私の家族は普通ですか?

私の家族は普通ですか?

主に母、そして私の家族について振り返るブログです。

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話が色んな所へ行き、読みにくいですよね。

すみません悲しい


中学一年生の夏、父と母が離婚した頃に戻りたいと思います。



離婚時、母に「なんか嬉しそうやな?」そう評されるほど、新しい生活に胸躍らせていた私ですが、離婚の波紋は少しずつ少しずつ広がっていっていました。



今となっては親友の、ある女の子の言葉で目が覚めた私は、その後友達にも恵まれて、楽しい学校生活を送っていました。



それでも私は、自分が幸せな家庭にいるという仮面を外すことはできずにいました。

それは両親の離婚後も同じで…。



両親の離婚、それは外に絶対にバレてはいけない出来事でした。



なのでいくら寂しくても悲しくても、私は学校内では笑顔を絶やさずにいました。

時には大袈裟なくらい友達の話に笑っていました。

そんな家庭でも私は笑ってやる。誰よりも楽しく過ごしてやる。と、もはや意地でした。



そんな私でしたから、それまで学校の先生も、私は恵まれた家の子だと思っていたのだと思います。

家が辛いとか、そんな事で話をしてくる先生は誰一人としていませんでした。

父も母もわざわざ懇談などで家庭の事情を話さなかったのだと思います。



しかし離婚して少しした時、私が席でたまたま1人用事をしていると、当時の担任が声をかけてきました。



「ほし、お母さん、出て行ってんてな。寂しかったな。なんかあったら先生に相談しろよ」



当時の担任は定年間際のイケメン紳士で、それはそれは優しい先生でした。

その時も、優しく本当に心配そうに、私がひとりの時を見計らって声をかけてくれたのでしょう。




でも当時の私は、その声掛けが許せませんでした。



必死で隠していたんです。

それなのに、席に1人の時とは言え、近くに居る子達に聞かれていたんじゃないか。

噂にでもなったらどうしてくれるんだ。



それに寂しい?

そんな一言で片付けられるほど、単純な話じゃない。

離婚後の父と母は今までになく優しくて、私の生活は穏やかで、もう喧嘩も見なくていい。

それなのに、私はいつも悲しくて、寂しくて、何かできたんじゃないかと悔しくて…。



その時は「はい、ありがとうございます」

そうとだけ必死で返したけれど…

部活も休んで、家に帰って大泣きしました。




今でこそ、その先生には感謝しかありません。

きっと仕事が忙しい中、わざわざ心配して声をかけてくれたんです。私の思いもきっと話せば聞いてくれたと思います。

けれど、その時の私には、自分の思いを誰かに聞いてもらう、そんな余裕はありませんでした。