今日の料理 

 
・かぼちゃのポタージュ 
・鶏むね肉の生姜鍋 
 
 
自分でつくる機会ができてから早一ヶ月ちょい。

つくるものを考えるときは大きく2つのパターンがある。
1つ目は、本などから予めつくりたいものを見つけてつくるパターン。
2つ目は、すでにあるものを活かすパターン。

1つ目は新規に材料いろいろ買ってきてドーンみたいなやつで、今回で言えばかぼちゃのポタージュ。
料理の本にじゃがいものポタージュというのがあって、そのバリエーションとして、かぼちゃやグリンピースやコーンの例も載っていた。
かぼちゃはお手頃だしまだ扱ったことがない食材だったのでやってみようと思った。
分量は、測ってみたり、感覚でやったりまちまちだけど、今回は本の分量通りにつくってみた。
量るのは面倒だ。ただ、料理本のお手本がどのような味なのかや、これくらいの分量を入れるとこうなるんだというのを知るためには必要な過程だと思う。
今はまだまだオリジナリティを出すことよりもそういった積み重ねが大切なのだ。たぶん、測量とは守破離でいうところの守で、基礎を身につけるために役立つのかも。
かぼちゃは結構おいしかったので、今度はさつまいもとかじゃがいもでも試したい。

2つ目は鶏むね肉の生姜鍋。
冷凍の鶏むね肉と冷蔵の白菜、味噌カツ用ソースなどがあったので、鷹の爪を加えた炒めものでもつくろうと思った。生姜も余っていたので鶏の生姜焼きなんてのもいいなーと思いつつ。
ところが作ってみたら、思いのほか白菜から水分が出まくって、とても炒めものにはならなそうだった。しかたないので、味噌カツ用ソースのほかに味噌や白だしを加えて鍋風にすることにした。
料理とは何が起きるかわからない。アドリブ的な対応力が必要だ。(そうなのか?)

料理には手先や感覚的な器用さ、アイディアやセンス、自分が今までにしてきた食経験とかいろんな要素がありそうだけど、知識も大いに役立ちそう。
きのこは水に弱いとか、あまりもたないとか。乾燥食材を戻すとこんなふうになるとか。ごぼうやかぼちゃの下ごしらえはこうやるとか。玉ねぎのみじん切りを効率的にするにはこうするなどなど。
食べるだけでは知らなかったことがわんさか出てくる。料理本ってすごい。

今は1,2品つくるだけですごい時間がかかる。ささっと何品も作れてしまったり、つくりおきしてる人ってすごいな。母のすごさや大変さも少しは想像できるようになった。
実用としては早くつくれるようになりたいけど、つくること自体を楽しむ趣味と考えれば、本を読みながらじっくりするのもいいのかもしれない。

料理にもスタンダードやオリジナルがあって、理論や実践がある。なんだかジャズと似てるなーと思った。
 

私はこれまで幾多の三日坊主を乗り越えてきた。

筋トレ、ストレッチ、運動、英語、勉強、音読、etc。。。

そろそろ、プロフェッショナルとしての自覚も出てきたところだ。

ただ、ピアノの指練習だけは続いている。
理由を考えてみると、こまめにセーブするようになったのが大きい気がする。

1日に12キーでやるぞー、みたいに意気込んでノルマ制にしても、大抵続かなかった。
練習の時間を取れる日もあれば、あまりできない日々が続くこともある。

だからメモを取ることにした。
例えば、
今日は教本のNo.7をCキーからEキーまででやったから、No.7 Fとメモっておく。
次の練習日には、No.7のFキーからはじめてBまで進んだ。だからNo.8とメモる。
次の練習日には、No.8のCキーから開始して・・・
というようにスマホのメモをセーブ先のメモリーにして、日々上書き保存していく。

そうすると確実に前には進む。
一日わずかでも進んでいる感を醸し出せ、達成感を味わうことができる。

続けるには、ロールプレイングゲームのようなコツコツ要素が必要なのかもしれない。
一日でラスボスを倒すなんて常人には無理だ。セーブという機能があるからこそ、経験値を積み重ねることができるし、レベルアップもできる。
そうしてるうちにいつの間にか楽しくなってきて、ラスボスにも挑めるようになるのだ。

人は坊主からいきなりキムタクヘアーになれるものではない。
だが、散髪さえしなければ、いつかはキムタクを追い越せる日が来る。
髪の長さだけは。似合うかどうかは別として。

セーブしないことは、毎日散髪しているようなものである。
 

セーブすることは、自分の未来を守ることだ。Saveだけに。