボにはまって息ができないぐらい大爆笑している様を見て、つられてみんな笑っていた。
「昔はこの町にもカラオケボックスはあったよ?受付があって、コンテナが6人ぐらい入れる個室部屋になってて、何個も並んでいたけどね。知らないか〜?」
「カラオケ・ボックスって、ボックスって何〜ほんと聞いたこと無いんだけど!ダサい〜!!!笑」
その日一番涙を流しながら笑い、化粧も崩れ、笑いすぎて声も枯れ始めていたのがあまりにも無邪気で可愛らしく見えて、僕も笑っていた。
藤さんはその日以降「ボックス兄さん」と呼ばれるようになった。でもよくよく考えたらカラオケボックスって一番最初にこの場で言ったの僕なんだけどな、と思いつつハイボールを飲み干した。0時閉店になり、帰り道も一緒に歩きながら帰る最中もずっと「ボックス!」と思い出しては、体を折り曲げて爆笑している姿にほっこりしながら家路についた。
それからの数日間は、明らかにあっちゃんのことを考える時間が多くなっていた。仕事もちょうど立て込み忙しかったのでバタバタとして帰り時間も遅く、港に寄る時間は作れていなかった。
2週間ほど経った頃、仕事終わりに友達と東京で飲んだ帰りにふと、あっちゃんと港で会えないかな?と思い、ほろ酔いの勢いでLINEしてみた。
「先日のカウンターでの楽しさが忘れられなくて。東京からの帰りで22時過ぎになりそうだけど、あっちゃんが港にいたら寄ろうかなと思って。ボックス!笑」
すると数分後に
「私もあの日楽しかったよ!ボックス!笑 最近イライラしたことあったから港寄ろうか迷ってたけど、家で晩酌してたよ!もう酔ってるけど!来るなら港行こうかな。」
タイミングが良かったのか、港で合流できることが楽しみになり東京のほろ酔いが電車内ですっかり冷めて、さっきまで飲んでた友達には申し訳ないけど、少しの勇気をくれてありがとうと、感謝しかなかった。
哀愁交差点1
仕事帰りに駅から自宅までへの道中、居酒屋が数軒ある。
居酒屋と言っても、車1台通れるぐらいの住宅地の通りに軒を連ねて赤ちょうちんや暖簾だけで存在感を示すような、一見さんには入りにくいお店達だ。
昔からある老舗の様な店もあり、閉店してはまた居抜きで新規オープンするお店もあり、通勤する度に横目で「ここまた新しいお店できるんだ」と無意識に確認しながら、田舎での商売は特に長年続けるのが難しいんだろうなと他人事のように誰の心配するわけでもなく、自分の人生の景色のほんの一部に、でも確かにいつもそこに有った。
仕事の都合でこの街に越して来てから、干支が一周回った。その間に結婚も離婚も経験し、人生も二周目のような新たなスタートをぼんやり始めている。
知り合いも顔見知りもそれなりに増えた。
越してきてすぐの頃、仕事関係の付き合いでこの街にある飲食店での会食のあと、二軒目以降に数回連れてきてもらったことがあるこの通りにあったお店は、ママがいる場末のスナックを様していが今はもう無く、何度か経営者を変えて別の店に生まれ変わっている。
その頃からの付き合いで、今でも可愛がってもらっている近所の植木屋の社長がいる。仕事柄か良く日に焼けており、顔がいつもタコのように赤ら顔で、話すときに口をすぼめる癖があるので「タコ社長」と通り名がついた恰幅のいい還暦手前のタコさんは、季節が変わる頃になると電話で居酒屋集合の合図をくれるので、その度に近況報告をさせてもらっていた。気風がいいので会計のときは「出世払いだな!」と言って払わせてくれないのが、申し訳無さとカッコよさを同時に感じていたがいつも申し訳無さが勝つので、その分僕を呼んでくれたときは笑ってもらって楽しませれるように部活の後輩さながらの立ち回りの術を身に着けていこうと意識していた。
結婚の報告をするときも、この街では一番最初に報告したし、ほぼ同時に緊急事態宣言に入ってしまった為3年ほど飲みにはいけなかったが、コロナ禍が開けたと同時ぐらいに離婚が成立した頃「久しぶり飲み行くか?集合だ。」とタコ社長に電話を頂いたタイミングで呼んでいただいたお店が、帰り道数軒ある中の「港(みなと)」という居酒屋だった。
僕も数度会合の二軒目でお邪魔したことがあったが、港は居酒屋なのだが若い女将がいて、見た目の精錬された可愛さと愛嬌満点の笑顔がおじさん客を惹き付けて離さない、まるで暗闇の海を照らし船が寄港できるように輝く灯台、地元に愛されている老舗の小料理屋のような佇まいで営業を続けていた。
「乾杯!いや〜!仕事終わりはやっぱり旨いな!ようやくコロナ明けたな!お前仕事は順調か?」
「はい。ぼちぼち細々と続けさせてもらってます。」
「そうか。どこも大変だったもんな。まだ若いからまたこっからだな。」
「タコ兄のところはお忙しそうで。」
「そうだよ。コロナ禍なんか逆に仕事量増えたもんな!コロナじゃ何も変わらんかったわ!ワハハハ!」
