最近プライベートがごたごたしていて更新が遅くなってしまって申し訳ないです。

これからまた復活していこうと思う


ふとアメーバブログをチラ見していると、幾つか気づいたことがある。

~で働く~社長のブログとかカリスマ社長とか自分で発言するブログが多いということだ

それらは「プロフェッショナル」というカテゴリに存在している

「プロフェッショナル」なら「プロフェッショナル」らしく仕事の話をしたらどうだろう?


ましてや記事で多いのが、~~と会食をした、とか、~~で遊んだ、とか女性が書くような記事ばかり

そんなに自分のセレブリティ生活の自慢をしたいのだろうか?という記事ばかりである。

そしてブログ「サイバー○ージェント」の社長、カテゴリが「男性タレント」のほうにも表示されている

勘違いも甚だしいというか、会社の長が一体何を目指しているのかわからない

今流行りなのだろうか、この社長ブログというのは

ブログというのは個人の自己満足でもあると思うが、IT系企業の社長というのは、トップにポーズを決めた自分の写真を表示させ、一体何を気取りたいのだろうというのが多い

そしてお決まりの~~で~~と会食ネタから始まり、メディア人と交流を持ちたがりやたらと露出したがる。

IT社長の悪い癖とも言うべきだろうか(笑)

そしてこの「サイバー○ージェント」新卒初任給の額が第1位

今の時代、皆が皆セレブという言葉に反応し、金持ちを目指す。

人気がある者ならばどんな人柄や歴だろうが、オフィシャルブログを創り出す


ブログというのは誰でも見れるのだ

芸能人という「ジャンル」にいる人間は特に見られることに気をつけてほしい

ここのオフィシャルブログにキャバ嬢のブログなんかもあったりするが、中高生もブログ等すぐ見れる時代なのである、邪な気持ちが芽生え、多くの若者が「金銭」と「楽」だけに走る傾向をメディアが促してどうする!

せめて水商売というのは18歳以上の仕事なのだから、18歳未満閲覧禁止にするのが筋でもある


ファッション雑誌「小悪魔ageha」についてもそうだ。
この雑誌は水商売を取り扱うもの、キャバクラ嬢を基本的モデルに掲載したりしている。
ファッション雑誌の名のもとに、お金が全て、キャバクラになってお金を稼ごうといった感覚の記事や、男を騙す術や色々な青少年教育にそぐわないことが書かれている。

そもそもが小悪魔などという発想自体がおかしいのだが
しかも成年雑誌ではなく、中学高校生なども買えるファッション雑誌として置いてあるのだ。
水商売は表面的に自信を持ち人に勧められる仕事ではないし、メディアの煽りのせいで若者が安易に水商売へ向かうことがあとを絶たない。

綺麗な商売でないこと、需要はあるが真っ当な事業ではないこと。
水商売店というのはホストクラブなどもしかり暴力団との繋がりも暗黙の了解でもある。
そういったことをちゃんと認識されて掲載しているのだろうか?
これからの日本の教育に悪影響だと思う。
小中高生の授業時間を増やすことじゃなく、何故こういった学生の身の回りの環境を変えることを考えないのだろうか、いくら勉強時間を増やしても、この社会じゃ学力低下は絶対に止まらない

ホストやキャバ嬢はたいしたギャラもかからずある程度の拝見力が見込めるからやってるのかもしれないが、もう少し雑誌の力、影響を考えた雑誌制作、また放送番組制作を心がけてほしい。
青少年少女が安易にこのような道をすぐ知れて手に届く範囲にあるのは本当に危険である。

水商売が全悪とまでは言わない、需要もあればそれによって助かる人間もいるだろう。
だが、この商売というのは裏にあるべきなのだ
表にいるべきではない、だからこその高給でありリスクなのである。
そういった部分をしっかりと認識させ、無意識の人まで巻き込んでいる今のメディアのやり方には反吐が出るのである。

話が大きくそれたが、本当に最近のメディアには目に余る行動が多い。
議員との不倫をした元アナウンサーがのうのうとTVに出て馬鹿を言う
奥さんはどんな悲しい思いをしただろうか。
TV業界というものは何でも食い物にする
金になるものは全て吸い込む
面白ければなんでもアリか
この業界が第1に考えるべきなのは金ではない、影響力だ!

