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『@DOMMUNE』 宇川直宏

@DOMMUNE---FINAL MEDIAが伝授するライブストリーミングの超魔術!!!!!!!! (DOMMUNE BOOKS 0002)

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ソーシャル・ストリーミングの本当の魔法を見せてやる!

DOMMUNEとは、月曜~木曜日にかけて配信される、日本初のライブスタジオ兼チャンネルで宇川直宏が主宰している。これは国内外の様々なゲストを呼び開催される、19時から21時のトーク・プログラムと21時から24時のDJプログラムの2部で構成されている。「ソーシャル・メディアの夜明け」と語られた2010年に「ファイナル・メディア」として忽然として現れ、今や百花繚乱のUST番組の中でも、記録的なビューア―数と番組の質を誇っている。

っていうか、もはや観てもらった方が早いですね。ここです。

宇川直宏氏は、今、「現在」の自分の職業はDOMMUNEだ!!!!!!と言い切る。そしてDOMMUNEは極私的な「現在美術」作品であるともいう。

何故、テレビ不振の現在、USTとはいえ同じ映像番組のDOMMUNEにこれだけ視聴者が集まるのか??

それは本書での宇川氏による次の発言の中にそのヒントが伺える。

「遡ってテレビの時代なら、アポロ11号が月に初めて着陸した現場、湾岸戦争、日本人なら浅間山荘事件、梅川昭美の三菱銀行強奪事件とか、それらのライブ映像の共有の歴史は、それぞれ世代を反映しています。
あの瞬間、僕らの心を奪ったものの正体とは一体何だったか?~~~
もう1つ、例えば生放送で有名な『8時だヨ!全員集合』の話をすると真っ先に上がるトピックは何か?人々の記憶に強烈に残っているのは『ボヤ騒ぎ』と『停電』なんです!つまりどちらもコントではなく<偶発的事故>だということです。このことはDOMMUNEが何を拾い上げようとしているのかを言い得ています。結局、僕たちがこだわりたいのは<実験と偶発的事故>なんですよ!」

DOMMUNEはそのような実験と偶発的事故が起こりえる環境、つまり「純粋なエンターテイメント」の生の現場を作り続ける。
それは第一の現場であるフロア、第二の現場であるUST、第三の現場であるツイッターによって我々を魅了する。
この生のコミュニケーションこそがDOMMUNEの大きな魅力のうちのひとつだ。

更に宇川氏はこの夏、DOMMUNEの完全フリーフェスも企画していたのだが、悪天候のため残念ながら中止となってしまった。そしてDOMMUNE本体もいまだ赤字経営のままである。

本書含むDOMMUNE・BOOKSはその貴重な収益元でもある。
三田格、伊藤ガビン、都築響一、渋谷慶一郎、津田大介、磯部涼、松本俊夫、倉本美津留、ひろゆき・・・なども対談で登場するこの豪華本を是非、みんな買って頂き、DOMMUNEの存続に協力してほしい!!

って、僕はDOMMUNEの回しものでも何でもないけど、早く帰ることの出来た平日にDOMMUNEで世界中の仲間と素晴らしい音楽で繋がれるのは、本当に幸せなことだから!!!!!!!!!!!!



『虐殺器官』 伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

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百万単位(メガデス)を思考するための文学。

「ゼロ年代ベストSF」第一位!
本書の圧倒的な面白さ、緻密さ、世界観を読んだ後はもう「伊藤計劃」しか読む気がしなくなる。
しかし、オリジナル長編として残っているのは、テーマ的に続編にあたる『ハーモーニー』しかなくて、これはもう読んだから、後はゲームノベライズの『メタルギアソリッド』を読むしかないか・・・

戦場の描写、流れる音楽など、非常に映画的でリーダビリティ溢れるのが本作というか伊藤計劃の特徴で、映像が頭に自然に浮かんでくる。例えば次のような場面。

床下を這いうち、クラシックが聴こえてきた。ベートーベンの「月光」。月も出ていない、死者の脂が燃えて雲底を赤く照らし出す地獄のような夜には、皮肉としか言いようのない美しい曲だ。

