私は「志」と謂う事に対して斯く如く有りたいと意図する事。(3頁)
そして密かにリング復帰の決意をし、
歩行訓練から始めて筋トレのメニューを少しずつ増やしていきながら、
その日を迎える準備を行いました。
2008年、約2年ぶりとなる復帰戦の舞台を用意してくださったのは、
ジャガーさんと先輩のライオネス飛鳥さんでした。
あれほど強く望んでいた復帰戦もいざリングを前にすると、
まさか本当にこの日が来るとは、と込み上げてくるものを
抑えることができませんでした。
無事試合を終えた夜、私は真っ先に
ジャガーさんと木下先生にお礼を言いに行きました。
「先生のあの時の言葉が凄く励みになったんです」
「いやぁ、実は病名を聞いた時、復帰できると思ってなかったんだよ。
可能性はゼロだと思ってたんだ」
世の中には不可能を可能にする力が存在すると私は思います。
一つには固い決意と粘り強さ。
プロレスラーになれなくて悩んでいた時も、
私は必死にもがいて行動し、絶対になるんだとしか考えていなかった。
入院生活中に復帰を決意した時もそう。
そして不可能を可能に変えるもう一つの力は、
周りにいる人がどんな言葉を与えるかではないでしょうか。
苦しい時を経ていまも憧れのリングに
立たせていただいていることの幸せを噛み締めながら、
私もいつかジャガーさんや木下先生のように、
困っている誰かに手を差し延べることのできる
存在になれたらと願っています。
※救世忍者 乱丸さんの公式ブログ
http://ameblo.jp/521ranmaru/entry-11247597403.html」
併し乍、功を為さなければ「忠告してこれを善道し、不可なれば即ち止む
2012/12/16 11:11
『忠告してこれを善道し、不可なれば即ち止む』
―忠告而善道之、不可即止―
<論語>
「朋(とも)あり、遠方より来る、また楽しからずや」とは、『論語』の初めに出てくる有名な言葉である。
孔子の時代は電話などという便利なものが普及していなかったから、それだけ、友人と会う喜びも格別のものがあったにちがいない。
では、友人との付き合い方について、孔子はどう考えていたのだろうか?あるとき、子貢という弟子からそのことを問われて、つぎのように答えている。(続)
そして密かにリング復帰の決意をし、
歩行訓練から始めて筋トレのメニューを少しずつ増やしていきながら、
その日を迎える準備を行いました。
2008年、約2年ぶりとなる復帰戦の舞台を用意してくださったのは、
ジャガーさんと先輩のライオネス飛鳥さんでした。
あれほど強く望んでいた復帰戦もいざリングを前にすると、
まさか本当にこの日が来るとは、と込み上げてくるものを
抑えることができませんでした。
無事試合を終えた夜、私は真っ先に
ジャガーさんと木下先生にお礼を言いに行きました。
「先生のあの時の言葉が凄く励みになったんです」
「いやぁ、実は病名を聞いた時、復帰できると思ってなかったんだよ。
可能性はゼロだと思ってたんだ」
世の中には不可能を可能にする力が存在すると私は思います。
一つには固い決意と粘り強さ。
プロレスラーになれなくて悩んでいた時も、
私は必死にもがいて行動し、絶対になるんだとしか考えていなかった。
入院生活中に復帰を決意した時もそう。
そして不可能を可能に変えるもう一つの力は、
周りにいる人がどんな言葉を与えるかではないでしょうか。
苦しい時を経ていまも憧れのリングに
立たせていただいていることの幸せを噛み締めながら、
私もいつかジャガーさんや木下先生のように、
困っている誰かに手を差し延べることのできる
存在になれたらと願っています。
※救世忍者 乱丸さんの公式ブログ
http://ameblo.jp/521ranmaru/entry-11247597403.html」
併し乍、功を為さなければ「忠告してこれを善道し、不可なれば即ち止む
2012/12/16 11:11
『忠告してこれを善道し、不可なれば即ち止む』
―忠告而善道之、不可即止―
<論語>
「朋(とも)あり、遠方より来る、また楽しからずや」とは、『論語』の初めに出てくる有名な言葉である。
孔子の時代は電話などという便利なものが普及していなかったから、それだけ、友人と会う喜びも格別のものがあったにちがいない。
では、友人との付き合い方について、孔子はどう考えていたのだろうか?あるとき、子貢という弟子からそのことを問われて、つぎのように答えている。(続)
木下博勝
2012/12/16 12:34