人とあまり接触しない外での植木仕事は需要が安定していて、巣篭もり中にリフォーム関係や、せめて窓外に眺めることができる庭も綺麗にしようということなのか、忙しくしているようでコロナ禍でも車で町内外あちこち奔放している姿は見かけていた。
「実は社長にご報告がありまして…」
「なに!?子供出来たか?」
「いえ、逆でして。離婚しました…」
「なに!?ワハハハ!!…めでたいな!離婚したのか!男でも作って出ていったか?」
「めでたいってやめてくださいよ。…好きな男作ってこの街出ていきましたよ。」
「そーかー!よし、祝杯挙げよう!!女将!こいつに新しいボトル入れてあげてくれ!」
離婚の気苦労など色々話聞いてもらおうと思っていたのに、逆に笑いに変えてくれたタコ社長の優しさが身に沁みた。
「なんで祝杯なんですか?毎晩寂しくてたまらないんですよ〜?」
「別れがあったら、新しい出会いがあるのが盛者必衰の断りを表すだろ?若いんだからいつまでも終わったことを引きずってうじうじしてる時間はもったいないから、また新しく出逢えばいいんだよ!物は考えようだ。遊び放題だろーがよ!羨ましいなお前は!ワハハハ!」
経験豊富な昭和平成令和に生きる荒波をものともせず生きてきた老獪な軟体生物は、考え方もその辺の若者よりも柔軟で心強く、うじうじしている自分を恥じた。
「お前の新たな人生の出港に!乾杯!!…港だけに!ワハハハ!!」
新しい船出を祝ってめでたいってことなのかと思ったら、重かった気分が少し晴れやかになった気がした。
「お前は結婚式したんだっけ?」
「予定していましたがコロナ禍になって取りやめしていました。」
「子供は?」
「時期を見て話し合っているうちに別居になったのでいませんよ。」
「周りに迷惑かけてなくて良かったよ。ワハハハ」
「でも僕の両親はものすごく悲しんでるんですよ。」
「それは、またこっからもっと良い女房に出逢えば問題ないだろ?どうせ、親は先に死ぬんだから別で親孝行してやれよ。ワハハハ!」
寂しくなったらボトル入れてやったんだからいつでもこの店に来いよというタコ社長の計らいで、港に一人で飲みに来る理由ができた。一見さんじゃ入りづらかったお店への停泊許可をもらい、なんだか少しだけ仲間入りさせてもらった気がして嬉しかった。タコ社長と僕だけの話だったはずが、お店にタコ社長の知り合いが入ってくる度に「こいつは今年離婚して独身になったって!ワハハハ!」と初対面の人達に紹介されていたが、困惑する人はほぼおらず「おめでとう!」とか「俺もバツイチなんで一緒です。」とか「私は十年前に離婚してるから大先輩だよ。一杯ごちそうしてあげる。」とタコ社長の作る雰囲気で笑いが広がり続けた。その度にタコ社長は
「俺は20数年ラブラブだからな!金も稼いで嫁さん喜ばして、偉いだろ?ワハハハ!」
と、家庭円満をアピールしつつ
「あとは吉江ママ一途だしな!ワハハハ」
「な~に言ってんだか。フフッ」
女将さんへのラブコールも入れて豪快に笑い飛ばし角瓶のハイボールを一気に飲み干して、満面の笑みでおかわりのポーズをしていた。
カウンター上で、自分だけ特別扱いしてほしい訳では無いが、相手にとって特別な存在でありたい。
どんな時であれ人との接触がある限り、人間関係の距離感は様々だが存在は確認はしている。
赤の他人、顔見知り、知人、友人、親友、恋人、配偶者、一度会っても顔見知りに発展するか赤の他人のまま何の影響も与え合わないまま存在を消すことだってある。
例えば道ですれ違うだけの、各々存在はしているが自分で認識せずに一生を同じ地球上という空間で一生を終えるか、血縁や、同じ学校、同じ職場、同じ習い事、同じチームで共通の経験を積んで等々、関係性が浅いままなのか深くなっていくのかは、不断の関係性を続けるかは自分のちょっとした選択に掛かっている。
お客さんと店員さん、先生と生徒、ネット上でのつながり、繋がっている線を細いままなのか特別な太さや色を付けて縁にしていくのかは、複雑に重なり合った偶然の現象と意志を持った選択一つで、良いものにも悪いものにも変わっていくはずだ。
また逆も然りで、相手からなんの因果か接触を続けられたことで絡み合い良縁にも悪縁にもなりうるのだ。
それが当たり前として日々生活している。
「あの店のラーメン最近味落ちたな〜」
「昔は結構好きで通ってたけど、店の場所移動したぐらいから変わったような」
「店主の性格も以前と比べると変わったよな?」
「昔はもっと明るくて愛想良かったよな〜」
「俺も新しくなって一回行って、それっきり行ってないな〜」
「まあ人の好みだからそれぞれだろうけど、昔の美味しいの食べさせたかったな〜」
一つの噂が、皆の意思の確認とともにほぼ真実に近い情報に変わる。僕は接客の仕事柄からか噂話をすることと、噂を鵜呑みにすることは極力避けていた。実際に自分で触れて確認することで、薄っぺらい噂にまた違った側面から見た事実の立体感ができる。味の好みは人それぞれ好き嫌いに依るものが大きいが、人の人間性というのは立ち居振る舞いから総合的な評価が、事実とはまた違った形で書き加えられる。