全てが浄化される時代が到来し
悪が淘汰されるとするのならば、これ等は確実に後世に残らない
必ずや、知るときがくるであろう。


エリア51

AREA-51 アメリカのネバダ州南部にあるアメリカ軍管理地区であり

正式名称はグレームレイク空軍基地である。


アメリカ政府アメリカ軍はこのエリア51の存在を認めていない、が否定もしていない

今日までもずっと極秘にされている基地だ

このエリア51を一躍有名にした事件が「ロズウェル事件」


1947年7月1日

ロズウェル、アルバカーキ、ホワイトサンズ各基地が上空を飛行する未確認飛行物体を捕捉

常軌を逸するスピードで飛行し、3日後の深夜、突然消滅した。

次の日この飛行物体が墜落し、これはUFOであり、宇宙人がエリア51に運び込まれたと

大雑把にはこうなる。


ロズウェル事件は話が長くなるので分割で話していこうと思う

「水落」


華やかな姿だけをメディアで映し
甘い汁が漂う内容を紙面で表ずる
中高生は憧れを抱き
中高年は妄想を抱く


闇夜に飾られた姿
廻る思惑の数々
金色の涙に目は輝き
まことの美とは如何なものか


心に乱れはないのだろうか


街の景色に映るのは
男を誘う娼婦のように
肌の露出で何を惹く
これが御国の目指した品格なのか


水落は大きい得を受け
かたや人のために動くものが小さい得を受ける


いつからこの国は こんなにも堕落したのだろうか
経済の発展が及ぼした 品格の下落




「欲望、自尊心、そして誇り」


高い空を見上げる
自分をわかったような気になる
本当は大して何もわかっちゃいない


誰にも負けない地位が欲しい
誰にも負けない名誉が欲しい
誰にも負けない容姿が欲しい


人間って欲ばかり
かく言う自分もそうなんだろう


欲深い人間は求めた数だけ体を喰われるだろう


無欲な人間がいいわけじゃない
本当に無欲な人間は愛も平和も欲しがらない
何一つ求めない 語ることさえないだろう
相手に何を響かせたいという欲もないのだから


ただ空を見ていると一つだけわかることがある
目が見えているということ
鳥のさえずりが聞こえれば
耳が聞こえているということ
風を感じれば 生きていることを実感する


