日本だけでなく全世界において、且つ全ての歴史上において宗教者は迫害を受けてきました。
それは本人の意思の結果とは全く無関係の事態で起こっている事が殆どと言って良い位の事です。
何故その様な事が起こるのでしょうか?
神がいるならば何故その様な事が避けられないのでしょうか?
それは、もし全ての事が因果関係があるとするならば必ず原因がある筈ですが歴史上ハッキリと解明が出来ずに今日まで来ています。
しかし、文氏は其れこそ「人類の堕落の結果」であると伝えています。
そして、何故その様な事態が起こったのかをも明快に答えております。
我々として全く無知たる状態からは考えられなかった理論的な且つ心情的な展開がそこにはあります。その内容は全ての宗教者には受容れ難いものであるのかもしれませんが、今は多くの宗教者からは受容れられております。
御縁があれば詳細はお近くの教会にて御紹介しておりますのでお尋ね頂ければと思います。
ご連絡頂ければ、私もご案内が出来ます。
氏は基点をキリスト教におかれて活動を展開されて来られました。
誤解と曲解、数え切れ無いほどの「異端」の謗りを受けながらも御弟子を開拓伝道に出されながら「人類の救い」の為に全てを捧げて来られた方でした。
その中ではご自分のお子様をも犠牲にされておられます。
しかし、何か氏自身に非が有る訳ではありませんでした。
一人の人間としてみるならば、愛する家族を失う事、それはどれ程に悲しい事であるか知れません。
氏は、其れをも公的に受止められ人類の為に犠牲になったと受止められて行かれました。
ここにもまた氏の凄さと一貫した姿勢があります。
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