2020 8/26
2020年春、この突然のコロナ危機を受け、Kちゃんが所属する劇団は劇団創設以来の大きな窮地に立たされていました。
Kちゃんが出演していた作品のキャンセルも含め、劇団中止公演は1000本以上、損失額は85億円に上っていました。
作品の中止が次々伝えられ、苦労してオーディションで勝ち取った出演を失い稽古場で悔し涙を流す仲間の痛みは
Kちゃんの心にも突き刺さっていました。
作品の出演を失うということは同時に仕事も失ってしまうということ。役者は学生ではありません。
先が見えない不安の中、
劇団内は暗雲に包まれていました。
いつ劇場が再開されるか分からない、稽古もいつから出来るか分からない、
作品に配属されない俳優は解雇になるのか?
仕事がないなら、働くしかない、俳優の仕事を諦めるべきなのか?
多くの俳優やスタッフが突然人生の岐路に立たされていました。
何も出来ないままステイホームを続けるKちゃんも、自分がやるべきことは何なのか?
自分はどうしたいのか?深く悩んでいたのでした。
この頃電話でこれから先のことについてKの悩みを聞きながら、私は思っていました。
もし、劇場が再開された時Kちゃんに仕事があるならば、力を尽くしてそれに邁進するだろう。
でも、もし、配属がないまま劇団に籍だけ置く形を強いられるなら、Kちゃんは次のステージを探すだろう。
「新たな自分の可能性を信じて走り続ける」
高校生の時からそうやって走ってここまで来たのだから、
これからも彼女はそうするだけ。
彼女の目的は昔も今も「何かになる」ことではない。
その日4時間ほど電話で話をしたのち、Kちゃんはスッキリした声で
「頑張ります!」と言って電話を切りました。
その後劇場は再開されKは名古屋で上演されるライオンキング に配属されました。
稽古を経て、今、灼熱の名古屋で舞台に立っています。
つい先日、Kちゃんからメールがありました。
K「先生、久しぶりの舞台はキツイですが楽しいです。
今日は休演日だったので東京にオーディションを受けに行ってきました。
明日も名古屋で本番なので今東京から新幹線で戻っている途中です。
昔は歌うのが大好きで、楽しく幸せでした。
でも最近私は怖いのです。前より緊張するようになりました。
今日も最初はよかったのに、やはり途中から緊張が湧き上がり、後半は酷く音痴でした。
精神力が足りません。怖いもの知らずだった時代は過ぎました。
強くなりたい、と心から思います」
私はKが落ち込んでいると感じました。
返事にこう記しました。
私「恐れや不安が緊張を呼ぶんだと思うけど、それは自分を俯瞰して見る目が育っているからだと思う。
楽しい!っていう時は自分の事だけ考えている時だけど、(それはそれで尊いこと)
他者の価値観を強く意識するようになると、途端に目の前の景色は違ったものになる。
私の経験を話すと
私は、自分の作品の作詞や作曲は、自分の思うまま自分が納得出来る限りのことを尽くしてに自由に行うので、出来上がったものを、聴いた人がどう捉えるかや、どう感じるかをあまり気にしていません。極端にいうと、自分に嘘がないので、賛美も酷評も同じ位に自分には意味がないのです。聴いた人が「すごくよかった!」と言ってくれたら嬉しいけど、「自分の曲が響いた!」とはあまり思っていません。その人の何かがドンピシャで私の何かと共鳴したんだな、と思う感じです。
奇跡の様だな。素晴らしいな。と感じる位です。酷評は気持ちが抉られますが、だからといって失うものもありません。
でも、中学の卒業式用の歌を作った時、みんなに「この歌をうたうよ」と初めて聴かせる時、
物凄く不安になりました。前の晩は寝られませんでした。
これまで出会った全ての生徒のことを思い出しながら、みんなの気持ちを代弁出来る歌を作りたいと思って書いた曲です。私の思いを描いたものではなく、100%生徒に寄り添って作ったつもりの曲です。
「それがみんなに届かなかったら全く意味がない」と思うと、「みんながこれを聴いて自分の歌だと感じられるだろうか?」と思うと、何の確信も持てず、目の前は不安のみでした。
この怖さ、技術力とか、経験で克服出来るものじゃないんだよね。他者は未知なもの、自分とは全く違うもの。そういうもうひとつ、ふたつの価値観を意識した時、途端に自分の中で答えがなくなってしまいます。
K達は、自分以外の誰かが思いを込めて作った作品を、作品の価値を落とさないように表現しないといけない、尚且つ、不特定多数のお金を払って下さるお客様に確かなものを見せなくてはいけない、
物凄く沢山の価値観に晒される中、自分に集中して自分の中から何かを見つけて勇気を出して表現しないといけない。
言い換えると永遠に確信が持てないサイクルに入るってことなんだけど、
他人が作った作品を表現することに苦しさを感じたり、もどかしさを感じる人は、自らが作家になると思いますが、作家にとっても「物語は他人に語られて初めて真実になる」ことに違いはなく、
ここでも他者は切り離されません。
恐れや不安がつきまとうのは、広い世界に身を置きながら、ちっぽけな自分の可能性を自力で拡げ、真実に触れようと頑張っている証拠だと思います。
自己満足とは別世界なんだよ。
プロになった証拠だよ!
