ポメラで書く→パソコンで手直し→投稿という形で今後はやろうかと。
…………パソコンだと書くの楽だけど投稿が面倒くさいな。
2話
ニーベルングは公爵家、即ち大公家と同じく皇帝とは親戚にあたる血筋だ。にも関わらずクリスとファフニールがお互いの顔を知らなかったのには、幾つかの理由があった。
先ずニーベルング公爵領は、首都及び皇帝直轄領から少し離れた位置にあった事で、幼いクリスが出向くにも少々距離が離れていた。
そしてもう一つの理由は、クリスが何かにつけて社交界への参加を拒否していた事にある。現当主たるシグムントからすれば頭痛の種以外の何物でもないが、クリスはこういった場で人と歓談したりするよりも、武芸の稽古をしているか、勉強をしているほうが良いというタイプだった。シグムント曰く、生前の祖父のようだとも。
貴族にとって人脈を築く事は非常に重要な事であり、社交界はその出会いの最たる場である。しかし、煌びやかなのは見た目だけであり、実際は腹に一物どころか10も20も抱え込んだ人々が、表面上にこやかに歓談するという薄ら寒いものだ。
だからといって、クリスも13にもなると、社交界の参加を拒否するわけにもいかず、妹のシルヴィアと共に嫌々参加するようになっていた。
その日は夏の盛り、ファフニール殿下の16歳の誕生日を祝う為の夜会が王都で開かれていた。最初の方はクリスも教えられた礼儀作法に守って夜会に参加していたが、作り笑いにも限界がきた。
ダンスが始まるまで休憩をしようと、甘い林檎酒や焼けた肉の脂の匂い、会場の喧騒から逃れる様に、カーテンの向こうのバルコニーへ避難していた。
「――――ふぅ」
バルコニーの縁に寄りかかりながら、カーテン越しに夜会を眺める。まだ11歳のシルヴィアが、老若男女問わず歓談をこなしているのが見えて、クリスはかなり情けない気分になっていた。物事には向き不向きがあるんだ。と誰も聞いていないのに言い訳じみた事を口にする。
社交界に参加するようになって日が浅いクリスだったが、その名前は単に公爵家の長男という以上に知られていた。
「ほう、貴方があのニーベルング家の」「この間剣術大会や、馬術の大会で優勝なされたとか」「先日の試合、観戦させていただきましたわ」「ぜひ、この後のダンスをご一緒して頂けませんか」など等。
クリスは社交界にこそ顔を出さなかったが、別に引き篭もりの出不精というわけではなかった。あちこちの武芸大会に参加しては、剣術槍術馬術にその他、弓術を除くありとあらゆる大会でトロフィーを勝ち取ってきた。
そもそも同年代はおろか、正式に騎士に叙勲された騎士でなければ相手にならないほど、クリスの腕は飛び抜けていた。正式な通達はまだだが、近い内に特例にて最年少で騎士に叙勲される事になっている。
勿論主賓であるファフニールとは比べるべくもないが、夜会に参加していれば、話題にならないはずもない。
そんな事を考えながら視線を巡らせると、ファフニールとソフィーを中心に、笑顔で歓談する姿が見えた。ファフニールとソフィーが頬を染めて、笑いあっている姿を見て、モヤモヤとした感情が広がり、胸が締め付けられるような気持ちになった。
「いやはや、殿下も分かりやすい」
「ソフィーヤ嬢がいらっしゃる時には片時も側を離れないとは」
「大公家の娘ですか。確かに身分も器量も申し分ない」
「お年も近い。ベルシュタイン殿は笑うのを堪えるのが大変でしょうな」
夜会の喧騒のなかでも聞えてくる声。聞きたくなくとも耳に入ってきてしまう。
――ソフィーと殿下。大好きな二人が好き合っているのは喜ぶべき事なのに。
――どうして僕はこんなにも苦しいのだろう。
クリスはその答えに気づいていた。気づいていながら知らないふりをした。
