喜びにあふれる世界への旅路  (ゲートナビゲーター 内山龍一) -2ページ目

喜びにあふれる世界への旅路  (ゲートナビゲーター 内山龍一)

新卒の平社員から、転職、外資系企業の社長、独立
という流れの中で、500社、5000人以上の人々やメンター
との関わり、様々な出来事の中で、体験的に感じた、喜びの道の
入口の探し方。

違和感を恐れない
 
なんとな〜く、気分が乗らないとか
 
なんか頑張りすぎてるな〜とか
 
やらねばと焦ったり、出来なくて落ち込んだり。
 
そんな感覚で感情がぐるぐるしてるときに、人とあったり、話したりすると、それが更に刺激されて、感情が更に振れる時がある。
 
人との関係のありがたさでもありますが、相手は鏡とは良く言ったもので、自分が見たい相手を見ているので、罪悪感や、問題を抱えていると、相手が、それを指摘している、攻撃してくると感じる事があり、それを恐れて、また、攻撃したり、防御したり。その結果、また、感情がぐるぐるしていく。
 
鏡を見て身だしなみを整える感覚。
 
髪が乱れてたら整えるし、襟を揃えたり、汚れやゴミがあれば、良い感じに整える。
 
それは自分の姿であって、映し出した鏡の責任ではない。
 
相手を見て、出て来た感情は、先ず素直に受け止める。そして、それを見て、どうしたいか選択をする。
 
鏡を、嫌な自分映し出すものとして、攻撃することも出来るけれど、素敵な自分を確認したり、調整する為に使える素晴らしいものとして、その為に必要な大切なものとして、信頼して扱うことも出来る。
 
鏡を見る軽やかさで、違和感を伝えあい、整え合う。そんな関係性を信頼したいと感じた今朝の目覚めです^^
昨日、フトしたきっかけで、友人と恋愛についての話になり。
 
人を好きになったり、愛しいと思う事は、ある意味素晴らしいことなのですが、そこには、様々な観念が結びついてるな〜と再認識。
 
それこそ、好きって伝えること自体が素敵な事なのに、そこから付き合うという概念に繋がったり、過度の重さを加えてみたり。
 
結果、そこから、妄想?される、出来事に、一喜一憂しつつ、何故か、そんな素敵な事に対する返答が、ゴメンナサイになっていったり、申し訳ないな〜と感じてみたり。
 
色々、安心が欲しくなるんだろうなと
 
自分が好意があること、分かってくれてるかな?とか
 
自分のこと、嫌ってないよね?とか
 
これも、概念の一つで、人によって感覚も異なるけれど、友人って言葉や感覚が有って
 
距離感とか、思いは、本当色々あるけれど
 
お互いを尊重しあえて、一緒にいると、楽しい、嬉しい、面白い。
 
そう言う意味でも、その時点で、相手に対して、好きだな〜って感覚は間違いなくあるのだけれど、それを言葉にした時に、なんとな〜く、変な感覚が浮かび上がってくる、予感があったり、なかったり^^;
 
昔、付き合ってた子と、別れ話が進む中、普通に相手の事が大好きな自分が居て。
 
恋愛的な駆け引きというか、機微的なところに、ある種無頓着であったり、鈍感な自分は、好きで、付き合って、一緒に居て、その結果が、もう会いたくないって事が、腑に落ちず。
 
俺も好きな人沢山居るけど、それは普通な事事で、別に、特別な一人って感じでなくても良いんで、友達な感じで、関係性を見直せば良いんじゃない?(俺は君のことが大好きだけど)って提案したところ、激怒して、相手が帰っていった出来事があり
 
当時はポカ〜ンって感じでしたが、今ならわからない事もなく^^;
 
そう、要は、過去のデータベースや、世間的なところで、この態度の時は、相手は、自分の事が、好きだ、嫌いだ。
付き合い続ける、深い関係になるには、こう言った、愛の儀式や証明が必須である的な観念が浸透しており。
 
