昨年12月頃に、非常に大きな悟りをしました。

統一教会のメンバーなら、統一教会の内部のグラつきに悩むことも多いはずです。

と言うか、真剣であればこそ悩むべきだと思うのです。

ご子女様による分派を始め、神山元会長の独自路線、江利川元会長の他教会への移籍などなど、悩まずに進める人は良いかもしれませんが、そうではない人もいるはず。

私達がご子女様のことをとやかくい言える立場ではなく、食口の不信仰によって、ご子女様が打たれる等と言うのが信仰的姿勢であると私も教育されてきました。

それはよく解っていませんが、正しい捉え方のように思います。

だからと言って、問題を全く無視して、ただ頑張れば良いのでしょうか?

顕進様や亨進様が協会と独立する立場になってから、伝道するのが恥ずかしいと言っていた私の知り合いもいるほどです。

自分が悩んでいて純粋に伝導できるのかというとそれは難しいと思います。

自分の中で確固たる信念がないといけないのです。

私は協会をただ盲信して進むと言うよりは、客観的立場を取る必要もあると考えています。

あなたは間違っていると言い合うだけでは発展がないのです。

私は教えについては、少しだけですが、亨進様の分派後の説教や独立後の神山先生の講義を聴いてみました。

ある意味納得できる内容であり、その主張は正しいとも言える内容でした。

しかしながら、突き詰めてゆくと、それを信じるための証拠というものには限界があり、肝心要の部分は結局「信仰」でしかないのです。

結論的には、「本当のところは誰も解らない」ということになると私は考えています。

じゃあどうするかというと、解らないなりに宗教生活をすればいいというのが今のところの結論です。

亨進様が正しい気がすると思うこともあります。

しかし、本当のところは解らないのです。

清平で訓母様の主体者が公金を使った?

これも本当の詳しい内部事情はよくわからないのです。

分からない私たちはどうすれば良いのかというと、祈りとみ言によって信仰を立ててゆく以外にないように思います。

私は分派している人達も理解しつつそうする必要があると考えます。

こういう中で統一原理自体についても不信を抱く人もいるかもしれません。

特に2世達は本当に苦しいんじゃないかと思います。

最後に、私の2015年、最後の悟りについて証ししたいと思います。

信仰と言うのは見えないもの確かではないものを信じるものだと思います。

一つは良心です。

良心の声に耳を傾けることが大前提です。

そして二つ目が私にとって大きな悟りでした。

それは、お父様が解明された神様を信じることと信じないことどちらが良いのか?

ということになります。

これから言う「信じる」とはお父様が明かされた真の神様を信じることを意味します。

少し解りづらいかもしれませんので、以下の内容は繰り返し読んでみてください。

「真の神様を、、

信じないが、実際にはお父様が明かされたことが真実で、神様を悲しませることが、

信じて、実はお父様が明かされたことが嘘で、騙されることよりも、マイナスだということ。

これです。

簡単に言ってしまうと、信じないで悲しみを大きくするよりも信じて騙されたほうが良いということです。