みなさん、お久しゅう~ございます。
お忘れですか~?
植田ですよ~。

そりょあ、こんだけご無沙汰してたら忘れられてもしょーないわね・・・。
でも元気に生きておりました!!

さて、
13日、上野小校区の「敬老の集い」が行われました。
主催は、上野小校区社会福祉協議会です。

敬老の集い2 


当日は、設営と後片付けを手伝えばいいと思っていたんですが、
なんと、会長がお休みされるというので
副会長の私が、代行でご挨拶申し上げることと相成りました。

敬老の集い1 

今年は、例年になく涼しくて、絶好の日和でしたね。

幼稚園のかわいい歌声や小学生の合奏、
大人たちもプロと見まがうような本格的な太鼓演奏や
日本舞踊、コーラスなどなど・・・出し物も目いっぱいです。
あれこれあって終了時刻が30分遅くなってしまいました。

でもみなさん、とっても喜んでいただけました。

最後に協力くださった、上野小学校の子供たちや職員のみなさん、
PTA(豊友会)、公民分館、楽寿会連合会、それに
ボーイスカウトやガールスカウトの方々、本当にありがとうございました。

 

昨年の10月27日に、大阪府立箕面高校の創立50周年を祝う行事が行われました。

場所は、箕面市グリーンホール。箕面市役所の隣です。


当日は、学校長や来賓の方々の祝辞のあと、卒業生である桂九雀さんによる落語や吹奏楽部による記念演奏が行われました。



うえだ 正裕のブログ


うえだ 正裕のブログ


何より圧巻だったのは、音楽選択学生250人全員による大合唱!

ものすごい迫力です!



うえだ 正裕のブログ


うえだ 正裕のブログ


うえだ 正裕のブログ

フィナーレは、やはり、来場者全員を巻き込んで校歌の合唱です。

これには感動しました。


「自主自律・和親協力」の校風を引き継ぎ、これからも箕面高校の前途に光在れ!


http://www.osaka-c.ed.jp/minoo/50th/50th.html

ちょっと見てください。「印象 日の出」ならぬ「実像 日の入」ですわ。



うえだ 正裕のブログ

綺麗でしょ?


10月18日の夕日なんです。


この日、朝から猛烈に厳しい(難しい)研修を、大阪枚方市にあるとある研修場で受講していたんです。


わからん難題に何度も立ち向かっていたんですが、その最中にふと窓の外に目をやると飛び込んできたのがこの夕日です。

思わず「綺麗~」とつぶやいてしまいました。


民間の企業戦士はこうした日々の研鑚を繰り返して頑張っているのです!


まあ・・・そんなことはどうでもいいですが、皆さんにも少し見ていただきたくて・・・。



第4弾で豊中稲荷神社の祭礼をご紹介しましたが、実はこの10月14日は、私達、上野小学校区の地域団体にかかわる者なら、一度は御世話になったお好み焼屋さんの「たつみ」が閉店する最後の営業日だったんです。


女将さんの話によると、この店でお好み焼きを焼続けてなんと30数年間・・・。

単純にスゴッ!



うえだ 正裕のブログ


勿論、その日は夕方からお店を貸し切って、盛大にお別れの晩さん会をやりました!店の食材をすべて食べつくし、飲み干すのだ~!!


企画したのは、何を言う私、植田でございます。

しかし植田、先の豊中稲荷の祭礼にも参加しなければならず、1時間半の遅参でござる!!


でも、地域で仲良くしていただいている前川さんや戸根川を始め、多くの方に準備をお任せして大いに安心。やっぱり団結力です!


それにしても、この美味しいお好み焼が食べられなくなると思うと、本当に残念でならない、そんな気持ちを誰もが持っていたはずです。


いずれにしても、「たつみ」は、この日、長い歴史に幕を下ろしたのです。

女将さん、これまで地域の皆さんをお支え頂きありがとうございました。

そして、心の底から・・・お疲れ様でした。

復活ブログ第2弾では、原田神社の祭礼をご紹介しましたが、第3弾は豊中稲荷神社の祭礼のご紹介です。


豊中稲荷は通称で、正式には「稲荷神社」。創建は不明ですが、永正元年(1504年)にそれまで栄えてきた社領が没収されている所を見ると、少なくとも550年ほど前には建立されていたらしいです。


