⒊
⑴
「吉本新喜劇には、営業というものがありまして」
「地方の会場を回るんですね」
「明石の営業で、『池乃めだか』さんと一緒やったんです」
「公演が終わったのが、18時」
「そこから、バスに乗って帰るんですけど」
「めだかさん、ああみえて、せっかちな部分もあって」
「難波に早く戻って、一杯、呑みたいんです」
「バスが大阪に入ってから、『この辺で降ろしてくれ!』って、言いだして」
「それを言うのが、高速道路の上なんですね」
⑵
「めだかさんには、お姉さんさんの居る高級なお店にも連れて行ってもらってて」
「歌が好きな方で、僕も良く、めだかさんの前で歌わせてもらうんです」
「お店で一緒に飲んでいる、ある時なんですけどね」
「『何年目や?』って聞かれるので、『16年目』と答えると」
『よう、頑張ったな』
『もっと頑張ったら、もっと良いことがあるから頑張れよ』
「そう言うてくれて、嬉しかったんです」
「その話をしている時なんですけど…」
「めだかさんがメモ用紙に何か書いて、僕に渡してきて」
「人生の教訓かな、とか思ったり」
「それがこれなんですけど」
と、めだかさんが書いたメモ用紙をポケットから取り出す。
『五木ひろしのレパートリーを増やしてくれ』
「頑張るって、そういうこと?」
⑶
「NGKの一週間出番では、代役を立てるというケースが良くありまして」
「誰かがスライドして、その方の役を演じるんです」
「誰が代役をするかは、座長が決めるんですけど」
「『若井みどり』さんに、代役が必要な時があって」
「みどりさんは、高橋靖子さんが相応しいと思ったみたいなんですけどね」
「いざ、私に決まると、みどりさんは驚いて、慌ててました」
「…当然やないか、と思いましたけどね」
「私は、代役の話があった時、きっと自分やろうと思ってました」
「普段、女役もしますし、みどりさんはあんな面白い顔の人ですから」
⑷
「みどりさんは昔気質な人なので…」
「代役のお礼に、高島屋の鰻弁当をくださって」
「鰻弁当には、小さな紙が添えられていました」
「それがこれなんですけど」
と、みどりさんが書いた紙をポケットから取り出す。
『今別府君、ありがとう』
「歳を取ると、小さな紙に書いて渡すのが好きになるんですかね?」
⒋
⑴
「このように、吉本新喜劇というところは、年齢層の高い場所で」
「『島田一の介』さん、なんですけどね…」
「昼ごはんで、蕎麦屋に連れて行ってもらったんです」
「お店の主人に食べ方を指示される場所で」
「『最初は蕎麦だけ食べてください』と言われて」
「食べたら、蕎麦の味しかしない」
「でも、一の介さんの反応は違って」
「『こんなん、初めてや。蕎麦だけでいける』、と」
「人それぞれなんやな、と思ったんです」
「『次は、蕎麦にワサビを塗って食べてください』と言われて」
「食べたら、蕎麦とワサビの味しかしない」
「でも、一の介さんの反応は違って」
「『新食感やないか!全国展開できるで!』、と」
「改めて、人それぞれなんやな、と思ったんです」
「…その後、一の介さんがその店に行った形跡はありません」
⑵
「一の介さんと言えば、昨年、『歌ネタ王決定戦』で決勝に出場しました」
「決勝戦の前に、一の介さんが僕に聞いてくるんです」
『別府(今別府さんの呼ばれ方)よ。M-1の賞金、幾らやったっけ?』
『一千万円です』
『R-1は?』
『500万円です』
『歌ネタ王は?』
「…金のことばかり、気にしてました」
⑶
「決勝当日、一の介さんがNGK出番で楽屋に居たんですけど」
「明らかにいつもと様子が違って、緊張してて」
「とても、声を掛けられない」
「ずっと、鏡に向かって、決勝のネタを忘れないように、頭の中で回してるんです」
「私は空気に耐えられなくて、外に出て」
「帰ってくると、一の介さんが皆と競輪中継で白熱してました」
「でも、私には分かってました」
「現実逃避してるな、と」
「大ベテランをここまで追い込む番組って、何なんでしょうね?」
「歌ネタは、結局、準優勝でしたけど、僕らにとっては誇りなんです」
⑷
「吉本に『親指ギュー太郎』っていう芸人が居て…」
「ご存知の方も居るかもしれませんが」
「一の介さんは、彼のことを『親指』って、呼ぶんです」
「みどりさんも、彼のことを『親指』って、呼ぶんです」
「歳を取ると、『親指』って呼びたくなるんですかね?」
その4に続く