昨日、向きあってスッキリしたのは
 
そう、恋愛が特別な事ではなく、仕事の事にしろ、人生についても似たようなモノで
 
あーしないと、結果が出ないとか
 
こーしないと、幸せになれないとか
 
結局のところ、同じ様に、過去の出来事や、周りの価値観に振り回されて、一喜一憂を繰り返している、安心を求め続けている。
 
答えは、自分の心の中や、その関係性の間にそれぞれ存在していて、全てに当てはまる、絶対的な基準というモノは存在していない。
 
男だから、女だから、付き合ってるから、結婚してるから、ビジネスだから、遊びだから、etc
 
枠に拘り過ぎて、自分の感性を置き去りにすると、道に迷いやすい。
 
間違った基準から、出来事を見て、判断するでなく
 
自分の喜びの感性であったり、相手との関係性の中で、その喜びの感性の一致を見ていく。
 
そんなことにこそ、丁寧に丁寧に、時間をかけて、関係性を育んで行きたいなと、そんな感覚を共有出来る相手に、まずは感謝をしたいなと感じた、今朝の目覚めです^^
パートナーシップ
 
言葉や態度を超えて、信頼できる関係性。
心穏やかでいられる関係性。
 
言葉や態度に反応して、心がざわついたり、心を閉ざしていく関係性。
 
基準の有り無しなんだな〜って
 
前者は、ただ居てくれて、そこに在ることだけで、ありがたいな〜って感じれる関係性。
 
後者は何かを基準に、判断がはいる、良し悪しが見えてくる関係性。
 
昨年行っていた講座で、会場近くで、ランチしながら、主催二人でついつい話し込んでしまい、20分ほど遅れて到着したのですが、それを全く気にせず、参加者が暖かく迎えてくれた経験であったり
 
ある成果を目標に行った講座の最後で、原因不明のトラブルがあり、目標の成果にはたどり着かなかったけれど、これはこれで良いんじゃない?と笑いあえた経験。
 
二人のファシリテーターで行っていた会で、片方にダブルブッキングがあって、代役を立てるも、そんな流れなんだねと、気にせず、そんな偶然を楽しめた経験。
 
方や
 
時間や進行に一喜一憂して、あーじゃない、こーじゃないと、話し合いを重ねつつ、その結果、関係性が解消された経験。
 
言われた通りやってくれないと困る。こうしてくれないと不安になる。こう言った形でないと駄目だと思うと、言われて、関係性を解消された経験。伝えて、関係性を解消した経験。
 
何かの基準をもとに、そこに恐れを感じて、その恐れが具現化することを前提にしてしまうと、、、
 
ここまで書いて、今、自然と二度寝していて^^;
 
見ていた夢が、学校の山登りの旅行の当日に、急いで準備をしだす中、登山靴があると便利であることに気がついて、探すのですが、片方の靴がどうしても見つからない。
 
友人達は、しょうがないな〜って目でみてくれているのですが、探せど探せど焦るだけで…
 
落ち着きつつ、諦めて、他の靴、なんか、恥ずかしくない、変わりになる靴を探すも、それも、どれも、片方しか見つからない^^;
 
何で、昨日準備しなかたっんだろ?とか、後悔やイライラが募る中、冷静になると、こんなおかしい事はありえない、これは夢を見てるんだなって事に、気がつく^^;
 
待ってくれている友人に、若干の後ろめたさを感じつつも、もう、これイイやと思い、目覚めてしまうことに^^;
 
さっきの書きかけ^^;
 
具現化することを前提にしてしまうと、、、
二度寝前、なにを考えてたか、曖昧ですが^^;
 
それに基づいた行動にしばられる?
 
こんなことを書きたかった様な感じがしますが^^;
 
夢の教訓としては^^;
 
目覚めてしまう事だなと^^;
 
夢の中で、パターンを守ったり、強要し合う関係性よりも
 
夢であることを思い出して目覚めてしまう!
 
