こんにちわ。
ていうか、こんばんわかな?(笑)
前回の記事は、もうなんともいえない、コメントしにくいもので失礼しました。
12月2日の夜から、夜行バスに乗って、
宮城県気仙沼市に、ボランティアにいってきました。
講習会を経て、ボランティアに行ったわけですが、
一人一人が、ちゃんと趣旨を持って行っていたので、自分が恥ずかしくなりました。
ただただ、“ボランティアにいきたい。”て思っていただけだったので・・・。
でも、行きたいと思ってても、実行できないよりは、実行できただけよかったなーと思います。
まあ、自己満足なんですが。
朝6時過ぎ、初めて、被災地を自分の目でみた。
TVでみてるもの、そのまんまでした。
家の1F部分が流されていたり、車も流されていたり・・・悲惨そのものでした。
ここに以前人が住んでいたのか?と思うくらい、荒れていました。
震災が起きてから、約8ヶ月・・・。
損壊している家も片付けられていないのが現状でした。気仙沼の人によると、まだ、家が解体されていないのは、だいぶ遅いようです。
これを聞いて、まだ、復旧には時間がかかるものだと思った。
津波の影響で、町が流されていくなか、南町の方々の死者は少ないと聞きました。
それは、早めの避難と、人々の協力の結果だと聞いた。
人ってやはり、一人じゃ生きていけないと思いました。人々の協力があって、今の生活があるとと気仙沼の人がおっしゃっていて、言葉に重みがあると思った。
朝ご飯は、炊き出しのカレーと、ひじきと、お吸い物をいただいた。
すごいおいしかった♪♪
食べながら、今日やるボランティアの内容についてききました。
気仙沼には、大規模な商店街(150店舗ほど)が震災前にはありました。
しかし、町が流されてしまい、なくなってしまった。
その商店街は、気仙沼で一番流行っていた、活気が溢れていたところでした。
元気な町を取り戻そう!という気持ちから、この商店街を復活させようというプロジェクトが始まった。
仮設の店舗になるが、約50店舗が集まって、商店街を形成。
その仮設店舗のペンキ防止のためのビニール貼り、ペンキ塗りをお手伝いした。
雨、風が強く、気温も低かったため、大変でした。
でも、時間がすぎるのが早かった。
とてもやりがいのある仕事でした。
少しでも、役にたてた、痕跡が残せてよかったと思いました。
それで昼ご飯♪
ミネストローネ、炊き込みご飯、ポテトサラダ、ジュース。
好き嫌いをしてしまい、申し訳ないことをしてしまった。
だけど、あたたかいご飯は、とても身にしみて、おいしかった。
今回、ボランティアで使用した備品も、被災地の方が苦労して、集めたお金であったため、粗末な扱いをしてしまった人がいたというのはとてもショックでした。
1つ1つのものも大切にしていかなければと思った。
気仙沼の人には感謝してもらえて嬉しかった。
被災地の人だからといって、元気がないわけではなかった。とても、元気であり、とてもおもしろいかたでした。これからは、復興に向かっていく、気仙沼市。
今の現状を身近な人、周りの人、日本の人、そして海外の人。
色んな人に伝えていきたいと思った。
少しでも、現状をしってもらって、ボランティアに参加してもれればなと思った。
名前を聞き逃してしまいましたが、お世話になった気仙沼市のおじさま、とても気さくで、おもしろくて、一日で大好きになりました。
また行きたい、そしてボランティアに参加したいと思った。
最後にみんなで写真をとって終わり!
とても貴重な経験になりました。
ぐだぐだで、出来事を連ねているだけの、意味わからない日記ですけど・・・。
読んでくれてありがとうございました。
☆最後に・・・
少しでも、ボランティアに参加したいと思ってくれた方のために、詳細を。
今回は、金曜の夜~土曜の夜にかけてのボランティア活動。
学生は1000円、社会人は8000円の経費。
+保険代(600円or1000円)という格安な費用でした。
東大のUT-Aidという団体がやっているボランティア活動なので、
詳しくは http://utaid.yu-yake.com/
をご覧ください。
少しでも広まっていけばいいです。
では終わります。