――公爵家とて所詮は貴族だ。皇族には敵わない。
『本当にそう思っているのか?』
声が聞えた。クリスの周りには人がいない。しかし、クリスはそれが
何処から聞えているのか知っていた。
「何が言いたい」
『本当にあの皇子に自分が敵わないと思っているのか、と聞いているんだよ』
それは、クリスの足元。会場から漏れる光でできた、自分の影から発せられていた。クリスは物心ついた頃には、この影に話しかけられていた。クリスはそれを、はっきり言って嫌っていた。コレはクリスの影で幻覚かなにかの癖に、クリスの気に障ることばかりを言うからだ。
「当たり前だ。いくら皇族と公爵家が親戚関係だといっても、格差は歴然と存在して――」
『くくっ……ははははははっ!』
「……なにがそんなに可笑しい」
自分の影なので形が変わることは無いのに、クリスには何だかコレが腹を抱えて笑っているように思えた。クリスは怒気をはらませた視線を影にぶつけたが、ソレは何処吹く風といった感じで笑い続けていた。
『ふふふ、自分じゃ気づいていないようだな。もったいぶるのも面白いが、これ以上からかう時間もなさそうだから教えてやろう』
ほんの数瞬の間を挟み放たれた言葉は、クリスの心臓を鷲掴みにするかの様だった。
『お前はさっきから皇族だの公爵家だのと生まれの事ばかり口にしているが、それじゃあまるで“生まれ以外にアイツが自分に勝てる処なんて無い”って言っているような物じゃあないか!』
クリスは即座に反論の言葉を発することは出来なかった。それを図星と判断したか、影は喋り続けた。
『そうだ、お前は正しい。剣や槍、馬術に知能。人の上に立つカリスマだって、アイツがお前に敵う処など有りはしない』
――そんな事はない。
『だったら言ってみろ。あの男がお前に勝てるものなんぞやはり血筋のみではないか』
――五月蠅い。
『否定できないだろう? 認めてしまえよ、クリストフォラス・ニーベルング! お前はこの国の……いや、この世界の王になる為に生まれた、我が選んだ我の器だ。我を受け入れその力を使いこなせ。そうすればお前が望むもの全て、あの女だってお前の物に――』
「五月蠅いと言って――っ!」
近づいてくる人の気配。影もそれに気がついたのか、完全に引っ込んだようだ。
「――失礼。驚かせてしまいましたか?」
カーテンの隙間からバルコニーへやって来たのは、クリスと同い年くらいの少女だ。ツヤのある見事な銀髪(プラチナ・ブロンド)の髪を後頭部で括り、深い紅色の肩出しドレスを着ている。格好は違うものの、クリスはその少女に見覚えがあった。
「貴女は確か、ローゼンベルク伯爵の――」
「ええ、ニーベルング様。ローゼンベルク家現当主、クラフトが次女リーゼロッテです」
持っていたグラス二つをバルコニーの縁に置き、スカートを摘んで優雅に腰を折って一礼する。
「覚えて頂いたとは光栄です。ですが、出来ればファーストネームで呼んで頂きたいと思うのですが」
「そうかい、なら遠慮なく。あと、僕の事はクリスでいいよ、リーゼロッテ」
「……よろしいのですか? では、クリス様と」
何が嬉しいのか、にこりと笑う少女。覚えているも何も忘れようが無い、とクリスは思った。リーゼロッテとクリスが出逢ったのは、夜会のような社交の場ではない。つい先日開かれた“剣術大会の決勝戦”の場であった。
恐ろしい事にこの少女は、試合中は防具で顔を隠すのをいい事に、女の身でありながら剣術大会に参加。決勝まで勝ち進んでしまったのだ。試合はクリスの勝利だったのだが、その後おもむろに防具を外して顔を露にした少女に、クリスは勿論会場中が目をむいたものだ。
「実は、クリス様がこちらのバルコニーに向かわれるのがちらと見えたもので。飲み物を持って追いかけようと思いましたの」