織田信長の命による焼き討ちにもあって、現在は往時に比して非常に小社となったようですが、それでも「摂津のおいなりさん」と呼ばれ、住宅街の中にあって、緑の多い憩いの場所となっています。


昨年の祭礼は10月13日(土)・14日(日)。

氏子域が旧豊島郡新免村(現在の豊中市本町、岡上の町、玉井町、末広町、立花町、宝山町)なので、祭りには3つの地区(本町3丁目、本町1丁目、岡上の町)からお神輿が出ます。


私は本町3丁目の祭礼委員の端に席を置かせていただいておりますので、昨年に続き同町の神輿巡航時は警備担当として、宮入の時は勿論担ぎ手として参加させていただきました。


うえだ 正裕のブログ

うえだ 正裕のブログ

うえだ 正裕のブログ

一方、本町1丁目のお神輿には、私の支援者も多数参加いただきました。とりわけ「ギャル神輿」には、ピチピチの若手から、それなりの方も入っていただき、それなりの戦力として活躍いただけたようです。


うえだ 正裕のブログ


うえだ 正裕のブログ



宮入り後の境内は、そりゃー大勢の人人人で、足の踏み場もない感じです。


うえだ 正裕のブログ

今回は14日の夜半より生憎の雨となり、30分ほど早めの終了となり、少し残念でしたが、その分、来年にお楽しみを残したということで、まあ・・・良しとしましょう。



復活ブログ第2弾は、大阪府豊中市岡町(桜塚)にある原田神社の祭礼の様子をご紹介します。


原田神社の創建は古く、4世紀中ごろから5世紀末には立っていたようで、広さも半端ではなかったらしいです。
なんせ鎌倉時代には、西は現在の吹田市江坂から東は尼崎市富松あたりまでが社域だったんやから、そりゃ~すごいわね。
社格も非常に高いのだそうです。


そんな神社の祭礼に、毎年、原田地区の神輿を担ぐいで参加させていただいています。
考えたら今年でかれこれ15~16年ぐらいになりますね…しかも皆勤ですわ。


うえだ 正裕のブログ

原田地区の神輿は古式ゆかしき布団太鼓。しかしこれが重たいんです。なんせ良い材でつくられているもんですから。
聞くところ、1.5トンとも2.0トンとも…。これを40~60人ほどで担いで神社を練り歩きます。


うえだ 正裕のブログ

うえだ 正裕のブログ


年によって担ぎ手の多い時と少ないときがありまして…少ないときは、本当のとこ、来年は止めとこうと思いますが、それが止められない。
何やろう、神輿にはそんな魔力があります。

当日は原田地区のみならず、各地区から大小10ほどの神輿が集結し、境内が神輿で一杯になります。

由緒ある神社の祭礼、皆さんも一度観てみられたらいいと思いますよ。


昨年9月の記事を最後にパッタリと消息を絶ち、ご心配をおかけしました。
色々とありまして、今日やっとブログを更新する環境が整いました。
元気に復活します。
ということで、昨年の10月より取ためた記事を、順次掲載させていただこうと思いますので乞うご期待!

その第1弾として、10月8日(祝)に開催されました、上野公民分館主催の市民体育祭をご紹介しましょう。


うえだ 正裕のブログ

このイベントは、豊中市立上野小学校区にお住いのかたならどなたでも参加できる地域の体育祭で、毎年、体育の日に開催されています。


うえだ 正裕のブログ
うえだ 正裕のブログ

私が会長を務めております「上野丘自治会」も、賛助団体として「人・もの・お金」の3つでこのイベントを支えております。


ここで当自治会のプチ自慢をひとつ。上野丘自治会では、できるだけ多くの会員さんに来ていただき、一緒に楽しんでいただこうと、お昼はお弁当を支給しています。

今年はお稲荷さんに加えてちらしずしを皆さんで囲みました。



うえだ 正裕のブログ

当日は上野小学校児童をはじめ、就学前の子どもたちや多くの高齢者もグランドに集まって、大きな声でそれぞれの競技に声援を送っていました。


うえだ 正裕のブログ


とくに、ハイライトである団体別リレーでは、「イケー」「キャー」「頑張れ!」「こけるな~」などなど、そりゃ~も~グランドが割れんばかりの声援で、多分走っている方もかなりのプレッシャーだったと思います。


うえだ 正裕のブログ

天気も良く、やはり秋の一日、地域の皆さんが一堂に会してのイベント・・・良いもんですね。

皆さんは、この文書をご存知ですか?