そして、この「月光」が流れる中で交わされるなかで、大量虐殺を主導した男が漏らす疑問が、この小説のミステリー部分となる。

「たのむ、教えてくれ、俺はなんで殺してきた」

大量虐殺には常に謎の男が関係していて、その男を捕えること、そして何故、その男の関係するところに虐殺が起こるのか、そして男の真の目的とは何なのか?それらがスリリングな展開の中で追われていく。

とはいえ本書のSF的、ミステリー的、戦争もの的なエンターテイメントの裏には、文明的に進歩してきた今日の世界ゆえの複雑な(シンプルな)哲学的問いがある。

たぶんそれは、哲学の仕事のはずだ。
けれど、腹の立つことに哲学にとってテクノロジーは重要な要素ではなかった。テクノロジーが人間をここまで分解してしまっているのに、哲学はいまだ知らんぷりをきめこむばかりだった。

伊藤計劃は哲学が解明しえない事柄をSFの力で明らかにしようとしている。
それは、この世界がどのような犠牲の上に成り立っているのかというものを暴きだしている。
エピローグにおいて主人公がとった行動は、そのような世界に対する反抗だ。

9.11後に書かれた本書は、「テロの起こる世界」の成り立ちを明らかにした。
もし、3.11後の日本に伊藤計劃が存命していたら、どんな物語を書いてくれただろうか。

モチベーションを思うまま高める法 / 小山龍介

モチベーションを思うまま高める法

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揺るぎのないモチベーションの源泉とは、すなわち自分自身への純粋贈与


元気があれば何でも出来る!!!とはよく言ったもので、確かに元気があれば、というか、モチベーションがあれば大抵のことは上手くいく、というか、少々辛いことがあっても乗り越えられるのだけれども、逆にモチベーションがあがらない時というのは、何をやってもうまくいかない、だるい、めんどくさい、何なら朝起きることさえもしんどいということになってしまう。


ですので、どうやってモチベーションをあげるのか、モチベーションを維持し続けるのかというのは人生を生きていくうえで、永遠の課題であるともいえます。


本書は、モチベーションを高めるにはどうしたら良いのかを徹底的に考え抜いたものですが、他の多くのビジネス書を大きく違う点は、大企業ですら明日は倒産するかもしれない、リストラされるかもしれない、こんな時代において、「成功できないかもしれない」ということを前提においているということです。


先の見えない現在において、達成できるかわからない成功を目指すことは、かえってモチベーションを下げてしまうでしょう。

にもかかわらず、多くのビジネス書は、努力の結果、必ず成功するかのように書かれてます。

残念ながら「努力することで必ず成功する」ということは、ありません。


とすれば「成功するために努力しよう」という目的の設定が間違っているのです。

努力そのもの、取り組んでいることそのものが楽しい、ワクワクする、どんどんやりたい・・・。

そうした気持ちから無心に取り組む。

その結果、思いもかけない成果を手に入れる。

成功は直接の目的ではなく、あくまで副産物と考えることが重要なのです。


自分自身の中にある絶対的な基準に照らし合わせて、モチベーションを高めていく。


自分の心に素直に生きる。

内発的動機づけに従って生きることが、幸せにつながり、そして圧倒的な活躍につながっていきます。


これは幸せとは「結果」ではなく、「過程」つまり、行為そのものの中に、潜んでいるということを言っているのではないかと思います。

であるとすれば、他人の評価や世間的な成功ではなく、自分の本当にやりたいことをやることが結局のところ大事なんでしょう。

自分の本当にやりたいことは「やりたい」と思うことなわけだから、モチベーションが溢れ出て当たり前ですね。


しかし、ここで、現代人の大きな問題にぶつかります。

そもそも、やりたいことがない、わからないといった問題です。(自分探しなんて言葉がいまだになくならない)

本書は、「青い鳥」のように、実は日々の仕事や生活の中にモチベーションの種がつまっていること、どのような考え方や行動を起こしたら、やりたいことが見つかるのかということを示してくれます。


そして、本書を読み進めていくうちに「モチベーション」そして「行動すること」自体が喜びなのだということに気づきます。


本文中に作家の高橋源一郎氏のツイートを引用した文章があります。


「カフカに宮沢賢治、ゴッホにヘンリー・ダーガ―、このリストは無限に広がる。生前の彼らを認める人は皆無に等しかった。けれど、僕は、彼らが生きていたのが地獄ではなかったと思う。なぜなら、彼らは書くこと、描くことによってある種の『世界の秘密』に辿りついたのだ」