相手が眠っていたいなら、それはそれで尊重する。
 
無理やり起こすのでなく、相手が眠っていたいなら、そーっと見守ってあげたり。
 
そんなことを含め、基準という、夢をこえて^^;
 
お互いを認め合い、受け入れあい
 
お互いを自由に拡げあえる、許しあえる、そんな関係性を意識したいと感じた今朝の目覚めです^^
最近、会いたいと声をかけて頂く機会がとても多いのですが、共通のテーマみたいなものがあって
 
なんとなく、感じる思い、こみ上げる何かがあるんだけどどうしましょう?
 
心はこう感じている。けど世間一般ではどうもこんな感覚らしいのだけれどどうしましょう?って言うご相談が多く。
 
私が、何となく感じるのは、リミッターが外れて来ている?スピード感が上がっている感覚?
 
時速40kmで規制されてる道路を実際の交通ルールを守って運転してくださいって案内していたカーナビが、ある日突然
 
そこから加速して、空を飛んでください。そこからは自動運転で進みます
 
みたいな、えっ?って思う指示を受け取り、カーナビ壊れちゃったみたいなんだけど大丈夫かな?ってご相談が多いなと^^;
 
素直な方々は、何の疑いもなく、あーそーなんだ、了解!って感じで空を飛んでいかれ
 
大半の方は、いや、羽根ついて無いですよね?とか、私、車ですよねって感じであったり。
 
空飛んだら、今までせっかく身につけたドライビングテクニックや、覚えた交通ルールどうするんですか?とか、空の交通ルールってどうなってるんですか?とか
 
そんな感じで困惑されてるケースも多く^^;
(しっかり羽根が生えてたり、飛べるの薄々気づいてるんだな〜って感じたりしますが^^;)
 
要は、今まで常識って思われていたものが、常識でなくなってきている、常識って感覚自体が、別の感覚に置き換わって来ているんだなって流れを感じます。
 
もちろん、カーナビの指示は人それぞれで、その内容に良い悪いはなく
 
道路を走るのも、空を飛ぶのも、海を潜るのも自由ではありますが、感じてることを大切にしたい、尊重したいと感じた今朝の目覚めです^^
昨日フトしたきっかけで、ある友達の最近に至るまでの経緯を聞かせて頂く。
 
