⒊
⑴
俊彦の妻・幸恵と母・美由紀が険悪な雰囲気になっているところで、
下手袖から大きな足踏み音が聞こえてくる。
観客の期待通り、口髭の黄色スーツ・荒木アキ(アキ)が勢いよく登場し、
お店入り口の境で立ち止まる。
アキ「はぁ、はぁ…」
幸恵と美由紀が口喧嘩を止め、俊彦やレイと共にアキを注視する。
俊彦・幸恵・美由紀・レイ「…?」
アキは無言でゆっくり首を横に振り、今度はゆっくり頷き、
そして客席上方を見上げる。
俊彦・幸恵・美由紀・レイ「…?」
引き戸にもたれ、少しの無言の時間を過ごした後、
アキ「何~?」
俊彦「長ない!?」
アキ「長い~い?(=長い?)」
俊彦「発音がおかしい。(半笑)」
俊彦「『何?』はこっちが聞きたい」
アキ「確かに、やって来て、こっちから『何?』はおかしいな」
アキ「(そっちの)『何?』泥棒した」
俊彦「何泥棒?(半笑)」
アキ「そや、何泥棒。…何泥棒ってなんじゃろか?」
俊彦「知らん! あんたが勝手に言うたんや」
アキ「しっかりしましょうよ!」
俊彦「そっちがしっかりして」
アキ「私がしっかりしましょうよ!」
俊彦「えっ?、自分に言い聞かせてたん?(苦笑)」
⑵
アキは飲食目的でお店を訪れたわけではないようで、
荒木エージェンシーの者だと俊彦に告げる。
俊彦に促され、アキがテーブル席下手側に腰掛ける。
俊彦が上手側に座る。
アキ「クライアントに依頼され、我が社が交渉に参りました」
アキ「クライアントは多数の飲食業を経営していて、」
アキ「こちらのお店のカレーうどんを全国展開したいと考えています」
アキ「そこで、スパイスのレシピを売っていただけないでしょうか?」
俊彦「お断りします」
俊彦「この店のカレーうどんは、先代の祖父が小麦粉やバターを使わず、」
俊彦「20種類以上のスパイスを試行錯誤し、半年間寝かせて完成したものなんです」
俊彦「チェーン展開すると味が落ちるに決まってます」
アキ「納得していただけるだけのお金はご用意しております」
俊彦「お金の問題じゃないんです」
アキ「そう仰らずに」
俊彦「帰ってください」
アキ「そこをなんとか」
俊彦「帰って!」
アキ「お願いします」
俊彦「帰れって言ってるでしょ!」
アキ「そうかーっ!!」
と、手にしていたバッグを思い切りテーブルに叩きつけ、立ち上がる。
俊彦「びっくりしたーっ!」
俊彦も立ち上がる。
アキ「びっくりした?、俺もびっくりした。大きい音、苦手やから」
俊彦「自分でやっといて?」
アキ「嘘じゃ、ボケ!」
アキ「嘘じゃ!、何がじゃ!」
俊彦「…?」
ボケの一つ一つに独特の雰囲気を醸し出す、アキ。
⑶
アキ「下手に出たら、いい気になりやがって」
と、俊彦の胸ぐらを掴む。
すると、レイが二人の間に割り入り、アキに対し、
レイ「手荒な真似はやめてください!」
レイは上手に居る俊彦に近づき、耳打ちするように、
レイ「ここは僕に任せておいてください」
俊彦「大丈夫か?」
レイ「こう見えて、昔、ヤンチャしてたんで あんな奴、一発で倒してやりますよ」
アキとレイが対峙する。
レイ「どう仕留めてやろうかなあ!」
ここはレイの『どうにもとまらない』替え歌ネタの場面。
レイがアキに殴り掛かるフリをする等、歌詞に合わせた動きをしながら、
レイ「♪ああ、殴ろうか それとも、蹴りか」
レイ「♪せっかくなら かーっこよく 決めたい」
レイ「♪頭突きもいいし エルボーもいいし」
レイ「♪もう、どうにもまとまらない!」
最後は頭を抱えてしゃがみ込む。
皆「…!?」
俊彦「迷ったんか?(呆れ)」
レイ「まとめてきます」
レイが後ろに下がる。
アキ「時間を返せーっ!!」
俊彦「あんたや! 『何~?』のとこが一番長かった」
アキ「…フフフ 何笑とんじゃい!」
俊彦は全く笑っておらず、
俊彦「あんたや」
アキ「じゃあ、巻き返す」
俊彦「巻き返す?(半笑)」
⑷
アキが改めて俊彦に殴り掛かろうとする。
アキ「売らんかったらどうなるか、キッチリ教えたろやないかいっ!!」
すると、マイケル・ジャクソン『Bad』が流れ、ダンスタイムに。
昨年からリアルで身体を鍛え上げていることもあり、
ムーンウォークでは感嘆の声が起こる等、