評価されなければ、やる気がしないなどということとは全く無縁な世界で、自分が信じることをやり続ける。

それは強さでもあり、他者に依存しないという意味で、「自由」だといえます。


いつでも自分自身でモチベーションを高められる人というのは、イコールとても「自由」な人といえるのではないでしょうか。







Twitter社会論 / 津田大介

Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)

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数秒レベルのリアルタイム情報発信プラットフォームを創ったことで、ツイッタ―は「現実社会」と深く結び付くインフラになった。

自分の思考や行動をつぶやけばつぶやくほど、そのダイナミズムに身を任せる快楽は深まっていく。


ツイッタ―は面白い!!!!!


って、何をいまさらって感じだけど、最近、本当にハマってます。1年前にアカウントをとったきり放置していたのが信じられないくらい・・・

ツイッタ―は使い方、楽しみ方さえ、わかってくれば本当に面白いし、可能性に満ちたものだと思う。

一日のうちに一番開くウェブサイトは何かと問われたらツイッタ―だと答える人は多くいるだろうし、僕もそうだし、その位の中毒性がある。


本書はそんなツイッタ―の有名人、津田大介氏がツイッタ―の魅力と可能性と社会に与えたインパクトについて著したものだ。(まえがきで著者自身が書いているように社会学的なものでは全くない)


ツイッタ―の魅力、その特徴とは何か。

筆者は以下の6点をあげている。



「1.リアルタイム性」、「2.電波力が強い」、「3.オープン性」、「4.ゆるい空気感」、「5.属人性が強い」、「6.自由度が高い」


そして、そのなかでもやはり一番の特徴として「リアルタイム性」というところだろう。

テレビ放映だってライブだってなんだって、リアルタイムが一番面白い。


何と言ってもこれらの中で最大の特徴、それはツイッタ―の高い「リアルタイム性」だ。

各ユーザーが、現在自分が置かれている状況を随時ツイッタ―につぶやくことで、それらがタイムライン上に共有される。

何かが起きた瞬間と、それが書かれた瞬間、そしてそれが誰かの目に触れる瞬間がほぼ同じタイミングのため、非常に現実社会への結ぶつきが強く感じられるのだ。


そう、このリアルタイム感がツイッタ―の力なのだ。

それは、先日の東日本大震災の際にも強く感じた。


こうしたツイッタ―検索のリアルタイム性の持つ力を実感できるのは、何か社会を揺るがす事件や災害が起きたときだ。

例えば、地震で揺れを感じたときに、ツイッタ―検索で「揺れた」「地震」といったキーワードを入れてみよう。

地震の場合、地域によって震度が異なるので、「物が落ちてきて怖かった」という大きく揺れた地域の人の感想から、「あれ?揺れてる?」と被害がほとんどなかった地域の人の感想まで網羅的に見ることができる。


このような場合、ツイッタ―の方がテレビの地震速報などよりも早い。

大量のユーザーがつぶやきあったりリアルタイムな情報は、「検索」という串刺し的に閲覧できる環境があることで更なる価値を生み出す。


グーグルなどの検索サイトでの検索では、もはやSEO対策が強くかかりすぎていて、あらゆるキーワードが企業関連のものから上位に来るようになっていて、まぁ、それはそれで使いやすいのだけれども、よりダイレクトな情報を手に入れたいときは、とにかく「時系列」というツイッタ―検索の方が良いといえる。


本書では、このようにツイッタ―の持つ魅力を解説したうえで、ツイッタ―活用術やツイッタ―とジャーナリズムなどについて語られている。


巻末の勝間和代とのスペシャル対談「つぶやく力」も面白い。

その中で勝間和代がフォロワーを増やしたい人に対して以下のようなアドバイスをしています。


自分独自のコンテンツを作るしかないと思いますよ。

気になるサイトやカッコイイ写真を紹介するのでもいい。

結局はユニークネスの問題ですから。


あるいはツイッタ―の外でコンテンツを持ってないと。

実生活や別のネットサービスでの活動なりコンテンツなりをツイッタ―の中に持ち込む人はフォローを集めやすいんじゃないですか。


というわけで、僕も試しにこちらにツイッタ―URLを貼ってみます!