生きてさえいれば そこに誇りが生ずる
誇りが生ずれば 生きていくことができる

自分が存在していること それだけで幸せを感じれたら、それが誇りである



最近、チープな恋愛ドラマやら映画の登場で

愛という言葉を簡単によく目にする


人間は誰しも産まれて愛を持っている

それは感情の一つという枠組みでもなく、もっと大きな人間としての、いわば体内の心臓のように大きな存在のものだ。

だが、愛というのは異性への恋心の延長だけではない

家族へ抱く想い、親友に対して、自己愛、はたまた自分の好きな趣味に対して、

様々な人や物事に対しての、感情の高ぶり、それへ向けられる熱心な気持ちを愛と呼んでいる


だがTVや雑誌、ラジオ、小説等の影響で今や、愛のバーゲンセールスと言ってもいいほど

気軽であり、簡単なものになってしまった気がするのではないか

とりわけ多いのが愛を勘違いし、若い人たちは周りを見ずに周りを傷つけ、その愛を求めるだけに生きている人が多くなっている。

恋愛体質というのは一種の精神的な病気でもある

真実の愛とは何か、それは「恋空」のような物語に隠れているようなものではない

一番簡単な愛の見つけ方を教えよう

まず自分が生きていることを確認する

それは何故だろう、産んでくれた人がいる、それを支えた人がいる

自分を育てた人がいる、この地球上に産まれてから全くの一人で生きていける人間はいない

自分が今存在していること、この宇宙が人間を育む世界を造ってくれたこと

愛は身近にも存在し、遥か遠くにも存在する

その愛は人間にとっての一番成長させるべきものでもある。

全てを愛せよ、全ての人々が全ての人々、万物を愛せよ

異性に惹かれるだけが愛ではない、まずはそれを知るだけでいい

愛の本質や、本当の愛などと、到底今人間にわかる問題ではない

愛を知るのは、地球を知るに等しい、


一人の異性に対して、愛という自分で想う感情を抱いたなら

めいいっぱい注いでほしい、俗に言う浮気やら不倫やら、そういったことは愛ではない

恋でもない、遊びでもなく、欲に目が眩んだそれは犯罪である

いずれ裁かれ、幸せという道からそれていく


嘘をつく人間もそうだ

人間の体内には悪意のある悪事をすると自分の体内にそれがカウントされていく

罪の大きさによっても溜まりは違ってくるが、一定のカウントに達すると魂が汚れていく。因果応報とは、まさにその事である。

綺麗な生き方をしていても、不幸続きでつらいことが続く人もいる、だがそういった人は魂は汚れていないし、必ず至福が訪れる時が来る

この今生きている世界で悪事をして良い思いをした人と、良きことをしたが貧しい思いをしてしまった人、今生きている世界が全てではない、この先の世界で、後者は必ず幸せを手に入れる

希望を捨ててはいけない、陽が必ず昇ることで、それらは示されているのだ



世の中には、何通りかの嘘があり、一概に全ての嘘が悪いとは言えないのだが

嘘に塗れてしまえば、その人は信用がなくなり、愛されなくなり、自分で自分の首を絞めるだけである


愛や嘘やこういった言葉に関して人間はとても敏感で、多くが知りたがるだろう

だが人間は産まれながらにして、半分以上はその心が知っているのだ

残りはそこから知っていく、自分だけが得をし、悲しみに満ち満ちた世界、全ての人が平行に得をし、愛に満ち溢れた世界、少し考えれば、いや考えなくてもどちらを目指していくべきかわかるだろう、その意識は産まれながらにしてしっかりと持っているはずだ。



容姿

千差万別であり、似ている人はいるが、全く同じということは無い

その容姿によって生まれながら得をする人

生まれながら損をする人

どういう形であれ、損得がそこには存在する


人は外見に心が表れるという

それはとくには当たっていない

人間はお腹から産まれてDNAが造られるわけではない

産まれてからの行動や努力で多少の変化なりはあるが、基本的に容姿はお腹から産まれる以前に決められている。


容姿によって他者から酷い扱いを受ける人もいる

当然自分の容姿は決められるわけではないし、酷い扱いを受けたい人などいるわけがない


ここで最近流行っているのが「整形」

高額だが、手術によって、ある程度自分の理想の顔であったりにすることが可能になった

この「整形」というのは批判や非難されてはいるが、根本的には間違ってはいない

人は誰しもが幸せになる権利がある

それが整形することで得られるのならば、それはおいしいものを食べて満足する意識と同じである


親から授かった大切な容姿

ではそう非難する人間が自分にとって本当に嫌な容姿で産まれてきたらどうするだろうか

どんな容姿でも自信を持てる?そんな理由がない

そんな受け皿は今のこの社会には当然の如く存在していない

不公平で不条理な世の中だと言っている人間が、なぜ自信を持てと言えるのであろうか

だから整形する人など後を絶つわけがないのである


この「整形」は高額でもありリスクも高い

中には犯罪まがいの美容医師もいる

そういう部分はまだまだ途上であるし改善をしていく必要が沢山ある

だが「整形」という技術が進歩を重ねれば、人は自由な容姿を得て、外見での不満などなくなるだろう

人は皆似たような顔や体型になっているかもしれない、新しい個性が産まれるだろう

だがそんな中で、人は多くのことに気づけるだろう、そして人としての内面に美しさというものに本当の意味で気づける日が来るだろう

それから時が流れ、人間の外見という概念もなくなり、統一化されたような、でもどこかに個性を打ち出したような、そんな時代が来るかもしれない

だが人間の意識が本当に向上したとき、あらゆる意味で魂の本質が分かり、人として生きていく真実の術がわかるようになる。


平和であり、公平であり、誰もが幸せを感じれる そんな時代の到来を人間の技術で進めるか、崩してしまうか

救世主を求めるのではなく、全ての人間が救世主となる それが多くの語り継がれる良き古い歴史が教えてくれている本質なのだ