今、目の前で、自分が感じる、友人の、素直さや、正直さ、軽やかさを感じると、全くそう思えない、色々な経験をしていて。
 
ただ、結局は、自分の譲れない感覚、正直な感覚というものがあって、心に正直になれる環境に導かれて言ったと話してくれました。
 
今朝、そう言えば、なんでそのことを聞きたくなったのかな?と感じてみると、確信をしたかったのだなと
 
紆余曲折あったとしても、結局は、その人らしいというか、一番自然な感じに、結局はかえっていく
 
時に、行ったり来たりを繰り返すこともあるかもしれませんが、結局は流れるところに、在るべき感覚に導かれていく
 
今、自分がどんな状態であっても、そんな道の半ばである
 
そんなことを再認識した今朝の目覚めです^^
10年前にインドの、バラナシでガンジス川の日の出を
見てきました。
 
当時、バリバリの思考人間だった私も感じてしまう
その神々しさというか、清らかな感じがありまして。
 
お正月の空気感は、それに近いものがあるな~と^^
 
昨年は、グループで学ぶ機会を、沢山、つくらせて
頂いて。
 
で、振り返ると、それらの会で、醸し出される
雰囲気も、どことなく、そんな神々しさというか
 
許されている、受け入れられている。
 
そんな感覚を、感じあえる、素敵な方々にお集まり
いただけて。
 
結局、思いなんだろうなって感じます。
 
聖地で思う、人の素晴らしさ、心の平安。
お正月に感じる、心の穏やかさ。
みんなで目撃しあう、自分らしい自分。
心穏やかで、喜びにあふれる自分達。
 
それを、自分たちが選んでいる。
 
選べるんだなって。
 
心が穏やかだな~とか、嬉しいな~とか
 
それを感じる、自分が居て。
 
ガンジス川を見て、汚いな~って感じる自分
一人ですごす、年末年始に寂しさを感じる自分
だれがなんと言おうと、自分の思いを頑なに
変えない自分。
 
パターンや習慣で、それを選択していることも
多々あれど、最後は、選べる。
 
「ゆるし」
 
なんだと、改めて感じます。
 
見たいもの、見たくないもの。
したいこと、したくないこと。
感じたい事、感じたくない事。
 
etc、etc
 
まずは、全てをゆるす。
みること、すること、かんじること。
 
ありのままを、感じる。
 
そこから、再度、選択していく。
 
繰り返し、繰り返し。
 
そんな自分で在り続ける。
 
昨年も、ありがとうございました^^
 
2017年 本年も、みなさんと、素敵な
経験を分かち合えることに、感謝をしております^^
 
本年も、よろしくお願いいたします^^
争いを辞める。
 
昨日はマトリックスの勉強会の10回目。
人間関係のダンスをやめるには?の会。
 
恒例?のロールプレイを俯瞰しながら眺めていると、さながら、銃撃戦のような? 空母と爆撃機の戦いの様な^^;
 
空母には、故障している箇所。攻撃されると困る箇所があって、必死に速射砲で攻撃されないよう迎撃をする。
 
爆撃機も、速射砲を打ってこられるものだから、必死にかわしながら、なんとか空母に一撃を喰らわせようとする。
 
戦いの最中の二人は必死ですが、俯瞰して見ているこちらは、状況がよくわかる。
 
あ〜、今は、そこを攻撃されると怖いんだね。相手が正体不明だから、怖くて迎撃しちゃうんだね。
 
あ〜、本当は只、受け入れて欲しいんだね。
着陸したいのに、迎撃されるモノだから、ビックリして、なんとか一撃をお見舞いしたくなっちゃうんだね。
 
そもそも、味方の空母と、味方の爆撃機で、争う必要は全くない^^;
 
お互い、何かに反応して、戦闘が始まってしまう。
 
飛行機は、相手の着陸許可を待つのではなく、自分が何もので、どんな目的で着陸したいかを伝える事が出来る。
 
空母も、故障箇所を飛行機に伝えつつ、適切な着陸ポイントに誘導することも出来る。
 
あとは、射撃や着陸をお互い怖がらない。
 
弾や爆弾と思えるものも、実は、本物でもないし、自分達の装甲は傷つかない。
 
それを信頼すれば、まず着陸してみる。着陸させてみることが出来る。
 
着陸したあと、色々話し合うことも出来る。
 
敵はいない。自分は傷つかない。
 
ここに確信を置くことだなと^^
 
毎回ですが、おかげ様で、深い学びを受け取れました^^
 
装甲を厚くしたり、攻撃の方法や武器を工夫するのでなく
 
もともと傷つかない、強い自分達を信頼したいと思いました^^
 
チョコレートアイスを断る。
 
先日、勉強会を一緒に主催している友人とランチをしていた時の出来事。
 
直感に委ねて、色々話をしている中、学びとか癒しの話に。
 
で、そもそも何の為に、学んだり癒しを経験してるのか?という原点を見ていくと、きっと、自分らしく素直に在りたいのだなと。
 
けれど、時に、それを忘れて、目の前の出来事や、周りの流れに埋没している時もある。
 
誰かが言う
 
人生にはこれが大切なんです。
 
これをしないと幸せになれません。
 
これが幸せな生き方です。
 
こうせねば。こうあらねば。
 
尊敬している誰か。大好きな人。怖い人。優しい人。etc.etc。
 
この人が言うならば。それを受け取る。そんな信頼も大切ではある。
 
お店を変えて喫茶店に。
 
彼女が、チョコレートアイスを注文して、少し食べるか聞いてくる。
 
チョコレートアイスは好きだけれど、今日は気分的に食べたくないから、大丈夫と断る。
 
なんで食べないの?美味しいのに?せっかくあげると言ってるのに?もったいない。もう二度とあげない。人の親切を断るなんて…。
なんて失礼なの?そんなんじゃ幸せになれないよ!もっと自分の気持ちに向き合わないと!本当はたべたいんでしょ、私にはわかるの!食べるって言うまで帰しません!
 