良かったらフォローしてみてください!

http://twitter.com/#!/u0127






もしもパンクがなかったら / 野田努







もしもパンクがなかったら


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ヴェルヴェット・アンダーグラウンドからアニマルコレクティブやブリアルにいたるまで、RCサクセションから電気グルーヴや神聖かまってちゃんにいたるまで、優れたノイズは優れたポップとなる。


それが音楽でなければならない理由も明白だ。


「だいいち小説なんかじゃ踊れない」





パンクの魅力は価値を逆転させちゃうことが出来ることだ。


元々はロックンロールが持っていたその力を、もっともっと突き詰めた表現がパンクなのだと僕は思う。


だから、パンクを前にした時、汚いは綺麗だし、カッコ悪いはカッコイイし、貧乏は豊かだし、リア充はクソだし、ドブネズミは美しくなる。


クソみたいな日常は、素晴らしき世界となる。


それが、僕がパンクロックを好きな理由だし、青春期にパンクに出会ったことは、僕の価値感に大きな影響を及ぼしている。


って、だから今もうだつのあがらない日々を戦っているのかもしれないけど・・・





本書は、そんなパンク的な価値観を根底に、むしろあまりパンク自体を語るよりも、ラップやレイヴカルチャーやダンスミュージックやダブなどを含めたポップミュージック全般について、記している。





ポップミュージック、ポップカルチャーっていうと、まぁ、ただの大衆的な文化ってイメージがあるけれども、ここではポップカルチャーをパンク同様、優れた「反逆」として捉えている点に好感が持てます。





たとえばパンクをこう言い表すこともできる。


それは成功しないことの成功、負けることの勝利、矛盾することの面白さ、言葉を信用しないための饒舌、整合性よりも混濁性、音楽を知らない音楽、ノイズとカオスの追究である、と。


ポップ・カルチャーはそれが実践できる場だ。


街頭演説や誠実無垢な歌には到底できないことを可能にする。


反抗と商売を同時にこなし、それぞれ異なる複数の領域に侵入する。


ゆえにポップは因習的な知に揺さぶりをかけることができる。





本書のなかでは、様々なアーティストが様々な文脈で語られているけれども、そのアーティストをリスペクトし、本質を言い表し、音楽を聴こう!!!って気になるような、表現が多々あってテンションがあがります。


例えば、次のような言葉達。





忌野清志郎が死んだということは、喩えるならジョン・レノンとジョン・ライドンをいっぺんに失ったようなものだ。





ストラマーのこんな言葉が聞こえる。


「人は世界の何でも変えられる・・・」


ストラマーがそう言うなら大丈夫、いつか石を投げるときが来る。





デトロイトのアンダーグラウンドから生まれたこの世でもっとも美しいダンス・トラック「ストリングス・オブ・ライフ」の余韻はいまも続いている。





ブリアルは言う「音楽だけが欲しいんだ。誰が作ったとか、イメージとかどうでもいいんだ」





この本を読んでいるうちに、音楽をどっぷり聴きたくなるし、がっつりライブにクラブに繰り出したくなる。


さあ、街に出て遊ぼう。音楽と遊ぼうって気になるのだ。







ゼロ年代の想像力 / 宇野常寛



ゼロ年代の想像力

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碇シンジでは夜神月を止められない。


宇野常寛は、ノートの中央に、一本の線を引く。

かつて、村上春樹が「風の歌を聴け」でそうしたように。

物語について、もう一度考えるために。


右側には古いものを正しく埋葬するために配列し、左側には今を生きるものを、それと併走しやがて追い抜くために刻みつける。

右側に葬られるものは、1995年から2001年ごろまで、この国の文化空間で支配的だった「古い想像力」であり、左側は2001年ごろから芽吹き始め、今、私達が生きているこの時代を象徴するものに育った「現代の想像力」である。


「古い想像力」を代表する作品として、いわずもがな『新世紀エヴァンゲリオン』が挙げられる。

『エヴァンゲリオン』が90年代を象徴する作品である大きな理由は、「引きこもり」気分=社会的自己実現に拠らない承認への渇望を現した点である。


従来のロボットアニメがそうであったように、「ロボットに乗って活躍すること」は父親に承認される社会に認められること、つまり「社会的自己実現による成長」の暗喩に他ならない。