ここ数年ではベストパフォーマンスクラスのキレキレのダンスを見せる
♪Who's bad
で舞台中央最前で客席にアピールするようにポーズを決める、アキ。
アキは演歌歌手のように声を出さず「ありがとうございます」と口を動かし、
人差し指で涙を拭うふりをした後、
アキ「めっちゃ幸せやん」
そう言いながら、観客に幸せを振り撒く、アキ。
俊彦がアキを現実に引き戻す。
俊彦「あの、一人で何してるんですか?」
アキ「着信音が鳴ったら踊ってしまうんや。マイケル・ジャクソン好きやから」
アキ「嘘じゃ!」
俊彦「何が嘘?(半笑)」
アキ「(今のダンスで)時間、巻き返した」
俊彦「巻き返せてはない。(苦笑)」
⑸
アキ「ちょっとだけ時間やる」
アキ「ワシはしつこいでっせ どないしても売ってもらうからな」
アキが去っていく。
下手端で立ち止まり、振り返って、
アキ「あっ、そうや。大事なこと言うん忘れとった」
アキ「全員、しっかり聞いとけよ!」
アキが話のたびに手で区切りながら、首を傾げ考え込むように、
アキ「8時まではお酒を飲んでもいいです、8時からはダメです…」
アキ「6人はダメです、3人3人に分けたらいいです…」
アキ「東京と大阪はダメです、京都はいいです…」
アキ「野球とサッカーはいいです、オリンピックはダメです…」
アキ「…」
アキ「どういう線引き!?」
観客の日頃の鬱憤を晴らすかのようなトークに一際大きな拍手が起こる中、
アキが颯爽と去っていった
⒋
⑴
アキが帰った店内。
うどん屋大将・俊彦
俊彦の妻・幸恵
俊彦の母・美由紀
アルバイト・レイ
4名。
レイ「幸恵、塩撒いとけ!」
俊彦「誰が言うとんねん!」
みゆ「あんなの(=アキ)が来るのも、幸恵さん、全部あんたのせいよ!」
幸恵「私のせい!?」
みゆ「まだ気付いてへんの!?」
みゆ「あんたが嫁に来たせいで、我が家の運気はガタ落ちや!」
幸恵「私は関係無いと思いますけど?」
みゆ「また口答えや!」
みゆ「こんな嫁もらって恥ずかしいわ!」
幸恵「恥ずかしいのは、お母さんの顔でしょ?」
幸恵が絶対なタイミングでクールに返す。
みゆ「あんたの根性、汚いわねー!」
幸恵「汚いのは、お母さんの顔でしょ?」
幸恵がまたクールに返す。
みゆ「あんた、酷いよねーっ!」
幸恵「酷いのは、お母さんの顔でしょ?」
幸恵がまたクールに返す。
みゆ「全部顔に持っていくなーっ!!」
⑵
美由紀が更に幸恵に対し、
みゆ「そう言えば、今度の旅行の件やけど」
みゆ「私も一緒に行く言うたら、俊彦に断るように言うたらしいわね」
俊彦「ちょっと!、誰からそんなこと聞いたんや!」
みゆ「レイ君から聞いたわ」
すると、レイが『何要らんこと言うてるんや!』のニュアンスで、
レイ「レイ君っ!」
俊彦「お前や!」
レイが小さく謝る。
幸恵が美由紀に対し、
幸恵「結婚記念日の旅行なのよ?、夫婦水入らずの時間も欲しいじゃない」
みゆ「やっぱり、俊彦に言うたんや!」
みゆ「俊彦は私にとってはいつまで経っても子供や!」
みゆ「それに、店の稼ぎで行く旅行について行って、何が悪い!」
みゆ「そりゃ、孫の一人でもいれば、喜んで留守番するわよ?」
みゆ「でも、いつまで経っても孫ができんのは、出来の悪い嫁のせいや!」
幸恵「はぁーっ!?」
幸恵「性格の悪い誰かさんにイヤミばかり言われて、毎日ストレスなのよ!」
みゆ「なんやーっ!」
幸恵「なんやーっ!」
美由紀と幸恵が取っ組み合いになりかけると、慌ててレイが間に入る。
レイ「二人とも!…」
レイ「、ファイト!」
俊彦「焚き付けるな!」
⑶
みゆ「このおはぎ、しゃあないから食うたるわ!」
美由紀が上手端通路に消えて行った。
俊彦「結局、食べるんかい!」
幸恵は苛立ちながら厨房に向かう。
幸恵「腹立つー!、もーっ!(イライラ)」
厨房前の壁を「ドンッ!」と蹴り、奥に消えていく、幸恵。
俊彦「蹴ったらあかん!」
なぜか、レイも厨房に向かいながら、
レイ「やってられへんわーっ!(イライラ)」
と、厨房前の壁を「ドンッ!」と蹴り、奥に消えていく。
俊彦「なんでお前がキレてんねん!」
⑷
俊彦、一人。
俊彦「えらいことや…(トホホ)」