負い目があるから、僕を熱心に誘うんだ。
椿子違うわ!ほんとうに才能を認めているのよ。
小海なぜ、今頃になって話を持ってくるんだ?椿子条件が整ったから。
小海独立のためのブレーンが必要になったんだ。
僕は、捨ててもいい持ち駒のひとつで。
椿子小海!やっぱりあのときのこと、気にしているのね。
小海まさか。
三矢昔のことって何ですか?原木さんに何があったんですか?明るいまま、
全員で、テーブル二つを隅に片付け、椅子を一列に並べる。
小海、椿子は舞台中央に離れて立つ。
魚正、三矢は隅に座る。
椿子今から二十年前。
小海、電話の脇から雑誌を一冊取る。
小海(雑誌を広げて読む)
「アイドル松河椿子とミュージシャン原木小海の熱い夜」
って、なんだこれ?!椿子、電話をかけるそぶり。
小海、電話をとるそぶり。
椿子ごめんなさい。
記事。小海たいへんだったろう。事務所は?椿子慣れてるから、
うちの事務所は。
小海なんで、あんなところの写真が。
椿子レストランから出てきたところよね。
小海十人くらいで食事したあとだ。
椿子わたしと、マネージャーと、
次のアルバム制作のミュージシャンやプロデューサー。
小海それがなんで、
二人の「熱い夜」?椿子小海が、
いちばん売れてるミュージシャンだからよ。
小海君が旬のアイドルだから。
椿子彼女さんには、ちゃんと話した?小海連絡取れないんだよ。
椿子あたしが話しましょうか?小海いや、僕が手紙を書くよ。
僕から書いたことなかったから。
椿子花柄の便箋がいいわ。
椿子、電話を切るそぶり。
小海、電話を切るそぶり。
小海僕は、婚約者である彼女に、最初で最後の手紙を書いた。
記事は全くの誤解であること。
何より自分が好きなのは、彼女一人であること。
手紙が届く頃電話するから、会おうと。
小海、便箋を折って、ふうとうにしまうそぶり。
小海手紙は、三度書き直し、投函するのに二日迷った。
その間に、松河椿子のアルバムの曲を書きデモテープを作った。
椿子、テープをヘッドフォンで聴くそぶり。
椿子曲は、いい出来だった。
小海手紙を投函して二日後の夜、婚約者の妹と名乗る人から電話があった。
彼女は、死んだと。
数日前に交通事故で。
家族だけで葬式も納骨も済ませた、と。