前回の記事が2022年の7月だったので、
だいたい半年くらい経ち、
またこうして書こうと思ったということは、
心が落ち着きつつあるのでしょうか、、、
しかしながら今振り返れば、
夏頃からの色々な不調は、
愛犬を失った悲しみも理由の一つだったのかなと思うようになりました。
そう思うようになったというのも、もしかしたら悲しい出来事を客観的に見れるようになったということなのかも、、、
だけどそれすらも寂しく思えてしまいます。
どれだけ辛くてもあのときの気持ちを忘れずにいたい、、、
そのためにも、前回は書かなかった詳細を、
忘れないうちに記しておこうと思います。
忘れてる部分はおいおい追記します。
愛犬に一番初めに不調があったのは、いなくなる前の年の夏頃でした。
初めてご飯を食べなくなり、体も動かさず寝たきりになり、毎日点滴に通院しました。
本当は入院だったのですが、散歩にも行かず家の中で飼っていてなんせ犬見知りだったので、
かわいそうに思い毎日通うことにしました。
そのときは、もしかしてだめなのかな…と思いましたが、持ち堪え、復活してくれました。
が、そのあと私自信が同じ臓器がやられ入院しました。笑
私をこの子の身代わりにしてくださいと神様にお願いしたからかなと思っています。そういうのってきっとあるんじゃないかなと思います。
が、その一年後となる昨年、また同じようにご飯を食べなくなり、寝たきりになり、また点滴に毎日通院しましたが今回は残念なこととなってしまいました。
食べてほしい思いから、本当にあの手この手を尽くしました。
食べてくれない困った気持ちと悲しい気持ちと焦りと諦めそうになるときもありましたが、
そのときがあったから今後悔せずに済んでいるのかも。
亡くなる一週間前くらいから痙攣がはじまりました。
元気なときも数年に一度くらいのペースでてんかんは起こしていました。
が、亡くなる前のは震えて倒れるようなもので、
その症状と頻度がどんどん酷くなりました。
(今思い出しながら書いていて、倒れたということは、完全に寝たきりというよりかは調子のいいときはたまに立ち上がっていたように思います)
亡くなる数日前にはとうとう先生から、
これ以上は薬も効かないため点滴は終わりにしましょうと言われました。
こちらも本人をみていてわかっていたので、その通りだと思いました。
慣れない病院より、家で過ごす方が幸せだと思いました。
知らない場所のゲージに閉じ込められて嫌だったようで出してほしいと動いていたためか毎日あちこち傷ついて帰ってきてもいたので、、、
先生からは最後は大きな痙攣を起こすだろうが、本人の意識はなく辛くはない、と言われていました。
この言葉にとても泣きました…
ああもうすぐなのだなと言う思いと、先生の優しさにです。
そして、言われた通りになりました。
最後は看取ることができました。
そのあとはずっと心を無にする日々です。
涙涙で書いているので、
この記事はここで一旦おしまいにします。
ありがとうございます。