仕事が出来ても、人付き合いを避けていると総合力は平均点だが、人付き合いは不器用でも相手を気遣う力が、仕事にもプラス加点で加算されることが多々あるのだ。
だからそのラーメン屋も味は変わってなくても、いやむしろ日々の研鑽で改良されて美味しくなっていても、店主の人間性が変わってしまったことが評価を下げる一要因になっているのだろうと感じていた。
その出来事一つをとっても、港のカウンター上では日夜いろんな事実や噂話や冗談が繰り広げられているので、気を許して飲んでいてもどこか自分なりに守りたいマナーを考えて飲むようになっている。
噂の対象になるのは小さい町で暮らすものとしては、ある意味孤立する恐怖と悪目立ちする恐怖に近かった。
そんな憂いをよそに二、三日後には、僕の離婚は街の外れにある別の居酒屋のカウンターにまで広まっていた。
ある日、コンビニでアイスコーヒーを飲もうとしてドリップ機にカップをセットしているときに、行動範囲の広い「町の顔役(どこにでも顔を出す人)」の深海さんに「離婚したんだって?笑」と急に声をかけられて動揺しすぎてアイスコーヒーのつもりがカフェラテのボタンを押してしまった。
僕が一度も行ったこともない街の外れにある居酒屋の噂話で聞いたらしいのだが、この人に知れてしまった情報は、噂が噂を呼び隣町まであっという間に駆け巡る。自分で立ち上げた土木事業も子供に譲り、老後はとにかく毎日時間があるので町中をパトロールしては知り合いに話のネタの一つとして噂話を拡散させていくのだ。下手な若手お笑い芸人のSNSの拡散力より力があるので厄介だった。
港の基本営業日は月〜土曜日。旗日と日曜日は定休日となる。そのため平日は近所に住む常連さんが多く、金夜と土夜は仕事終わりのサラリーマンや、カウンターとは別にある上がり框の座敷に宴会などが入りとても賑やかになる。
深海さんは港には来ない。というか入れない。過去に何度かお客さんに喧嘩をふっかけてトラブルになり、港のオーナー(吉江ママの旦那さん)に出入り禁止を通達されているというのだ。
小さな町なので幼稚園保育園小学校中学校の関係性が、死ぬまで延々と続いているし、親の関係性、さらにはご先祖の関係性も、全て織り込まれて、成り立ってるように感じている。「おまえの親の顔が見てみたい」という常套句もリアルに繋がっているので「あの家の子だから」良い意味でも悪い意味でも上下左右がなんとなく把握されていることが、思春期の子どもたちにとっては居心地の気持ち悪い状況、それが当たり前として受け入れているのかもしれなかった。
港のオーナーが一番先輩、その下に深海さん、その下にタコ社長とうっすら中学の先輩後輩の関係性が見えるのもそのためだった。
僕がタコ社長と知り合ったきっかけも元々は、この街に越してきたときに手引してくれた役場の知り合いから「この町で生活するには深海さんと顔を合わせたほうが何かと都合がいい」と紹介され、深海さんの仲間たち5〜6人とお昼ご飯を食べたときに同席していた仲間の一人だったからだ。
たぶん「昔悪かったが今はそれぞれ自分の城を持った経営者」だろうと用意に予測できる見た目と言動の粗さと勢いがその集団にはあった。
それからは何故か深海さんに目をかけてもらって、事あるごとにご飯や飲みに誘ってもらい町の夜と昼の遊び方、昔の数々の武勇伝、人間関係を紹介してもらって、深海さんをトップとした町のグループに新参者として参加させてもらったのだった。
どこに行っても主役のような振る舞いをする深海さんを町の人達はどう見ていたのか。そして僕はそれを敏感に感じて、どっぷり浸かると確実に溺れることを直感で感じ始めていた。
その頃深海さんといつも一緒に行動していたタコ社長にも
「どんな仲間でも相手の言うことに逆らわず、受け入れハイハイ言って深入りしていくと気づかないうちに自分を失くてしまうから本分を忘れるなよ。俺はね深海さんの周りで何人もそういう仲間も見てきてるから、いくら先輩の言う事でも嫌なことは嫌とはっきり言うようにしてるからな!だから先輩に嫌われるんだよなぁ!ワハハハ!」
と冗談交じりでも、本音を交えて客観的な状況を教えてくれているタコ社長の人間性に信頼感をおいていたし、実際に酒を飲んだ席での深海さんの無茶振りを断るタコ社長と一触即発の空気になるのを何度も見てハラハラしていた。
人を見て態度を変えることは、大勢でいるとより顕著になることがある。目上に対する接し方と目下に対する接し方の違いで人間性は判断できる。深海さん、タコ社長は男と男の付き合いをさせてもらったつもりだったが、その他の狐たちは深海さんの後輩として接していた。なので、無茶振りや変な絡み方をしてきたら、その場はうまく乗っかって切り抜けるが、その後はそれなりのほぼ赤の他人に近い距離感であまり絡まれないように、街で見かけても会釈程度で接していた。
