⒎
⑴
信濃・まりこ・安尾、三人の場面。
安尾がカメラを確認する。
安「カメラは使えそうです」
安「落とした時の衝撃で、データは消えてしまいましたが…」
信「プロデューサーにバレたら、どうしよう…」
ま「間違いなくクビですね」
ま・安「ワッハッハ」
信「笑い事、ちゃうって!」
信「どうしよう…」
ま「お店の方に、もう一回、同じことをやってもらいません?」
信「それはヤラセになるから、あかん!」
安「ええ方法、思い付いた!ら、よかったのに…」
信「何も思い付いてないんかい!」
⑵
耕一が街から戻ってくる。
烏「息子は電車に乗って、帰りました」
信「そうですか…」
その時、耕一の携帯に電話の着信音が鳴る。
耕一が電話に出る。
烏「…えっ?今から帰ってくる!?」
烏「今更、何を言うとんや!電話、切るぞ!」
耕一は、一方的に電話を切る。
信濃が耕一に電話の相手を尋ねると、
烏「…次男の敬次郎です」
信「次男!?」
烏「一卵性で」
信「双子ってことですか!?」
烏「うどん屋が嫌で東京に行くって言って、10年前に家を出ていった」
烏「それが、今更、会いたいって…」
烏「もし、敬次郎が来ても、私は居ないと言ってください」
耕一が奥の部屋に消えた。
敬介と敬次郎のシチュエーションが似ているため、
信濃は敬次郎の登場に期待を抱く。
安尾がカメラを構え、敬次郎の帰りを待つ。
⑶
ピンクのジャケットを着た、敬次郎(もりすけ)が現れる。
次「ただいま」
※敬次郎の台詞は『次』表記します
ま「顔だけじゃなくて、ハゲ方まで一緒や」
敬次郎が信濃達に尋ねる。
次「あなた達は?」
信「僕ら、TV番組のスタッフなんです」
信「あなたは、耕一さんの息子さんの敬次郎さん?」
次「はい」
次「父は?」
信「奥の部屋に居るんですけど、会わないって言って…」
次「そうですか…」
⑷
敬次郎が外に呼び掛けると、真希(前田真希)が現れる。
次「僕の妻です」
次「今日は結婚の報告に来たんですが…」
真希が外を見て、
真「また、あの人が来たわ!」
⑸
白スーツのヤクザ風の男・帯谷(帯谷孝史)が現れる。
帯「邪魔すんでー!」
次「また、借金の催促ですか?」
信「借金!?」
安尾は敬介のシチュエーションの再現を願い、
安「100万円で!」
帯「100万円…貸してください!」
信「えっ?」
真希が信濃に説明する。
真「主人の知り合いで、せびりに来るんです」
信「ご主人に借金は?」
真「無いです。事業で成功したんで」
信「事業というのは、ラーメン屋とか?」
真「うどん屋が嫌で家出をしたのに、ラーメン屋をするわけがないじゃないですか」
信「ラーメン屋、やっとけよ!」
信濃が敬次郎の頭をしばく。
次「えっ?」
⑹
まりこが信濃を呼んで、ヒソヒソと話し始める。
ま「ハゲは10年ぶりの帰省で、嫁に、ヤクザっぽいのも居ます」
ま「協力させて、さっきと同じようなVTR、作れません?」
信「ヤラセやん!」
ま「やっぱり、不味いですよね…」
信「やる。…背に腹は変えられん!」
⑺
真希が帯谷を追い払おうとしている。
真「あなたにはお貸ししませんから、帰ってください!」
帯「そんなこと言わんと、貸してーな」
信濃が敬次郎・真希・帯谷に話し掛ける。
信「ちょっと、いいですか?」
信「このままやったら、耕一さんは敬次郎さんに会ってくれないと思うんです」
信「だから、同情を引くような演技をしませんか?」
次「元々、俳優になりたくて東京に行ったんで、演技なら出来ます」
信「帯谷さんには、ギャラもお支払いしますんで」
帯「分かりました」
⑻
信濃は、敬介の場面を再現するため、三人に以下の設定に変更してもらう。
・敬次郎…努力の末、ラーメン屋を開店した
・真希…敬次郎を昔から支え続けた、良き妻
・帯谷…敬次郎の借金取り
要は、敬介の時と同じシチュエーション・台詞を三人に叩き込む。
⑼
信濃が耕一を呼び、耕一が現れたら、撮影をスタート。
敬次郎から順番に現れることを取り決める。
安尾がカメラをセッティングし、
敬次郎・真希・帯谷には、一旦、外で待機してもらう。
⑴
信濃が耕一を呼び、耕一が現れる。
撮影スタート。
ピンクのジャケットの敬次郎が現れる。
次「親父!」
烏「敬次郎!」
⑵
耕一と敬次郎が向き合う。
烏「お店を継ぐのが嫌で…」
烏「『東京で俳優になって、輝かしい人生を送るんや!』、言うて」
烏「…家を出て行って、もう10年か」
烏「何しに帰って来たんや?」
次「今日は、親父に紹介したい人がいるんや」
