琳派というと尾形光琳からその名前を取ってるのでしょうね。私個人はその少し前の人、俵屋宗達や本阿弥光悦の方が好きです。
本阿弥光悦は多彩な人でした。今で言えばデザイナー兼プロデューサー ですね。でも本職は刀研ぎの家です。家康か秀吉かにそれで知行をもらっているはずです。書家としてが一番有名かもしれませんが光悦垣なんて言う垣根のデザインもしています。京都のたしか洛北に光悦寺ってありますね。この光悦垣があります。気になる人は見に行ってください。
琳派と言うと他に光琳の後の酒井抱一と鈴木其一が有名です。抱一は大名(の弟)です。江戸時代の有名なサロン「八百善」を貸しきって、馴染みになった遊女の身請けの宴会した人で有名ですね。そんな風に江戸時代は奔放で垢抜けた時代でもありましたがやはり逆に庶民の見る目も肥えてきていて作り手にシビアな時代でもありました。
光琳の弟に乾山と言う人がいました。絵師としてはだめだったので転職して焼き物のデザインなどをしました。しかも兄の光琳に「おまえは上方では無理だよ。デザイン帖やるから江戸に下って仕事しろ。」といわれ、光琳が長きに描きだめをしたデザインノートをコピーして江戸に下ります。とほほな境遇でしたがその大味な作風が返って江戸では良かったようです。彼自身も兄のコピーにとどまらず織部なども研究して独自のスタイルを築きました・・・。まあでもやっぱり光琳+織部÷2 って感じです・・・。 Y