再びグラスを手に取ると、その片方を差し出してくる。
「松ヤニ入りのお水です。もしかして、蜂蜜酒などのほうが良かったでしょうか?」
「いや、ありがとう。お酒はもう遠慮したい気分だったんだ」
クリスの言ったことは嘘ではない。殊更酒に弱いわけではないが、先ほど勧められるままに結構飲んだので、そろそろ限界だった。さわさわと気泡が弾ける水を喉に流し込むと、影の言ったことでイラついていた気分も幾らかすっきりとした。
「ところでリーゼロッテはこんな所にいてもいいのかい? いや、妹に色々押し付けて引っ込んでる僕が言えた義理ではないんだけど」
「ふふっ、私はこういう場があまり好きではありませんし、兄も姉もおりますので。それに、ローゼンベルクのじゃじゃ馬娘に自分から声をかけるお方なんて、そうはいませんよ」
口に指を当ててクスクスと笑う。クリスは内心、そんな事はないんじゃないか、と思った。じゃじゃ馬かどうかは別として、クリスの目から見てもリーゼロッテは可憐で、声をかける男が居なかったとは思えない。
二人がグラスを空にするころ、高らかと響く管弦の音、押し寄せる音の波。それは舞踏会の始まりを告げる物だ。
先程の間に親交を深めた相手の手を取り、会場の中央へ進み始めた。クリスはダンスが苦手というわけではないが、女性の手は剣と違って握ったら潰してしまいそうで、扱いに神経を使うからと、ギリギリまで壁の花を決め込むのが常だった。
例外はソフィーに誘われたときくらいなもので、それでも一曲踊り終える頃には疲労困憊といった体となってしまう。
そのソフィーは、今蕩けそうな微笑を浮かべながら、ファフニールとステップを刻み、くるくると踊っている。それを眺めているのが辛くて、クリスは目を逸らしてしまった。
「クリス様。私、ダンスを一緒に踊ってくれる方がいないんです」
逸らした先でリーゼロッテは首を傾け、悪戯っぽい瞳でクリスを見上げてくる。彼女が何を望んでいるのか、自分が何をするべきなのか、クリスには分かっていた。寧ろ、女性にここまでお膳立てさせた時点で、男として色々駄目だった。深呼吸を一つ、覚悟を決めた。
「一曲、お相手願えますか?」
作法に則り、一礼をして手を差し出す。
「喜んで」
クリスが取ったその手は、細く繊細でありながらも皮が固く、日々剣を握っているのがわかる手だった。
「……こういう女らしくない手はお嫌いですか?」
何気なく聞いているようで、実際は僅かに不安が滲むのをクリスは感じた。
「女らしくないとは思わないし、僕はこういった手は嫌いじゃないよ」
クリスがリーゼロッテの手を取って中へ入ると、周囲の視線が集まった。普段は自分から踊ろうとはしないクリスが、自ら女性の手を引いてダンスに参加するなど今までに無かった事で、相手がローゼンベルクのじゃじゃ馬娘である事もまた驚きだった。
彼らの双方ないしどちらかを知っていれば、少しばかり勘繰りたくなるような光景ではあったが、幸いにもそういう風にとられる事はなかった。舞踏会が終わった後シルヴィアに「兄さまもようやく夜会に慣れましたか」と上から目線で言われる事にはなるのだが。
二曲目が始まった。クリスはリーゼロッテの腰に手をやり、曲に合わせステップを刻む。元々運動が得意な二人は、互いの足を踏んだりする事もなかった。更にテンポが上がってくると、二人のダンスに周囲の視線が集まってくる。
二人のそれは、ダンスというより演武か組手の様に鋭くキレのある動きだった。
最後のポーズを終えた後、一拍空いて二人には周囲から惜しみない拍手が送られた。ちらりと視界に並んで立っているソフィーとファフニールを見つけたクリスは、自分がどんな表情を浮かべているのか、不安でしかたがなかった。