敬次郎が外に呼びかけると、真希が現れる。
真「妻の真希です」
⑶
敬次郎が耕一に対して、
次「五年前に俳優になる夢を諦めて、ラーメン屋で…」
敬次郎が信濃に確認する。
次「…ラーメン屋で合ってます?」
信濃が慌てて首を縦に振る。
烏「…『合ってます』?」
次「ラーメン屋で働き始めた」
次「それから…色々あったんや」
信濃が耕一に聞こえないように、
信「元々、俳優目指してたのに、演技下手くそやな。(苦笑)」
⑷
次「今日は結婚の報告に来たんや」
烏「10年間、顔も見せんと、今更…」
真希が感情を込め(少しヒステリックな感じも出しながら)、
真「『家出した手前、一人前になるまで帰ることはできないっ!』…」
真「彼はそう言っていましたっ!」
真「彼は必死で働いてっ、やっとお店を持つことが出来たんですっ!」
信濃は皆に聞こえないように、
信「演技、上手すぎる。(苦笑)」
烏「…」
耕一は何も言わず顔を背ける。
信濃の順番。
信「立ち話もなんなんで、お茶にしませんか?」
⑸
ポットのお湯を入れようとするが、
ポットが見当たらない。
白スーツの男・帯谷が現れる。
帯「邪魔すんでー!」
信「邪魔すんやったら、帰ってー!」
帯「あいよー!…って、何でやねん!」
帯「こっちは、用があって来とんや!」
耕一が帯谷を見て、
烏「ポット、ありました」
と、ポットネタのくだり。
⑹
敬次郎が帯谷に、
次「帯谷さん、どうしてこんなところに?」
帯「お前に金貸しとったな」
次「借金はきちんと返済しましたよ」
帯「元金はな」
帯「ただ、利息分が残ってたんや」
次「そんな…」
帯「100万円や」
次「そんな大金、無いです」
帯「ほな、ラーメン店の土地の権利書を貰おうか!」
真希が感情を込め(少しヒステリックな感じも出しながら)、
真「お店はっ、主人の努力の結晶なんですっ!」
真「主人のお店だけは、奪わないでくださいっ!」
真希の熱演を見た信濃は、皆に聞こえないように、
信「朝ドラか!(苦笑)」
帯「取り敢えず、事務所に来てもらおうか!」
と、敬介の肩辺りを掴み、無理矢理連れて行こうとする。
⑺
その時、耕一が
烏「待ってください!」
帯「なんや?」
烏「借金は、私が肩代わりします」
耕一は奥の部屋から金庫を取り出すが、動きが止まる。
信「…どうしました?」
烏「お金、無いです」
信「えっ!」
烏「さっき、100万、渡したんで」
信「こうなったら、封筒だけ、渡しましょ!」
烏「…えっ?封筒だけ?」
烏「中身が無いのに、何の意味があるんですか?」
信「取り敢えず、試しに渡してみましょ?」
烏「…?」
耕一が封筒を渡すと、帯谷は何も無い中身を一応確認し、
帯「確かに」
烏「なんで行けたん?」
帯「このオッサンに感謝するんやな」
帯谷は敬次郎にそう言い、去って行った。
⑻
敬次郎が耕一に感謝する。
次「親父、ありがとう」
烏「…勘違いするなよ」
烏「あんなんが店に来たら迷惑やからや」
次「…」
次「お金は親父に必ず返すから!」
次「あっ、封筒は親父に必ず返すから!」
信「そこは言い直さんでええから!(苦笑)」
⑼
敬次郎が真希と去ろうとする。
次「…真希、行こうか」
少しずつ遠くなる息子の背中を見ている耕一。
耕一が敬次郎に声を掛ける。
烏「待て。…遠くから来て、疲れてるやろ」
烏「少し、奥で休んでいったら?」
烏「…後でお前の話、聞かせてもらうわ」
次「親父…」
敬次郎は耕一の前まで戻ってきて、泣き崩れる。
次「親父…うぅ…(泣)」
烏「こんなところで泣く奴があるか」
敬次郎の頭を思い切り叩く、耕一。
良い音が響く。
信「相変わらず、ええ音、さすなあ。(苦笑)」
耕一・敬次郎・真希が奥の部屋に消えた。
⑴
なんとか、意図した場面を撮りきった、信濃。
信「よっしゃ!バッチリや」
ま「プロデューサーも大喜びですね」
信「みんな、お芝居、頑張ってたな」
ま「一回データが消えたの、プロデューサーにバレずにすみますね」
⑵
プロデューサー・中條が現れる。
中「さっきの映像、見せてくれる?」
ヤラセの映像を見せる、信濃。
中條は満足げに見ていたが、安尾は余計な場面まで撮影していた。
『よっしゃ!バッチリや』
『プロデューサーも大喜びですね』
『みんな、お芝居、頑張ってたな』
『一回データが消えたの、プロデューサーにバレずにすみますね』
中「…」
中「ヤラセやないか!」
中「信濃!覚悟しとけよっ!!」
⑶
信濃がまりこと安尾に泣き付く。
信「みんな、何か言うて…」
ま・安「…」
ま・安「さっ、仕事、仕事!」
暗転。