朕(ちん)惟(おも)フニ 我(わ)ガ皇祖皇宗(こうそこうそう)國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ 德ヲ樹(た)ツルコト深厚ナリ
我(わ)カ臣民(しんみん) 克(よ)ク忠ニ 克(よ)ク孝ニ
億兆(おくちょう)心ヲ一(いつ)ニシテ 世世(よよ)厥(そ)ノ美ヲ濟(な)セルハ
此(こ)レ我(わ)カ國體(こくたい)ノ精華ニシテ
教育ノ淵源(えんげん) 亦(また) 實(じつ)ニ此(ここ)ニ存ス
爾(なんじ)臣民(しんみん)
父母(ふぼ)ニ孝ニ 兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ 夫婦相(あい)和シ
朋友(ほうゆう)相(あい)信シ 恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ
博愛衆ニ及ホシ 學(がく)ヲ修(おさ)メ 業(ぎょう)ヲ習(なら)ヒ
以(もっ)テ智能ヲ啓發シ
德器(とっき)ヲ成就シ 進(すすん)デ公益ヲ廣(ひろ)メ
世務(せいむ)ヲ開キ 常ニ國憲(こっけん)ヲ重(おもん)シ 國法(こくほう)ニ遵(したが)ヒ
一旦(いったん)緩急(かんきゅう)アレハ義勇(ぎゆう)公(こう)ニ奉(ほう)シ
以(もっ)テ天壤無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スへシ
是(かく)ノ如(ごと)キハ獨(ひと)リ朕(ちん)カ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民(しんみん)タルノミナラス 又(また)
以(もっ)テ爾(なんじ)祖先ノ遺風ヲ顯彰(けんしょう)スルニ足(た)ラン
斯(こ)ノ道ハ實(じつ)ニ我カ皇祖皇宗(こうそこうそう)ノ遺訓ニシテ 子孫臣民(しんみん)ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スへキ所(ところ)
之(これ)ヲ古今(ここん)ニ通(つう)シテ謬(あやま)ラス
之ヲ中外(ちゅうがい)ニ施シテ悖(もと)ラス
朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)ト倶(とも)ニ拳々服膺(けんけんふくよう)シテ
咸(みな)其(その)德ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ
明治二十三年十月三十日
御名御璽(ぎょめいぎょじ)

これは、教育勅語といって、敗戦後GHQの指示により国会で廃止されるまで、日本人たるのありようを明治(睦仁)天皇が我々に語られ、教育の基本となっていた素晴らしいものです。

植田流に現代語訳いたしますと・・・
私(天皇)が思うところ、私の祖先が初めて国を建てる折り、
「徳」というものを中心に据え、それを広く遠くまで広めたが、それは誠に恩徳深く厚いものだ。
日本国民が、主人には自分の「分」を尽くして仕え、父母を心より大切にし
全国民心を一つにして、世代を超えて代々この「美徳」を実践してきたこと、
これは、我が国日本の国のあり様の真価として優れているところであり、
教育の原点として、真に求められるところである。
そして、現にここにいる国民の皆さんは、
父母を大切にして支え、兄弟には常に親しく交わり、夫婦はお互いに労わり仲睦まじくし、
友人とはお互いに信じ合い、人に対しては恭しく一方で自分の行いには慎み深い姿勢を持ち、
何事も広く平等に愛することを一般大衆に知らしめ、学問を修得し、技術を習い、
そのようなことを通じて智能を高めて理解を深め、
人徳のある人間として大きな器をもった人格を形成し、自ら進んで世の為人の為になるような業績を広め
今の時代にあってやらなければならない任務に目を向けやり抜くよう務め、常に憲法を重んじ、国法を遵守して、
もしも国難に陥ることが有った時には、私利私欲なく国のために為すべきことを為し、戦うべきを戦い、
そのようなことを通じて皇室(我国)の運が永遠に続くよう支えなければならない。
以上のようなことは、私が、忠義に心厚く善良な国民のひとりでいなければならないことは勿論だが、
このようにして皆さんが祖先以来代々引き継がれてきた良き風習風土の功績を
世の中一般に明確に示めしていくに充分であろう。
その道は、私の祖先の残した教訓であり、孫子の代まで国民と一緒になって守り抜いていかなければならない所で、
これまでそしてこれからもずっと絶対に誤りのないものである。
このことを国内・国外にひろく行い示すとしても、何ら「理」に背くことは無い。
私は国民の皆さんと共にこれを胸の中に刻んで忘れることなく守るようにし、
全ての国民が一人ひとりまでその「徳」を理解し心を一つに合わせて実践することを願うばかりである。

いかがでしょうか?

