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義祖父が『風』になりました。

闘病生活を送っていた義祖父が、


1月14日 午後11時20分に、亡くなりました。



妻の母方の祖父にあたるのですが、


私にとって、唯一の“おじいちゃん”だったので、本当に辛いです。


おじいちゃん子だった、妻の悲しさ辛さはとても大きいものだと思います。


私も義祖父とは、8年お世話になりました。


義祖父とは、お正月や収穫季、歌舞伎などの折に


共にお酒を酌み交わしたことを思い出します。


なぜだか、私も義祖父とお酒を飲む時が、


一番お酒を酌み交わしている。


という思いがしました。


そして、いつも、ついつい飲みすぎてしまいました。



義祖父は、特に、お正月を楽しみにしており、


「いい正月だな~、偉かったな~」


と満面の笑みで何度も、


何度も言っていたことを思い出します。



昨年末より、入院していたのですが、


1月3日に一日だけ退院しすることが出来ました。


その時には、僕が持っていった孫の写真のアルバムを


「いい写真だな~」


と、とても嬉しそうに眺めていました。


孫達と一緒に最後の写真を撮ることも出来ました。



そして、1月4日には病院に戻ったのですが、


義祖父のたっての希望で、1月13日に一時帰宅することが出来、


13日には、私たちも義祖父に会いに行きました。


その日は、義祖父もとても元気で、


いつものように、孫達に、


「偉かったな~、偉かったな~」と、満足そうな笑みを浮かべ、


僕にも「いろいろ頼むな」と、力強い目で声をかけてくれました。



そして、大好きなコーヒー牛乳を飲み、妻がプリンを食べさせ、


「うまいな~」と、とても嬉しそうに笑ったそうです。



これが、僕たち家族との、最後のお別れになってしまいました。



そして、今朝、義祖父の死に向き合いました。


覚悟は、出来ていましたが、涙が止まりませんでした。


4歳の娘にとっては、初めて死ということを知るため、


僕から説明しました。


じいじは、ずっと眠ることになったんだよ。


でも、風になって、いつもそばにいるんだよ。と。


娘は、すぐに理解したようで、泣きそうになりながらも、


我慢して、しばらく黙っていました。



『千の風になって』の詩は、


今の僕にとっても、勇気付けられました。


じいじは、本当に風になったんだと思います。


そして、いつまでも僕たちを包んでくれると思います。




また、義祖父は、以前このブログ でも紹介しましたが、


無形文化財として指定されている、


農村歌舞伎の師匠として活躍されていました。



昨年10月に行われた、歌舞伎の際には、


メイクを担当し、元気な姿を見せてくれていました。




義祖父は、やさしく、笑顔が素敵な方でした。


義祖父のそんな表情に何度も癒されました。




でも、歌舞伎の際には厳しい表情になり、


師匠として、歌舞伎の後継者の育成に励んでいました。


歌舞伎の伝統継承においての、祖父の貢献は


とても大きいものだったと思います。


近年は、現役から退いてはいましたが、


師匠としての義祖父の存在は大きく、


歌舞伎においても、これからのことが心配ですが、


きっと義祖父の思いを継承してくれると信じています。




じいじ、、


これからは、じいじの思い出を胸に、


みんなで仲良くがんばるので、


安らかにお眠りください。


本当に、沢山の思い出をありがとう。


これからは、風になって見守ってください。


最後に、『千の風になって』の詩を引用し、


この詩を胸に、最後のお別れに望みたいと思います。



『千の風になって』

私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています


秋には光になって 畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように きらめく雪になる
朝は鳥になって あなたを目覚めさせる
夜は星になって あなたを見守る


私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています


千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

あの大きな空を
吹きわたっています


新井満, 萩田光雄, Satoshi Yoshida
千の風になって