虎の威を借る狐、王様の耳はロバの耳という者が深海さんの周りには多すぎた。半グレから成金になったせいでイエスマンしか周りにいないし、暴力による恐怖支配の癖も抜けずにお金だけのつながりからか昔からの友情は形だけで、心から信頼しているようには思えなかったのだ。その点、タコ社長だけは立ち回りが違っていたのがわかりやすかったし、また別の意味で僕には個人的に気にかけ接していてくれていたのが今でも関係性が続いている理由だろう。
僕はその町では新参者でよそ者だった。
最初越してきてからの3年はそれこそ毎週のように飲みに連れてってもらっていたが、そのうちに深海さんの愛情がいきすぎたゆえの横柄さがあからさまになってきて「お前はこうした方がいい」「こういう道を選んだほうが良い」「俺の言う通りにしないと駄目だ」と、人の未来を勝手にデザインしたがって来てるフシがあったので
「助言ありがとうございます。ですが僕は僕のやり方で好きな道を選ぶためにこの街に越してきたんです。自分の選択でこの先失敗するなら納得いきますし軌道修正も出来ますが、他人の選択で他人のせいにしながら自分の未来は選びたくないんです。」
と思ってることを伝えたら逆鱗に触れたのか
「おめぇ世話してやってんだろ?俺に逆らうのか?おめぇみたいな使えねえやつが一人居なくなってても明日も世界は通常に回るんだよ。今から川に沈めてやろうか?」
一触即発のその場に来た深海さんの兵隊達が間に入ってくれたおかげで、暴力沙汰は回避できたが、目下の者が初めて反対意見を言ってきたことで怒りが収まらず顔を真っ赤にした憤怒の深海さんは
「おめぇは根性がねぇから使い物にならねぇ!もう二度と俺の前に顔出すな。帰れ!」
と大声で一喝した。
翌日菓子折りを持って事務所に謝りに行ったが、その日以来深海さんとは疎遠になってしまった。
元暴走族の総長、愚連隊として近隣の市町村に喧嘩を売りまくり力でねじ伏せていった武勇伝は酒を飲んだときに何度も聞いたし、周りにいる仲間もその時代の深海さんを褒めそやしていたのが、昔話を軸にこの人の周りだけ時代が止まってるのかと正直胃もたれがしていた。
周囲の昔からの因果関係は、それこそ人付き合いで聞いた噂を中心に実際に会って接した人柄からなんとなくしか認識できずにいた。
もっと上手に立ち回れたのではなかったかとお世話になった手前後悔と反省もしたが、自分がやりたいと思っている好きな道に向き合い結果を出し、自分の道を全うするしかなかった。
そのイザコザがあった後、タコ社長は
「深海さん昨日の夜あいつは根性無しだってTHISのカウンターで言いふらしてたぞ!ハハハ!小さな町で暮らすには周りとうまく付き合わないと余計狭くなっちゃうんだよ。でもお前の意見も一理あるし、俺はその言い返した根性は好きだしこの先も自分の考えを穿けばいいと思うからな。出世しろよ。応援してるぞ!何飲むんだ?生か?」
そんな事が当たり前の昨日の出来事として、今日も港に飲みに誘ってくれたのだった。
僕は反省を長く引きずるタイプだということを、気持ちのすれ違いが起こる度に実感している。
仕事上の失敗なら、次のチャレンジ材料として考察もできるしアフターフォローをしっかりして失敗したであろう理由をリカバリーすれば、その経験がすぐ次に活かせることを知っていた。そうならないための技術の研鑽もできるからだ。
一番最悪なのは、失敗して失敗したことに気づかずに、諦めてほったらかしにすることだ。一度作ってしまった小さなほころびは知らないうちに虫歯のようにどんどん侵食していき、手がつけれないほど状況を悪化させてしまう。
そうなった人間関係は、疎遠になり失ってしまうことがある。
そのきっかけは自分にあったんじゃないかと、心に刺さった棘のようにいつまでも痛みを伴い違和感として残っているからだ。
海と離婚しちょうど一年が経つ。
いつまでもうじうじ囚われていることもやめようと思っているが、その別れた原因をいつまでも反省して、一生正解の出そうにない難題を心に抱えて生きている。
海と出会ったのは友人を通じて知り合った、ダンサーKのダンス教室での一コマだった。
元々体を動かすことが好きな僕は趣味で昔7年ほどダンスを習っていた。目的は初めてのことにチャレンジして運動しつつ見聞を広める事だった。そのダンススクールは人気で先生が多忙のため休止をしたことがきっかけで通えなくなっていたのだ。
ダンサーKはとにかく気さくで
「もし時間が合えば一度俺のダンススクールに汗かきに来ませんか?昔踊ってたなら偶に踊らないと鈍っちゃいますよ!友達価格で大丈夫なので一緒に楽しく踊りましょうよ!笑」
そんな「友達価格」という言葉に釣られ運動不足だったこともあり、声をかけられた翌週の水曜の夕方、予定が偶然合ったので池袋にある貸しスタジオに向かったのだった。