だが、この物語はそうは進まなかった。物語の後半、碇シンジは「エヴァ」に乗ることを拒否して、その内面に引きこもり、社会的自己実現ではなく、自己像を無条件に承認してくれる存在を求めるようになる。


同時に『新世紀エヴァンゲリオン』では、この何が正しいことかわからない、誰も教えてくれない不透明な世の中で、他者と関わり、何かを成そうとすれば必然的に誤り、誰かを傷つけて、自分も傷つくという絶望が描かれている


しかし、この態度はもはや成立しない。

2001年前後に起きた、アメリカ同時多発テロやネオリベ的な「構造改革」などによって、ある種のサヴァイヴ感が社会に広く共有されはじめたからだ。

そう、

「引きこもっていたら殺されてしまうので、自分の力で生き残る」

ことが必要とされているのだ。


そのような新しい想像力によって作られた物語、例えば『DEATH NOTE』では、主人公の夜神月が、名前を記した人間を死に至らしめることができる「デスノート」の力で全世界の凶悪犯罪者たちを裁き、「新世界の神」として君臨しようとする。


それまでの社会(のルール)が壊れたことに衝撃を受けて引きこもるのが碇シンジなら、社会の既存のルールが壊れていることは「当たり前のこと」として受け入れ、それを自分の力で再構築していこうとするのが夜神月なのである。

まさに、ゼロ年代の「サヴァイヴ感」とその対処法としての「決断主義」的な傾向を体現する作品だといえる。


しかし、夜神月の邪魔なものは全て排除するという決断主義は、他人を傷つけながら一歩を踏み出してゆくことになる。


そう、問題は既に次の段階に移っている。


碇シンジに=90年代に退行することなく、ゼロ年代の決断主義を克服する=夜神月を止めるには、どうしたらいいか―――それが決断主義という不可避の困難に直面する、9・11以降の動員ゲーム=バトルロワイヤルのゼロ年代を生きる私達の課題なのだ。


それが、本書の最大のテーマであり、現代を生きる僕達自身のテーマでもある。


本書の中で、そのヒントは様々な「想像力」を通して語られるが、その中でも、個人的に腑に落ちたのは、『木更津キャッツアイ』における考察だ。



「終わりなき(ゆえに絶望的な)日常」を「終わりのある(ゆえに可能性に満ちた)日常」にひっくり返したこの物語には、現代を生きるヒントが詰まっている。


大きな「物語」の無いこの現代では、何もかもが虚しく意味の無いものに思えることがある。

しかし、人間は必ず死ぬ。

その意味で、全ての物事は、そもそも全くの無意味なのだ。

そこで価値の逆転が起こる。

究極的に全てのものごとが無意味なら、意味があるのかないのか考える必要もなく、ただ没頭する。

楽しむ。味わう。生きる。

そのことによって、この世界はおおいに可能性に満ちた世界になりうるのだ。


明確な答えが示されるわけではないが、この他にも、様々な創作物を通して、本書は現代を生きるヒントが示される。

単なるサブカルチャー批評ではなく、これは現代の哲学だと思った。


モノはあっても豊かになれない時代。

この時代を生きるためのヒントが本書にはある。





雑文集 /  村上春樹

村上春樹 雑文集

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もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。


デビューの言葉から、記憶に新しい「フランツ・カフカ賞」受賞時のエルサレムでの「壁と卵」のスピーチ全文などの69篇の文章を村上春樹自身がセレクトした、ファンにはたまらない内容なのが本書。


村上春樹のエッセイには、いつもそうだけど、生きていく上で大切なモラルというか哲学が、小難しい理屈をすっ飛ばして、軽妙な比喩を通して表現されている。

それこそ音楽的、物語的に。

多分、それが僕が、彼の文章を心地よいと感じる理由なんだろうと思う。


本書では、村上春樹が「小説」「音楽」「システム」といったことについての深い考察もあるので、彼の小説世界を深く楽しむためにも役立つんじゃないでしょうか。


例えば、冒頭の『自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)』では、小説家とは何か、自己を語るということはどういうことかということについて、ひとつの考え方が示されています。


