

ご無沙汰しております。結局、花粉症ではなかったみたいで、この春は鼻水が症状としてメインな風邪が流行ったみたいですね。
日曜日の朝、近所の公園を散歩していると梅の花が満開(写真1枚目)で、のどかな春の気配に心癒されたところです。
しかし、この季節は出会いの春でもありますが、同時に別れの春でもあるわけで、同期の3分の2が3週間足らず去っていくと思うと、寂しくて不安で・・・。
現在は精神科で研修中です。時間は充分にあったのにブログを更新しなかったのは、恐らく記事を書くということが自分と向き合う行為に他ならないからだと思います。逃げていたんだと思います。
最近、自分が自分らしくないというか、迷いがあります。シンシじゃないと思うんです。『真摯さ』も『紳士さ』も見失っていると。
東京に来て間もなく丸2年。もう研修医ではなく、自分の道を選択していこうとしています。そのことでもやっぱり不安がないわけではない。いろいろと考え込んでしまいます。
今年になっていろんな人に指摘されます。「以前のガムシャラさを失っている」と。
僕は仕事に慣れてきただけで、別に変わったつもりはなかったんですけど、やっぱり僕は変わってしまったのでしょうか?誰しも変化して、変化し続けて生きていくものというのは当然だと思います。だけど、それがいい方向に進む、進化でなければ意味がない。僕はただ仕事に『小慣れた』だけで、そのメンタリティーが後退しているのであれば、それは受け入れてはならないと思う。ここに甘んじていてはいけないんです。
僕は仕事に慣れてきただけで、別に変わったつもりはなかったんですけど、やっぱり僕は変わってしまったのでしょうか?誰しも変化して、変化し続けて生きていくものというのは当然だと思います。だけど、それがいい方向に進む、進化でなければ意味がない。僕はただ仕事に『小慣れた』だけで、そのメンタリティーが後退しているのであれば、それは受け入れてはならないと思う。ここに甘んじていてはいけないんです。
この3ヶ月間は病棟から離れているので、自分を見つめなおす時間がたくさんあったはずです。なのに、僕はずっと目を背け続けてきました。意図的ではないけど、今になって考えればです。
病んでますね、最近。ひたすらマンガ喫茶に通って、何時間も『島耕作』を読んでます。終わってます。一人でランチバイキングに行ったこともあります(写真2枚目)。ひたすらファーストフードを食ってます。クズだな、と毎日自分を責めます。東京の空気よりも圧倒的に汚い煙を吸ってます。
スーパーローテイトの中ではモチベーションの上がらない時期があるのも事実です。しかし、それが原因ではない。少なくともそれだけじゃないはず。何なんだろう?
考えていけば、やっぱり僕の心を裏打ちしてくれる何かがないということなのだと思います。もっと端的に言えば、褒めてもらいたいってことなんでしょうね。平成20年になって仕事で褒めてもらった記憶がほとんどないということなんだと思います。
当直をしていても1年前よりも圧倒的にレベルアップしたはずです。それは今のレベルが高いんじゃなくて、全く何も出来ないところから考えれば、という意味です。最近は救急車を受け入れるキャパシティもだいぶ上がり、そのお陰で朝6時ぐらいまでは不眠不休で走り続けるようになっています(あと2時間半分レベルアップするのが今の目標です)。だけど、それは評価されない。いや、別に心の中で誰かが評価してくれているのかも知れないけど、見えて来ないし、むしろ疎まれてさえいるのではないかとも思います。被害妄想でしょうが。しかし、同じ額、いやそれ以上の当直料をもらっていて周囲が圧倒的にhypoというか、頑張らない時、腹が立つのを通り越して虚しくなります。頑張れば頑張るほど、虚しいです。年齢が上の先生たちは、もうそんなにガツガツする時代は過ぎた、と言われるのは頭ではわかってます。だけど、腑に落ちないというか、心が納得できない。
最近、頑張って救急車を受け入れれば受け入れるほど、こっちに集中してくる感覚に陥ります。都内の脳外科で救急車を受け入れているのがうちだけなんじゃないかって錯覚に襲われます。「東京の『頭』を一人で預かっている」かのような。それはすごく不気味で怖い感覚。緊張と重い責任で押しつぶされそうになります。だけど、逃げたくはない。そうこうしているとだんだんと精神的なバランスが崩れそうになってきます。
まだ、患者さんに当たったことはありません。が、知らず知らず看護師さんたちには悪態をついているかも知れません。テンパッちゃってる時は大抵そうだと思います。最低だなといつも思います。
そりゃ「救急車1台で当直代何円」って話じゃないんだから、仕事はしなければしないほど、単価が上がるんですよ。歩合制にしてくれ、って言ってる訳じゃないんですよ。そもそも、今の僕の仕事ぶりは、他の人から見れば別に当たり前のことしかしてない、もしくは当たり前のレベルにも達していないかも知れないですし。だけど、僕は割といっぱいいっぱいです。そう思うのって逃げてることになるんでしょうか?自分が限界だと思うのは逃げてることでしょうか?
逃げてることだと思ってしまうんです、僕は。自分で自分を追い詰めてしまうんです。だから、自分にあれこれ言い訳しながら逃げ腰で仕事をする自分が許せない、なのに逃げ回ってるこの自己矛盾に苦しんでいるんです!!
悪循環です。これはすべてにおいてです。端的に言えば、恋愛だってそうです。昔の僕とは違ってきています。年齢のせいとかにしていていいのか?そりゃ高校生みたいなpureな恋愛とは違ってきて当然。そういう年頃なのかも知れない。だけど、少なくとも自己一致できていない。何かが違う・・・。
こうやって考えると、僕のメンタリティはなんと幼いのだ!と我ながら驚かされます。究極的には『もっと俺を褒めてくれ』ってことでしょ?幼稚園児かおのれは!!とツッコミたくなります。でも、それでもやっぱり褒めて欲しいんでしょうね。みなさんは、人に褒めて欲しくなりませんか?よく考えたら大人って、叱られることはいくらでもあるけど、褒められることってほとんどないですよね?だけど、大人だって褒められたいし、評価されたいはずじゃないですかね?僕、おかしいですか?コドモなだけですか?
褒めてくれる人って誰でしょうか?子どもの頃は当然親だったはずです。でも、独立してしまった今、誰が僕を褒めてくれるのでしょうか?そう考えたら、僕は何を期待して働いているのでしょうか?見返りが欲しくて働いているのでしょうか?給料のためなのでしょうか?もう何がなんだかわかりません。
『ブラックジャックのよろしく』という、研修医を主人公にしたマンガがあります。昨日、久しぶりに読んだのですが、腹が立って、イライラして仕方なかった!!あんな独りよがりで自己満足な正義感を振り回している主人公が究極のエゴイストだと思えてならなかった。マジでぶん殴ってやりたいほどイライラした。だけど、今の僕にはきっと彼を責める権利がないと思う。『自己一致する』『初志貫徹』という面で圧倒的に及ばない。つまり、僕は中途半端です。そして、口だけで何もしないエゴイストなのかも知れないと思うと、余計に自分が悲しくなります。
1ヶ月もしないで新しい先生たちが入ってきます。この春、新たな希望と夢を胸に入ってくる新研修医のみんなに、僕は何か伝えることができるだろうか。医師という仕事の楽しさ、素晴らしさを、昔のように熱っぽく語れるであろうか。よく考えたら、大事なメンタリティを失ってしまっているのかも知れない。この仕事が好きで楽しい、っていう事実を。この仕事をこなすだけになっているのかも知れない。
春までに取り戻せるだろうか・・・。