予定より30分早く着いてしまったが、初めての場所ということもありその貸しスタジオの前を着替えとスニーカーのはいったリュックを背負ってウロウロしていた。すると貸しスタジオを開けるためにダンサーKとスタッフと思わしき若い女性2人が談笑しながら近づいてきて「早速来てくれたんですね!うれしいな!一緒にスタジオ入りましょう!」と案内してくれたのだった。
入ると続々と生徒さんらしき20代から40代の女性たちが集まってきた。男性は僕の他に1人しか居なく、中年の中肉中背男の居心地はとにかく悪かった。が、一気に様々な柔軟剤と華やかな香りが入り混じり、違和感しか無い自分の清潔感のなさを如実に呪っていた。汗をかいて加齢臭や、洗濯物生乾きの匂いを振りまいたら全員に無言の暴力を振るってしまいそうで怖かったので、スタジオの端っこの方で小さくなって準備運動を始めていたのだった。
しばらくするとスタッフらしき女の子が所在なさげにしている僕を気遣ってかトコトコ小走りで歩み寄ってきて
「K先生から話聞きましたよ!先生が楽しみにしてらっしゃったので、どんな方なのかな?と思ってました。ダンス経験者なんですよね?私、海って言います。まだダンス初心者なんですが、よろしくお願いします!」
その瞬間にたぶん一目惚れしていた。
大海原の無人島に遭難し、初めての真っ暗な夜を迎えたときに島の近くを通る船の明かりを見つけたような、そんな気持ちにはなったことはないが、真っ暗で不安な中、案内してくれる小さな可愛らしい妖精が優しく声をかけてきてくれた、そんな気持ちになっていた。
とにかく新参者に対してウェルカムムードで迎えてくれていることが、こんなに嬉しかったことはない。
後ろの方でレッスンを受けようとしているとダンサーKは
「今日はみんなに紹介したい人が居ます!有名なダンスの先生から7年習っていた友人のシュン君です!前に来て!!笑」
その先制パンチとも取れるウェルカムな紹介が、めちゃくちゃ恥ずかしかったが前に出るしか無い!
「はじめましてシュンです。とにかく怪我しないようにしたいです。目標は10キロ痩せることです。それよりも絶対に怪我だけはしたくないんです!よろしくお願いします。」
「シュン君謙虚すぎ!こういう姿勢の人がめちゃくちゃ上手いから、みんなスキル盗んでね!よろしくお願いします!」
みんながドッと笑ってくれて少し安堵した。経験者としてダンスのハードル上げられても困るが、何より楽しく踊るのが一番だから、まずは自分のキャラクターを少しでも覚えてほしかった。
そのまま最前列で踊ることを促されたが流石にそれは恥ずかしすぎたし、何よりどのダンスを踊るのかも何も勝手を知らなかったために二列目に入れていただきダンスを踊った。
海は最前列で俺の斜め前にいたが、鏡越しに見える上達したい真剣な眼差しと、一生懸命に取り組む後ろ姿、華奢で透き通るような白さ、それでいてどこかに影のあるようなミステリアスな魅力は、20人いるスタジオの中でも一際、圧倒的な華として見る者の視線を釘付けにしていた。いや、ただ単純に僕が釘付けにされていたのかもしれない。
ダンス終わり、モップで床を磨いていると海が声をかけてきた。
「ダンスお疲れ様でした!どうでした?初めてのK先生の教室。怪我しませんでしたか?笑」
「笑 怪我どころか、すごく楽しくストレス発散できてパワーもらえましたよ!海さんもダンス上手で後ろからフリをずっと盗み見してましたよ!笑」
「私なんか見ても間違いますよ!初心者ですから〜笑」
なんか自然に話せて落ち着いてる雰囲気も、ダンス後の疲れた体を優しく癒やしてくれてる気がした。ふと、一歩下がり
「すいません!僕から離れてください!めちゃくちゃ加齢臭と汗臭さが申し訳ないから!笑」
「笑 ダンス踊って汗掻くのは健康な証拠ですよ!私だってそうですし、みんな踊って汗臭いのは当たり前ですから気にしないでください!シュンさんって面白い方ですね!笑」
僕の領域に許可なくどんどん侵入してくる発言の数々は、ダンス終わりのクールダウンしたはずの体温と心拍数をどんどん上昇させていくのを、気づかれないようにするので必死だった。
シャワーを浴び終えて、ロッカールームで帰り支度をしているとダンサーKが
「今日はマジでありがとうございました!お腹空いてませんか?もしよかったらすぐ近くの餃子屋さんで晩ごはん食べようと思ってまして。ダンス後の餃子に生ビール、めちゃ旨いっすよ?」
貸しダンススタジオから徒歩一分も歩くと池袋西口の大通りに面していて駅までの帰り道には、ギラギラしたネオンサインでたくさんの誘惑が手招きしていた。これじゃあ運動不足は解消できても、ダイエットするにはよほど覚悟を決めてないと逆に太るぞ、と思いながらも餃子にビールのお誘いは断るわけにはいかなかった。
その餃子屋にはダンサーK、海、もう一人最初にスタジオ入りしてきたスタッフらしき猫顔の川上さんと4人で入った。