ア―ティスト=プロ
ではない。
プロ=稼いでる人
でもない。
プロは、他人の価値観にさらされながら、その不安の中で、確かな仕事をする人なのかな、と書きながら思いました。
私はまだ全てにおいて自分がプロだとは思えない(笑)
目指してるのかどうかも分からない。Kの足元にも及ばない。
でもKが立たされている場所がどれほど心細いところなのかは分かります。
確かにそれはゴ―ルのない道やわ(笑)
ご飯しっかり食べるんやで~」
Kからの返事にはこうありました
K「落ち込んでいないつもりでしたが、とても励まされている自分に気づき、落ち込んでいたんだと思いました。
最近はオーディションでひどく手足が痺れます。ひしひしと自分の弱さを思い知らされます。
でも私には挑戦したいという確かな気持ちがあります。
常に他人の評価に晒される、比べられる、この苦しみの中で自分を表現し、作品を愛していくこと。
道のりは長いです。でもここからやっと、私のプロとしての道のりが始まってゆくのですね。
5年目にして、やっとそんなことが分かってきました。
Aちゃんが昨日K先生のもとを離れました。
長い長い時間の中で彼女は疲れてしまったそうです。
歌の道を諦めるそうです。
私はずっとK先生にAちゃんと比べられていました。そして私は「Aちゃんには勝てないんだ」と知りました。
あんなに上手なAちゃんに道が開けず、後から来た子たちがどんどん羽ばたいていく。
彼女の気持ちを察しました。
いつも大きな愛で応援してくださってありがとうございます。
明日も全力で生きます。先生のように誰かのために力を使える人間になりたいです。」
Aちゃんというのは、Kが高校生の時に出会った運命のライバルです。
K先生の秘蔵っ子でした。
以前この記事でAちゃんのことを書いたことがあるので、読んだことがある方は思い出していただけるかな?
https://ameblo.jp/u2ma/entry-12462196019.html
私はAちゃんの歌が大好きでした。そしてそれ以上にK先生がAちゃんを大切に大切にしていることもよく分かりました。
でも、秘蔵っ子というのは、蔵から自力で抜け出して羽ばたかなければ自分を見失う。
K先生はAちゃんを大切に大切にするあまり「私がこのこのことを一番わかっている」と彼女の可能性を限定してしまっているのではないか?と勝手に心配していました。
AちゃんがK先生から受け継いだものは純粋なもの、確かな技術、そのことにはなんの濁りもないけれど、
先生の元を離れなければ、与えられたものも苦しいものに変わってしまう。
そのことはKちゃんが演じた「カモメ〜」のお話とも重なります。
K先生の元を離れる決心をしたAちゃんが「歌の道を諦める」と決めたことに物凄く複雑な気持ちになりました。
でも、ここからAちゃんの道はまた始まる。
苦しみを経て、自分で見つけたAちゃんの新しい歌が聴きたい。
きっとKちゃんもそう思っているはずです。
闘ってきたものにしか分からない痛みや、表現し続けてきたものにしか分からない景色があって、
まだ若いのに、そういう世界を共有している二人に、心からの敬意と、エールを送っています。
高校の文化祭で「Let it go」を歌うAちゃん
二人は違う高校に通っていたので、私はこのステージを観ていませんが、
同じくKちゃんも文化祭で「Let it go」を熱唱してたんだよね笑
怖いもの知らずの頃でした。
凄く懐かしい。凄く眩しい。
そして今二人の成長の痛みが染み入ります。
がんばれ!!
