亡き父は 大学の体育会スキー部のOBでスカウトをしていました

その関係で ほんっ気で世界を目指す学生たちが

よくやってきていました


初冬の大雪山 合宿に入るまえの中継点として

または 冬 大会開催中は急遽 下宿屋に様変わり。。

父は そんな後輩たちのために わざわざそれ仕様の家を新築し

ワックスかけができるようにと 地下にガレージまでつくりました

我が家は うびうび旅館 と友達からは言われていました

そんな学生さんたちの中に 「さくらちゃん」 はいました


さくらちゃんは 東北の出身でそれほど裕福な家庭ではない出で

でも スキーをやるために 大学にきていました 本州私大 です

どのスポーツもそうだけど とてもお金がかかります

ましてや 私立大学

勉強ならまだしも スポーツで大学にいること

自分には分不相応だと さくらちゃんは密かに悩んでいました


大会が終わっても シーズンが終わっても さくらちゃんはうちにいました

「一体、いつまでいるんだろう??」

さくらちゃんは 東北のひとらしく口数が少なく そして

不思議ちゃん でした。。

いないな~と思うと ソファの陰で昼寝していたり

起きてくる時間も 食事の時間も自由。。

たまに 母はブチ切れてましたっけ^_^;

まぁ 自分の息子と同年代ですからね、、

無理もないです


1ヶ月ちょっといたでしょうか・・

さくらちゃんは 荷物をまとめて突然帰っていきました

なんなんだ、一体?? 父をのぞく家族みんな

きょとんとしていました


翌シーズン さくらちゃんはユニバーシアード日本代表になります^_^

それから 学生の誰よりも筆まめで 

遠征先からは葉書がとどくようになりました

あの時 真剣に競技を続けるかなやんでいたそうです

うちにいいた 不思議ちゃん時代

あれはあれで 必要な時間だったのだと 後から知りました


そんなさくらちゃんを ネットでみつけました

とても嬉しかったです

父も母ももうこの世にはいないけど

きっと 今の貴方の活躍を喜んでいる

いつか お会いしたいです

そして奥様とも おはなししたいです (*^_^*)