何を話したかは覚えていないが、スタッフさんだと思っていたのが実は生徒がボランティアで受付等雑用をしてくれているとのことで、ダンスしか出来ない俺は頭が上がらないんですよとKは話していた。僕は客観的に見て、おそらく海と川上さんは先生のことを恋愛感情で好きなんだと感じていた。そう思いながら、少し距離を取りつつ会話とビールを楽しんだ。
二回目のダンス教室が始まる前の時間に「なんかあった時のために」と言って連絡先を交換した。そこに男としてのやましさは滲み出ていただろうか。話してみたらパクチー料理にハマっていてタイ料理が大好きということで、僕としてみたらパクチーはカメムシの匂いがする食べ物として毛嫌いしていたのだが、そんな自分にはない新しい感覚を持っていた彼女に逆に魅力を感じていることに気付いた。「パクチーは大の苦手なんだけど、今度一緒にパクチー食べに行きませんか?」と連絡したら「良いですね!たのしみ!」とトントン拍子で話が決まり下北沢のタイ料理屋でご飯を食べに行くことになったのだった。
待ち合わせをしたのは、タイの屋台風のお店の店頭にはTUKTUKが停められていて、なんの植物かはわからなかったが、派手なビニールの虫除け壁面一面に装飾してある蔦がまさにアジアンチックな印象的なお店で、虫を避けたいのか集めたいのかそこに意図など皆無な雰囲気のお店。現れた彼女はダンススタジオで見るより下北沢の混雑した景色に馴染んでいたせいか小柄でより華奢で繊細な感じに目に映った。半透明?と思うほど今にも消えそうな儚い雰囲気を纏い「シュンさん待ちました?」と表情を少し微笑ませて、少し緊張した面持ちを隠しながら小走りで駆け寄ってきた。
ビニールの暖簾をかき分けて店内に入るなり通された二人がけ用のテーブル席でまずは飲み物を注文したが、いきなり「パクチー入りのビールありますけど飲みますか?」といたずらな笑顔を向けて「苦手克服するとこ見てみたい」と含み笑いしているのが、可愛い悪魔に挑戦状を叩きつけられたようでチャレンジ精神をくすぐり心地よかった。
乾杯して最初の一言目で、僕が感じていた疑問をぶつけてみた。
「海ちゃんてK君と付き合ってるの?」
カウンターパンチを食らったのか彼女は少し目を見開き、2・3拍置いた後
「…付き合ってると思います?」
と笑みを浮かべながら質問を返してきたことで察することはあまりに多かったし、そもそも付き合ってるのならこんな二人っきりで飲もうというような誘いに乗ってこないだろうと思っていたフシもあったので、男女としてそれなりの関係性なんだろうなと、危うく確信しそうになっていた。
ダンサーKは、ダンス教室の他にも色々な活動をしており、その中の一つで下北沢に手狭な店を構えてアクセサリー販売の傍らタロット占いをしていた。そこで半年前に出会ったと言っていたが、あれよあれよと彼の魅力に引かれていき、正式に付き合っては居ないがそういう大人の関係だということを、ほろ酔いになりながら話してくれた。彼女の不満としては、「今は」付き合うと言わない彼の一面の他に、人間関係が広く男女関係なくせわしなく活動していて、自分に目が向いてない時があることを時折感じるというのだった。
僕の印象では、人気がありそうで自由奔放な活動をしている彼のそれは魅力でもあるが、「今は」彼女を作らないという男ならではの言い訳は、純粋な彼女の心を弄ぶには充分すぎる理由でもある事は明白で、彼女にそれは言えなかったし彼女としても自覚しているけどもどかしいジレンマがあるのだろう。
この悩みを誰かに聞いてほしかったのだろう。そこにたまたま僕が現れただけだろう。
話をしながら、純粋な笑顔を時折見せる彼女のきれいな心にどんどん引き込まれていくのを感じるとともに、ダンサーKに対するやっかみにも似た嫌悪感と、どうやったら彼女が身を削る不幸の連鎖の入り口から逃れることができるのだろうと客観的に無関係な立場からぼんやり考えながら、苦手だったパクチーの味をそれより苦い現状が忘れさせてくれたのか、いつの間にかパクチーを克服して食事を終えた。
下北沢駅までの帰り道、ある種の秘密共有をした、か弱い絆を持った僕たちはお互いの仕事の話や次のダンスレッスンの話をしながら別方向行きの電車に乗って別れた。
一目惚れした彼女の抱えている恋愛の悩みは、今後の彼女の人生の進む道を大きく変える可能性があると勝手な心配をして、彼女をこの先の身にかかる不幸から全力で守りたい、と決意したのはこの時だった。
その後、ダンサーKを紹介してくれた友達に彼女のことが好きかもしれないと相談すると
「…やめといたら?多分2人は付き合ってるんじゃないの?俺は大丈夫だけど、今出来てきているKくん周りの友達関係無くなるよ?それでも好きになっちゃったんだったら、しょうがないとは思うけどね。」