まあ、こんな事にはなりませんが^^;
 
案外こんな感じに、目の前の出来事に、振り回されたりすることもある^^;
 
誰かから示されたモノは絶対的なモノでもない。
 
チョコレートアイスを貰おうが、断ろうが、相手も、自分も、そしてチョコレートアイスも、チョコレートアイスで、誰も何も損なわれたりしない。
 
チョコレートアイスを食べると太るよ!
 
って言われても、食べる、食べないの選択は自由だし、太るかどうかも、絶対的なものでもない。
 
このチョコレートアイスを、誰かの言葉や教えに置き換えてみる。
 
案外、お腹いっぱいなのに、必要ないのに知識を取り入れて見ようとしたり、変に気を遣って受け入れたり、従ってるケースもあるなと^^;
 
誰かの言葉や教えがどんなに素晴らしくても、今の自分に必要なものなのか?
 
原点に立ち返る、素直に自分らしく在ることを考えると、その選択が自分らしいか、今の自分に適切かは、自分の感覚でしかわからない。
 
立派なモノ、珍しいモノ、素晴らしいモノ、高価なモノ、なんとなく、観念的に断り辛く感じるモノもある^^;
 
それを楽しむのも人生。
 
時に、さて、自分は何を求めているのか?
 
それを感じてみる。
 
それもまた人生。
 
自分の感性や感覚を大切にして行きたいなと、あらためて感じた今朝の目覚め^^
久しぶりに、本田健さんのセミナーに参加。
 
ちょいと長いですが、最近感じていた事の纏めも兼ねて^^;
 
セミナーに行く時、何時もは、時間ギリギリに行って、後ろの方に座ることが多いのですが、昨日は、朝一の便で東京に来たなつきちゃんと打ち合わせをしつつ、せっかくなので、整理券1番を狙おうという話で盛り上がり。
 
8:30近くに会場に行くも、番号は7番。(誰かが喜びそうな番号ですが^^)
 
開場を待つため近くのデニーズに行くと、良く会う友人がいて、聞くと、整理券2番^^ (流石!>_<)
 
そして、見覚えのある方々同士が挨拶をしていて、私が知らなかっただけで、朝一には、早く集まる人々のコミュニティーというか、交流があるのだなという新たな発見^^
 
一桁の整理券の甲斐あって、今回は二列目の真ん中という、中々貴重な?席でセミナーを受講。
 
この席に座ってセミナーを聞いていると、なんとも不思議な感覚に。
 
一つは、会場には400人近い人が集まっているのですが、私が座っている席からの視界は、私が最近主催している、10〜20人くらいのワークショップのそれと同じ感覚で。
 
健が講師の、そんなワークショップに参加してる感覚に。
 
そして、それを感じたもう一つの理由、発見でもあるのですが、健の雰囲気と言うか、発してる思い、情熱、在り方というのも、一緒に何かの会を主催する友人や、参加してくれた方々が、自分の好きなことであったり、自分らしい在り方を、示している時のそれと、全く違いがないというのを感じる。
 
そこでの閃きというか、これも健から良く聞いていた事でもありますが
「1人に対してやるのも、何百人に向けてやるのも結局は一緒なんだよ!」
 
あーこれは、こういう事なのだなと。
 
健は、恐らく、この思い。健が感じる、直感に近い、ワクワクや、感性を大切にして、スタート4人のセミナーから、その感覚で、コツコツ、コツコツ、積み上げて来たのだろうなと、在るべき場所に運ばれて来たのだろうなと。
 
その結果、自然と、その発してる思いに共感した方々の応援やサポート、偶然のような、必然的の様な出来事が重なって行く。
 
これはある意味多数決というか、タイミングであったり、流れであったり、確率論的ものも関連していて、来るべき時に、運ばれだすという見方も出来る。
 
やり方は本当自由で、選択肢も沢山ある。
 
何が良い、何が悪いって話ではなく、自分の望む方向に運ばれて行く。
 
象徴的な出来事として、セミナーが終わり、クリスマスパーティーに向かうのですが、地図が一枚しか無い。
 
クリスマスパーティーに行く!
 