この勅語のすごさは、天皇自ら「臣民ト俱ニ拳拳服膺(けんけんふくよう)シテ」、つまり一緒になって胸の中に刻んで忘れることなく守るようにし」とお仰せになっていらっしゃる点で、一階の独裁者(皇帝含む)に見られる「上から強制的にやらせる」ということではなく、一般市民の目線でリーダーとして率先垂範する姿勢、つまり「一緒にやろう」という姿勢をとられていること、ここに日本国天皇の特別なお姿を見ることができる。本当に恭しいことです。

また、現在のグローバルな時代に会って、アメリカを中心とする世界標準に翻弄される日本人にとって、「之(爾祖先ノ遺風)ヲ中外二施シテ悖(もと)ラス」と断じていただけており、誠に勇気百倍ではありませんか。

そして「ややっこしい隣国」から舐められ不当な冒涜に臥薪嘗胆している私たちにとって、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」といって叱咤激励いただいております。そう、私たちはしっかりと自らの誉れを再確認し、いまこそ毅然と立ち上がらなければなりません。

戦後、この教育勅語にかわり、教育基本法が成って、その第2条に教育の目的には次のように掲げられています。
一  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四  生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五  伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

しかし、なにか物足りなさをお感じにはなりませんか?
それは多分、教育勅語にある「リーダーの率先垂範」する姿勢だと思います。
絶対的な地位にある天皇陛下が語られる文言、その重みを一人ひとりが心に刻んでこそ、国民教育の基本となりうるのだと思います。

私は一人の国民として、天皇の地位を「国家元首」とし、そしてこの教育勅語の復活を望んでやみません。

9月15日(土)、上野小学校体育館にて社会福祉協議会主催の「敬老の集い」が実施されました。

私は、上野丘自治会の会長としてラッキーなことに来賓席で鑑賞させていただきました。

 

出演者は、可愛い幼稚園児や小学生から、ご高齢の先輩まで、次から次へと続き本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。

参考にプログラムを紹介しておきましょう。
①.豊中文化幼稚園児 : 歌と踊り
②.上野ラ・ソネット : コーラス
③.上野小学校3年生 : 歌とリコーダ演奏
④.上野婦人会 : 民謡
⑤.上野和太鼓サークル「鼓遊」 : 太鼓演奏
⑥.田中幸子さん : シャンソン
⑦.小寺一穂さん : 常磐津「松島」
⑧.上野コーラス : 合唱

 
  

 いかがですか?

この日は、豊中市内のほとんどの小学校区で「敬老の集い」が行われたようで、上野だけではなく、あちこちで、このような楽しいイベントが展開されました。

ちなみに、私、ちゃんと後片付けもお手伝いさせていただきましたよ~。
ちょっと前ですが、8月25日(土)、恒例の上野校区社会福祉協議会主催の「上野まつり」に今年も参加しました。
例年通り出店して、チビラーメンとラムネを販売しました。

ことしから、ついに本部事務局以外ではアルコールの販売が禁止されてしまい、例年販売していた日本酒も、断念することに・・・。

 

今年は、開催日が1週間ずれたので、お手伝いしていただく方の調整がつかず、これまた例年出店させていただいている東豊台校区の「東豊台まつり」とバッティングしたことも、この人手不足に輪をかけることになってしまいました。
だって、「チーム植田」を二手に分けないといけないことになってしまって・・・。

私はといえば、上野まつりのゴミステーションで分別に明け暮れていました。
毎年のことなんですが・・・、なので実際、上野まつりの全体をじっくり見たことが無いんで~す・・・。

東豊台まつりでは、みず飴を販売させていただきました。
でも、こちらにもほとんど顔を出すことができず・・・成松さん、成田さん、ごめんなさい!

とにかく、例年以上にバタバタした1日でしたわ・・・。
お手伝いいただいたみなさん、本当にありがとうございました。