小説家とは何か、と質問されたとき、僕はだいたいいつもこう答えることにしている。「小説家とは、多くを観察し、わずかしか判断を下さないことを生業とする人間です」と。


なぜわずかしか判断を下さないのか?最終的な判断を下すのは常に読者であって、作者ではないからだ。


ただ自分自身について書くのは不可能であっても、たとえば牡蠣フライについて原稿用紙四枚以内で書くことは可能ですよね。

だったら牡蠣フライについて書かれてみてはいかがでしょう。

あなたが牡蠣フライについて書くことで、そこにはあなたと牡蠣フライのあいだの相関関係や距離感が、自動的に表現されることになります。

それはすなわち、突き詰めていけば、あなた自身について書くことでもあります。


本書では、音楽、とりわけジャズについての考察やたわいのない話もたくさん出てくるけれど、やっぱり見どころ、読みどころは、彼の「小説」「物語」についての考え方が頻出する点だと思います。

エルサレムでのスピーチでも、それはみられます。


我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。

かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。

そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きい壁に直面しているのです。

その壁は名前を持っています。

それは「システム」と呼ばれています。

そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。

しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々にに人を殺させるのです。

冷たく、効率よく、そしてシステマティックに。


私が小説を書く理由は、煎じつめればただひとつです。

個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。

我々の魂がシステムに絡めとられ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警報を鳴らす、それこそが物語の役目です。

私はそう信じています。


そう、いじめや企業の不祥事や戦争や宗教問題や、今回の原発問題も、きっと個人が悪いわけじゃない。

個人を超える巨大な「システム」によって、個人の意思に反して引き起こされてしまったものだともいえる。

そのような力に対抗するものが「物語」だということがわかる。

それは、カルト宗教のような「決断を下す」物語ではなく、小説家の描く「決断を下さない」物語なんだと。


小説は時間対効果が悪いメディアだといわれることもあるけれど、きっとそれは即効性はないけれど、僕達が生きていくうえで必要な力を与えてくれるんじゃないだろうか。

第七官界彷徨 / 尾崎翠

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私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。


人間の五官と第六感を超えた七つめの感覚「第七官」に響くような詩を書きたいと願う少女が主人公の本書は、ストーリー的には少女が二人の兄と従兄と、ひとつ屋根の下で暮らす生活の他愛も無いものなのだけれど、なんだか胸にじんとくるこの感覚というのは、正直にいって、主人公の「第七官」を追究する感覚もさることながら、同居者である兄達のキャラクター勝ち的なところがあります。


何でも分裂心理に例えようとする、心理医者である長兄(この人自身が分裂心理的だ)や、苔の恋愛を研究する学生である次兄、ピアノの音程のために憂愁に陥る音楽学生である従兄といった具合に。


特に僕は、この音楽学生の発する台詞が好きというか、思考あるいは志向が好きです。


おれは悲しくなって、こんな夜にはピアノをやけむちゃに弾いてやりたくなるよ。


人間というものは自己の失敗を笑われるよりは、むしろ怒鳴られた方が常に愉快ではないか!殊にわらいというものは短いほど相手を悲観させるものではないか!


なんて具合に良い感じなんですけど、かと思えば、次兄の発言もいいですね。


嘆かわしいことだよ。君等には常に啓蒙がいるんだ、こやしほど神聖なものはないよ。その中でも人糞はもっとも神聖なものだ。人糞と音楽の神聖さを比べてみろ


なんて。


ちなみに、この物語において「第七官」とは何なのか??端的に明記されることはありません。しかし、この物語の登場人物の全てが「失恋」を経験し、結果、この物語の通奏低音に「失恋」が鳴っているいることからも、それが「第七官」にとって非常に重要なキーワードだといえるでしょう。