っていうのは決まってますが、目的地を理解して、道を理解して、どうやって行くかを、全員が理解してしている訳ではなく。
 
地図をもらった人
 
地図を読むことが出来る人
 
みんなをリードすることが出来る人
 
道中話ながら盛り上がる人
 
みんな遅れてないか、着いてきてるか
チェックする人
 
etc.etc
 
即席の、初めて会った人たちが、お互いを信頼して、同じ目的の中、それぞれの才能を発揮して、目的地に向かっていく。
 
そこにも良い悪いは存在していない。
 
地図を手に入れられなかったら駄目だ!とか
自分で道を理解しなければ駄目だ!とか
目的地に辿り着く為に、みんな必死に集中ししなければとか、一列に纏まって行かなければとか、そんな規則もない。
 
そんな行き方が楽しい人たちもいるだろうし、今回みたいに、どうせ着くから楽しく行こう?みたいなノリで、ゆる〜く向かうことも出来る^^
 
行く場所が決まっていて、行くことを決めていたら、行くタイミングに、必要な人々が集まって、それぞれ、役割を楽しみながら辿り着く感覚。
 
自分のその場、その瞬間を信頼していると、感性に委ねていると、何故か自然と整って行く感覚^^
 
行く方向を求めている人が多いか少ないか?どこに行くか?の違いであって、そこに良い悪いもない。
 
もちろん、クリスマスパーティーに参加せず、家に帰る人もいる。
 
別の用事がある人もいる。
 
それも、それぞれ。
 
そこに感情が動くこともあるけれど、感じているのは、自分だし、それぞれには、それぞれの選択がある。
 
家に帰る人は、一人で、確信した道を帰る。
ただそれだけ。
 
同じ目的地を目指す人が多ければ、人はふえて行く。これもそれだけ。
 
一人が、みんなが、それを確信していると、それは大きな流れになる。
 
道を間違えたら、別の道に進めば良い。
 
そんな流れで、無事、楽しく、会場に辿り着いて、地図を渡してくれた子が一言。
 
「流石、私の人選!」笑
 
余計な価値観には左右されず、完璧な自分の感覚を信頼する。
 
ただそれだけなんだなと^^;
 
色んな人との出会いで、自分の進む道、自分が何ものなのかクリアになって行く。
 
会場にいらした方、準備してくれたスタッフの方々、全てに感謝したいなと感じれた素敵な一時でした^^
お化け屋敷を通る宿命???
 
先日、御縁があって、再会した友人と
お会いする。
 
どこに行くのかが、きまった感覚で
声に、ハリがあるというか、気持ちが
籠っていて、心地よい。
 
そんな彼女を周りが放っておくはずもなく。
 
来月、大きな、チャンスを頂いたそうで。
 
その話になると、途端、不安や、心配を
言葉にしだす。
 
けれど、その言葉に、心底怯えている感じや
怖がっている感覚は、感じられず^^;
 
多分、そんなお化け屋敷を通らなくても
そして、仮に、お化け屋敷を通る事になっても
 
多分、目的地にたどり着くのだろうなと^^;
 
お化け屋敷のお化けを本気で怖がってる人もいる。
 
方や、お化け屋敷を本気で楽しんでる人もいる。
 
そして、お化け屋敷には、興味を示さず
ただ、目的地に、進んでいく人もいる。
 
なんか、人生遊園地を、俯瞰的に
感じれたひと時でした^^