鈴木一平や、その他、いろいろ考察 -3ページ目

鈴木一平や、その他、いろいろ考察

鈴木一平や、その他、いろいろ考察

宣教師は十二日間ただの一人にも出会うことなく旅をしたと云い3)[#「3)」は縦中横、行右小書き]、また非常に広大な土地にわずか三、四の散在する部落が見られただけであるとも云っている4)[#「4)」は縦中横、行右小書き]。かかる荒野のある所は鳥獣を全然産せず5)[#「5)」は縦中横、行右小書き]、従って全く人影がない。ある程度鳥獣のいる他の場所では、狩猟期になると猟の部隊がやって来、獲物の有るに従って各地に天幕を張って止り、従って文字通りそこで産する生活資料の量に比例して人が住むことになるのである6)[#「6)」は縦中横、行右小書き]。
これらの原因は、おそらく、人口を生活資料の水準に抑止して余りあるように、思われるであろう。そしてそれは実際、インディアンの女子の出産性の小なることの報道が、普遍的に、または大体にでも、本当であるならば、その通りであろう。おそらくある記述は誇張であろうが、どれがそうかは云いにくい。そしてこれら一切の誇張を斟酌しても、それは右の点を確立するに十分足るものであることが、認められなければならない。
 
アメリカの他の地方は人口が比較的稠密であると云われている。例えば北部大湖水に接した地方、ミシシッピイ河の両岸、ルイジアナ、及び南アメリカの諸地方がこれである。この地方では、その地が鳥獣や魚を産する多少や、住民の農業上の進歩に比例して、村は大きく、またそれは互に接近している1)[#「1)」は縦中横、行右小書き]。メキシコ及びペルウという人口稠密の大帝国のインディアンは、疑いもなく、もっと野蛮な彼らの同胞と同じ祖先から発し、そして本来は同じ習慣を有っていたに違いない。