自分の言葉では、うまく表現できないので
上野公園さんのブログのコピーです。
人の魂の中にある主からの分魂(御子)である良心神は
自分で自分の魂を磨く為に自力信仰の中にあり
他の人を助ける為に他力も出さなければならず
万物を創造した神の下僕にも徹しなければならない
良心神の存在が解らぬ者は「悪魔」化をしている
お釈迦様は三十五歳の時、菩提樹の下の瞑想において
人には「良」心と呼ぶ神が内在すると悟りを開かれた
人の魂の中に良心と呼ぶ神が働いていれば
魂には欠点(穴)が無い「アナナイ」教
通常、アナナイとは「麻柱」を意味します。
日本神道においては、最初に身の汚れを祓う修行を行います。
この道具を「祓い戸」と云います。
棒(柱)に麻をくくりつけた麻柱。
すなわち、アナナイ(麻柱)とは身の汚れを祓う手段のことになります。
魂の中に出来る心棒(良心神)は、魂に着いた汚れを祓うことができるわけです。
お釈迦様は三十五歳の時日本神道で云う麻柱(アナナイ)の働きを悟られた。
竹取物語では意味が違う麻柱(アナナイ)なりますが、
人はみな麻柱(アナナイ)こわして帰り来ぬ。
天に帰りたくても、アナナイをこわしているならば天には戻れないわけです。
わかっちゃいるけど悟れない?
わかってないのか?