阪神・淡路の大震災から20年。
たくさんの命が無くなりました。
街が崩れました。
当たり前の生活が奪われました。
ご冥福を祈ると共に
助かった命を大切に。
毎日を大事に大事に。
阪神・淡路島だけでなく
長野、新潟、東北…まだまだこれからです。
他にも自然災害で苦しい思いをされた
地域や人々がたくさんいます。
忘れてはいけないし
忘れる事はできないでしょうが
少しでも前に
少しでも上に
気持ちが穏やかになれます様に。
阪神・淡路の大震災。
今年で20年。
早い様な…長い様な…。
お母さんの実家は三ノ宮。
被災しました。
実家以外にも母方の親戚一同が被災しました。
あの日の朝。
叩き起こされ見たテレビ画面は忘れません。
人、家屋共に大きな被害は無く。
地震の情報も初めは、おばあちゃんちから直接でした。
ただ、その後は一切連絡つかず。
避難出来たのか、親戚はどうなったのか、全く分からない日々。
今の様にSNSが発達してない中、ただひたすら寝ずに家族で代わる代わる、電話番とNHKから流れる死亡者情報に知り合いが居ない事を願いながら見続けました。
キャッチホンが無く、神戸からの連絡に対して話し中になるのを心配して、父方の親戚や群馬の知り合いからの伺いや気遣いの電話を控えてもらったり、学校でもテレビを流しっ放しにしてもらったり、色々気遣ってもらいありがたかったです。
親戚一同、大丈夫や!と確認がとれたのは一週間以上はかかったと思います。
その間、お母さんは生きた心地しなかっただろうなぁ。親戚はもちろん、友人やその家族、先生、仕事仲間…。たくさん心配したと思うとしんどかったんじゃないかなぁ。
中越地震や東日本大震災。
他にもたくさんの自然災害がおこる日々。
日本限らず、世界中で起こり得ること。
生きている今、大切に生きなくては。
そんな中ちょっと腹立つこと。
同窓会の時。
ふと、震災の話になった時。
同じ中学の友人達は私のおばあちゃんちが神戸にある事、震災の時先生がテレビをつけ私の話をした事など鮮明に覚えてて…。
(私が覚えて無い事も。。。(´_`。)
そんな中1人の野郎が
【で、誰か死んだのwww】
耳を疑ったけど
確かに笑いながら言ってた。
悲しかったなぁ。
こんな奴と同級生ってのが。
同じ思いをすれば分かるのか?
奥様や子供、親、兄弟が同じ状況に置かれたら同じ事を言えるのか?
