退院してから4日ほど、調子は良さそうではないものの、日常生活は送る事が出来ていた。

病院も医大へ通院する事となり、少し落ち着くかと思ったが、退院してから5日目に具合が悪くなり、急遽医大で診断してもらった結果、脱水症状を起こしているという事で再度入院する事となってしまった。

前回入院し、退院する際に脱水症状に気をつけるようにと注意されたが、それでも水分摂取出来ないほど彼女は重いつわりに苦しんでいた。

僕は仕事を片付け、夕方に入院の荷物をまとめて大学病院へ駆けつけた。
入院の手続きは彼女の母が行ってくれて、着替えや洗面道具などを部屋に設置して、入院の誓約書等の書類を書いて帰宅した。

辛そうな彼女を見ると、彼女に子供を産ませる事を躊躇う瞬間もあった。

つづく
妊娠が発覚して2週間ほど(6週目)辺りから、彼女にツワリの症状が出はじめた。
この頃から食事を一切受け付けず、水を飲んでも嘔吐してしまう程に重い。体重はどんどん減っていき、身体も脱水状態。急いで病院へ行き診察をしてもらうが、つわりに効く薬は無いし病気では無いから無理してでも頑張って水分補給と栄養補給をして下さいとの事だった。

それでも辛い事を訴えると、点滴をしますか?と聞かれ、夕方だった事もありそのまま入院となってしまった。

しかし、点滴のお陰で彼女は元気を取り戻し、
食事が摂れるまで回復した。
結局、そのまま3日間入院をして無事に退院となった。退院の際に、脱水状態に注意する事など諸々の指導を受け帰宅した。

つづく
初めての産婦人科へ。
僕自身産婦人科へ来るのは初めて。僕には縁遠い場所だと思っていたので、なんだか落ち着かない。

程なく名前が呼ばれ、問診が始まった。彼女は仕事のストレスでメニエルも患っていた。医師からは仕事を休むように言われ、会社に提出する書類を作成してくれたが、会社に迷惑をかけたくない彼女の表情は暗い。

そして、妊娠検査を始めての医師の第一声に不安が走った。
「これはまずいな…」
話を聞いてみれば、双子を妊娠していて一絨毛膜ニ羊膜と言うタイプらしい。医師曰く、1つの胎盤を共有した双子で、2人に安定した血液供給が出来ず、片方の子の成育が遅れるなどのトラブルが出る事があるそうで、診察を受けた病院では出産が出来ないのだそうだ。

とりあえず、もう少し様子を見て元気に成長をしていけば大学病院を紹介してもらいそちらに通院する事となった。

40歳で自然妊娠にも驚いたが、双子で一絨毛膜ニ羊膜。
びっくりが立て続きに起きた。
それに、双子は想定していなかった事もあり、経済的な問題など色々よ考え直す必要が出来た。
しかし、産んで2人で育てて行くと決めた以上は前向きに考えていこうと思う。

つづく
市販の妊娠検査薬で妊娠を確認した彼女と、これからの事を考えました。
でも僕の中では答えは決まっていて、彼女が望む選択を尊重することにした。もし中絶したいと言ったら、それも受け入れるつもりだったが、その場合はなんだか卑怯な気がした。

高齢出産になる事。費用やリスクなど色々調べながら慎重に話し合いどうするか?を問うと「産みたい」と言う答えだった。

2人の向かう方向が決まり、翌日に産婦人科へ行き、検査をしてもらう事にした。
これまで僕も色々あったが、彼女にも色々あった事を知っていた。僕らには1番無縁だと思っていた出来事が起こり、そして人生が大きく変わろうとしていた。

つづく
こうして一緒に生活する事となった僕らの距離はぐっと縮まった。
この先結婚する事は無いだろうと考えていたし、この時点では彼女との結婚も考えて居なかったが、この生活が長く続いても良いと思った。

しばらくそんな生活が続いたある日、神妙な面持ちの彼女から「子供ができた」と打ち明けられた。

実は彼女もまた仕事で悩み苦しんでいて休職中だったこともあり、ここ数日思い悩む雰囲気には気づいていたが「仕事の事かな?」と思っていた。

僕は43歳。
彼女は40歳。

結婚すら考えて居なかったし、子供が出来ないように気をつけていたはずだった。100%の避妊は無いと知ってはいたが、このタイミングで自分に子供が出来るとは想像もしていなかった。

しかし考えてみれば、この歳で自然妊娠は奇跡的な事だし、あえてこのタイミングと言うのにも何か意味があるのかもしれないと感じた。

しかし、この時も僕の心は反応が無かった。

つづく