僕達は多かれ少なかれ「失恋」を経験し、その時の言葉にならない感覚というのは、「第七官」といえるのかもしれない。


「第七官感彷徨」。この小説は、そんな言葉にならない感覚の物語です。


私が第七官の詩をかくにも失恋しなければならないであろう。そして私には、失恋というものが一方ならず尊いものに思われたのである。



君がオヤジになる前に / 堀江貴文

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まずはテレビの電源を切ろう。

思考をより濃密にして、過ぎていくチャンスを自分でせき止めるんだ。


もやもやとした漠然とした不安や不満を感じながら、なんとなく日々を生きている。

このままじゃ駄目なのは分かっちゃいるけど、どうしていいかわからない。

そんな若者はきっと多いことだろうし、僕自身もそうだ。


本書は、そんな僕あるいは「君」に向けて、堀江貴史の考え方、つまり回答を示したものである。


君がオヤジになる前に―――


僕が本書で定義する「オヤジ」とは、年齢的なものではない。あらゆること―――家族との向き合い方や仕事への接し方、服装や体型に至るまで――を、より良き方向へ改善することを放棄してしまった者たちへの表現だ。

彼らは現状にただ不満を持ち、将来に不安を抱えながらも、そこを打開しようという意思すら奮い起せない。ただ、誰に向けるともなく不平を口にしているだけだ。それを僕は「思考停止状態」と呼ぶ。~p2


本書の中では思考を止めるなというメッセージが繰り返し強調される。

それこそがきっと著者が最も言いたかったことなんだろうな。


人生に訪れる様々な悩みに対して、思考をフル稼働して立ち向かう。

それこそが、この諸行無常、不安定な世界で生きるたったひとつの方法なのだと。


いいビジネスマンとはいうのはそういうことだ。

自分の思考で情報をリサーチして、素早く行動を起こす。

この時代に必要なのは、行動と提案だ。

とにかく提案しろ。思考を続けろ。~p15


「面倒くさい」は、思考停止をした人間の、自覚のない敗北宣言だ。~p65


24時間ビジネスのことだけ考えていたらいい。

家にも帰らなくていい。

家族との時間は削れ。寝るのは寝袋で充分だ。

性欲はオナニーで済ませろ。~p110


常に思考を埋めろ。~p110


情報を持たなければ、人は恐怖にかられる。

人間の恐怖の大半は、情報不足が原因だ。

新しい情報を獲得し続けていれば、不安や恐怖は克服できる。

今すぐ情報のコックを最大限にひねって、頭から情報のシャワーを浴びて欲しい。

そうすれば身体にまとわりついた、不安や恐怖は洗い流されていくだろう。~p110


おおお、ハートに火をつけるような言葉の数々。

やっぱり、良かれ悪しかれ突き抜けた経験、生き方をしているホリエモンだからこそ言える台詞だし、響く。


巻末の「アカギ」「カイジ」などの作者、福本信行先生との対談も魅力。


結局、この本から僕が受け取った言葉はこういうことだ。


思考停止になるな!!!

突き抜けろ!!!!!!!!!

熱い三流なら上等よ!!!!!!!!!!


あ、最後は「アカギ」の言葉だけどね。


でも、そういうことなんだよ。

色の名前

ネイチャープロ編集室
角川書店
発売日:2000-04


目に見えている「赤」という色を表現するとき、「赤」という言葉だけでは足りないことは、わかっているのだけれど、「~のような赤」ということしかできません。

本当に色を表現出来る言葉を知りたい!!

というわけで本書は様々な色名とその由来を、美しい写真と共に、解説してくれます。

例えば・・・

■空や水や火の章・・ドーン・ピンク、サンライズ・イエロー、スカイブルー、アフターグロウ、ムーンライト・ブルー、時雨の色、ミスト・グリーン
■鳥や獣や虫の章・・翠色、鶯色、ロビンズ・エッグ・ブルー、セピア、サーモン・ピンク、
■花の章・・・・・・桜色、桃色、山吹色、牡丹色、ライラック、薔薇色、ロータス・ピンク、リリー・ホワイト、向日葵色
■草や木の章・・・・若草色、エバー・グリーン、亜麻色、
■実と実りの賞・・・蜜柑色、レモン・イエロー、ライム・グリーン、アップル・グリーン、ピーチ・ブロッサム、杏色、飴色、チェリー・レッド
■染め色・・・・・・紅、茜色、藍色、花染、京紫
■土や石の章・・・・ポイズン・イエロー、ウルトラ・マリン、群青色、瑠璃色、コバルト・ブルー、金色、銀色、ルビー、サファイア・ブルー、アメジスト、エメラルド・グリーン

などなど。

この本を読み終わった後は、いつも見ている風景がより鮮やかに見えます。
本当ですよ!!


色の名前

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