と厳しいけど思いやるのあるありがたいアドバイスをくれた。だいぶ周りが見えなくなってたことに気付いたが、彼女の人生は俺が責任を持って幸せに導きたいと腹を決めていたので、せめて紹介してくれた友達のメンツだけは潰さないようにと、小さな宣戦布告をここに誓っていた。
その後、ダンススクールを通じて、参加メンバーとの交流を称して登山やバーベキュー、海水浴、等の四季折々のレクリエーションをすることになるのだが、少数の男性メンバーと仲良くなるに連れてダンサーKのカリスマ性の裏には、参加生徒とのただならぬ関係性があることに気づきはじめ、ついにはダンサーKと半年前からアパートに転がり込んでルームシェアしている春海くんが
「家に女性をとっかえひっかえ連れ込んで、共用スペースが汚いままにされるのがストレスなんだよね。しかも連れ込んでる間は、家に帰ってこないでって言われるから昨日も朝までマックで時間つぶしたし。そろそろ引っ越そうかと思ってるんだ。どっかいい物件無いかな?」
と笑いながら話してくれたので、それをどう彼女に伝えるか思案したが、春海くんもいろいろ被害被ってんだなと同情してしまい、いつの間にか仲良くなっていた。
それからの数カ月間にダンサーKの私情が明らかになるに連れ、彼女の彼を思う気持ちと、彼女に隠されていた事実を知るごとに彼女の心は周りから見ててもわかるほど壊れていった。そこにただ寄り添うしかできなかった僕は、一緒にいるときはできるだけ楽しませようと色んな場所に誘い新しい刺激を共有し、少しでも明るい未来に目を向けれるように彼女のそばで励まし続けた。
一緒に壊れたものを再生、構築できるように、自分の人生の時間を捧げて、彼女が本当に笑顔になれるよう見守っていた。それはまるで、自分の人生の彩りにもなったし生きがいのようにも思えていた。その延長で同棲し結婚もしたが、見つけた夢に彼女は全力で向かうことで再生し、お互いの結婚感や目指す未来がすれ違ってきたことで、出会ってから約5年で僕たちは別れることを選んだ。
その後は海とは連絡は取り合ってはいない。
なにかの夢を見ていたような時間だった。足りない部分も発見できたし、成長することもできたし、自分の譲れない芯の部分もあることに改めて気付かされた。
価値観に執着するのをやめると、考えが変わり世界が変わる、そう自分に真剣に向き合うことを教えてくれた時間だった。
だから先入観や常識だと思っていた事を見直し、また1から自分の価値観を作り上げていく事が楽しく、新しい環境に飛び込む勇気を振り絞って、人生の哀愁交差点を感じることができる港に今日も寄港しようと思うことで、悲しみや寂しさ多めの喜怒哀楽と向き合う事ができるのだった。
タコ社長が「最近この店に来る女の子であっちゃんっていう面白い子がいるんだよ!お前まだ会ったことないか?あれはほんと、おもしれーぞ!!お前と気が合いそうだけどな!」って言ってる子に、その三日後にカウンターで出会った。
責任取ってよ(高専生日記)
思い出を振り返る中で、自分の人生の岐路は何処にあったのだろうと当時の考え方に重ね合わせて、今持ち合わせた視点で考えることになる。
高専は卒業するまで高校3年間と専門学校2年間の合わせて最短5年の時間がある。入学した当初は真っ当に5年で卒業して就職か、と朧げながら考えていたが、3年修学時に一般大学入学試験で4年制の大学への編入の選択肢もあることを知った。
その先の未来を目指してもいない大学生になることに憧れていた。夢見るだけ、行動には一ミリも移さなかった。
そして当時の学力と勉学に対するモチベーションの低さはセンター試験にチャレンジする必要も無いぐらい皆無に近かった。
自分の中では「電気工学」への興味は薄れ、もはや惰性で通学していたので卒業の資格を取得できれば今後就職時に有利になりそう程度になっていて、目線は毎日の遊びに集中力を発揮していたからだ。少年よ大志を抱け、基、少年は大志を持たず、ただ日々を彷徨っていた。
足元を見て毎日を全力で過ごす。将来何になりたいか夢もなく迷ってることにさえ気付けなかった。それでも毎日充実していたのは友達に囲まれていたからだ。
中学からの友達はと言うと、就職、進学、将来の目標を現実的に決める段階に来ていた。遊んでる合間にもそんな話題が増えてきていたと思う。コウヤは陸上自衛隊、ヒグチは他県にある建築関係の専門学校、ノリタカは四年制大学と今まで一緒に過ごしてきていた友達にも一時的な環境の変化に依る別れのタイミングがひしひしと訪れてきてはいたが、誰ひとりそんな感傷を言葉に出すことはなく、学校終わりにバイトで会ったり(野球部引退したヒグチも同じバイトを始めていた)、カラオケに行ったりボーリングしたりと、今までと同じ様に過ごしていた。
冬休み入る頃、ノリタカのカノジョ伝いに「女子校の友達が俺たちと会ってみたい。」と言ってる話を聞いた。ノリタカはあれから別れたりヨリを戻したり恋愛の駆け引きをするたびにその報告をリアルタイムで聞いていたが、カノジョ友達にも俺達の話をしながら写真を見せたら、俺以外の仲間にカノジョの紹介も兼ねて冬休みにみんなで遊ばない?ということになって5対5の合コンを開いてくれた。
そこでリエちゃんと出会った。
元気なショートカットの女の子。そこはかとなくポジティブで明るくムードメーカーでみんなを笑顔にしていた。今まで出会ったことのないはっきり物を言う男勝りなリエちゃんの勢いに圧倒されていた。
とにかくよく笑ってくれるし、感情豊かな子。
自分は人前で感情をむき出しにすることは苦手だった。斜に構えてカッコつけて生きていたのかも知れない。自分に持ってないものを持っていることに魅力を感じていた。
その会ではなぜか1番距離が縮まって「2人長年付き合ってるみたいでお似合いだよ」と囃し立てられ「俊介くんは私のものだからみんな狙わないでね(笑)」と真っ直ぐな気持ちを冗談半分ぶつけられて、照れて「そんなにはっきり言う?」「え〜?私に興味無いの?」「あるかも。」がお約束のクダりになり「息の合ったやり取りだな(笑)」と、みんなが言うほどリエちゃんは場の主役になっていた。
でもみんないる場では盛り上がったけど、実際リエちゃんがどんな人かは話す間もないまま会を終えて、電話番号も聞かずに解散になった。
翌日の夕方、ノリタカから電話がきた。
「シュン、昨日はありがとう。盛り上がったな〜。」
「こちらこそありがど。なしたなや?」
「いや、カノジョから電話がきてリエちゃんが話したいことあるからシュンの電話番号知りたいって言ってきてるから教えてって。」
「嬉しいの。聞きそびれたなって思ってたから。伝えてよ。」
「シュン的にリエちゃんどげだっけ?」
「めちゃくちゃ面白い子だっけよな。ぽっちゃりしててめっこいっけしタイプだの(笑)」
「(笑)俺のカノジョが言うには一途で純粋で良い子だっていうから、俺から見てもシュンに合うと思うんだよな。」
「んだが〜?(笑)でもどんな子か知らね〜がら興味はめちゃあるよね。」
「電話番号伝えておくから。せば、まだの。」
話したいこと?なんだろ?と気になったがそれが悪い内容の事とは捉えていなかった。
しばらくすると電話が鳴った。
「もしもし?」
「俊介くんですか?」
「うん。リエちゃん?」
「リエです。電話番号ノリタカくんから教えてもらったんだよ?」
とても低いトーンで、緊張しているのとはまた違った深刻なトーンの声だった。
「…どういうつもりなの?」
「え?どういうつもりってどうしたの?」
明らかに少し怒った口調だった。
「昨日はあんなに楽しく盛り上がったのに、電話番号も聞いてくれないし、ノリタカくんのカノジョから聞いて電話もかけてこないしさ。どういうつもりなの?って言ってるの。」
「え…」
言い訳を考えたが、気の利いたウソのは一つも思い浮かばなかった。
「私あんなに俊介くんの事、好きって言ったよね?私のものだからって言ったよね?そしたら、私に興味あるって言ったよね?」
本気か冗談かスレスレでわからない低いトーンで少し悲しさも混じっていた。
「それなのになんで、電話もしてくれなくて答えもはっきり言ってくれないの?王様ゲームでもキスしたくせに。私をこんな気持にさせといて。」
「…リエちゃんがそんな気持ちになってるって本気にしてなかったから。みんないる場で言ってることだったから。」
「…責任取ってよ。」
え?一瞬なんの責任って思ったが、俺にその気はあるのか確認してるのか、言葉を返すタイミングを失っていた。
「責任取ってよって言ってるの!私達付き合うの?付き合わないの?どっちなの?」
「責任取るって、そんな事をリエちゃんに言わせてごめんね。」
「そうだよ…」
スンスンと聞こえてきて泣いてることに気付いた。
「俺から連絡先聞いて電話するべきだったよ。俺も昨日リエちゃんの事めちゃくちゃ良いなって思ったし、第一印象からタイプだったし、もしよければ付き合いたいと思ってたんだ。」
「私来年の4月から自衛隊になるんだよ?それでも良いの?」
は?自衛隊?女性自衛官?
「山形から離れて遠距離恋愛になるかも知れないんだよ?」
初耳です。
「無理ならはっきり断ってよ!」
秒で詰められていた。
この先の未来が決まってるから、後3ヶ月ほどで就職だから思い詰めていたのか、と今になって冷静に考えてみたらめちゃくちゃなこと言ってるようにも思えるが、17歳の未来の定まっていない俺にはその先まで予想して判断することは出来ていなかったし、逆に卒業が迫っている切なさも刺激的すぎて、その言葉で一気に恋の炎が燃え上がってしまっていた。
「付き合おう。責任は取るから。」
リエちゃんの純粋まっすぐ一途な思いの迫力に圧倒されて、あっという間に陥落した。
ここから、まだ若かった「責任」という言葉の重みさえ知らなかった俺の、相手を信じ続ける想いと行動、最後の最後まで全力で気持ちを相手に捧げる、不器用で真っ直ぐな恋愛が始まった。