1話
クリスことクリストフォラスが初めてファフニールに会ったのは、12歳になったばかりの春のことだった。
その日のクリスは、2つ上の従姉にあたるソフィーことソフィーヤの着せ替え人形と化していた。
「まぁ、やっぱりとても可愛いわ。このドレスは、わたくしよりもクリスが着た方がよく似合うと思っていたの」
いそいそと姿見の前に連れて行かれたクリスの目に映ったのは、キラキラと目を輝かせたソフィーと、疲労を滲ませる顔をした、フリフリヒラヒラのドレスを着たクリスだ。容姿はとても似通っているのに、微笑みを浮かべるソフィーと、疲労困憊といったクリスとでは、くっきりと明暗が分かれていた。
それもそうだ。何時もはクリスの領地に遊びにやってくる従姉が、初めて自分の領地に誘った理由がクリスを着せ替え人形にすることだったなんて誰がおもうだろうか。それも、ご丁寧に鬘(ウィッグ)まで用意して、“男の子”であるクリスに女の子の格好をさせたかっただなんて。
当初は激しく抵抗したクリスだが、何度も繰り返されるうちに、大人しくされるがままになっていた。最早抗議をする気力も無く、本物のお人形のようであった。
すると、年若い侍女が部屋の中に入ってきて、ソフィーになにやら耳打ちをしていた。
「ファ……下が……に……ています」
「そう分かったわ。あなたは下がってなさい」
「畏まりました」
侍女は一礼をして部屋から出て行く。クリスが従姉に疑問の眼差しを向けると、ソフィーは大きな棚の扉の中へ隠れようとしていた。
「いい、クリス。これからこの部屋にお客様が来るの。とっても高貴なお方なのだけど、この間わたくしに悪戯をしかけて、吃驚したわたくしを見て大笑いしたのよ。わたくし、悔しいから悪戯の仕返しをする事にしたの。クリスはそこの椅子に座って、お人形さんのようにじっとしていてくれればいいわ」
だから、ここに隠れているのは内緒にしていてね。と言って、ソフィーは扉を閉めてしまった。ドレスも鬘もそのままのクリスを置いて。
クリスは何故自分がソフィーの仕返しの手伝いをしなければならないのだろう? と思った。はてさてどうしたものか、とクリスが思案を始めたのも束の間、再び部屋に訪問者がやって来た。整った顔立ちで見事な金髪(ブロンド)の髪をなびかせた少年だ。どこと無く顔立ちがソフィーや自分に似ていて、大公家の親戚筋か、とクリスは思った。
普段のクリスなら、ソフィーの発言と併せて、この少年が誰なのか見当がついただろうが、精神的に疲れきった今の状態では、そこまで頭が回らなかった。
「こんにちは、ソフィー」
優雅な足取りで歩み寄ってくる少年は、クリスのことをソフィーと呼んだ。よく考えれば、鬘の色はソフィーと同じ赤毛だった。顔立ちはよく似ているし、年齢による身長差も、椅子に座っていれば気づき難いだろう。
そこでふとクリスは疑問に思った。ソフィーは人形のようにしていてとは言ったが、その前にとても高貴な方だとも言っていた。座ったままで挨拶しないのは、かなり問題があるのではないだろうか、とクリスは考えた。
が、クリスがそんな事を悩んでいる間に、少年はクリスの目の前に立っていた。
「もしかして、この間の事をまだ怒っているのかい? あれはやりすぎだったと何度も謝ったじゃないか、機嫌を直しておくれよ」
おろおろと慌てながら、ソフィーに対して謝罪を重ねる少年。やがて意を決したようにクリスの長手袋に包まれた手を取った。
「この間の事は本当に反省しているんだ。これでどうか許して欲しい」
そう言ってクリスの手に顔を近づけたところで少年が何をしようとしているのか思い当たった。眉目秀麗な少年が優雅に手を取ってキスしたとなれば、大抵の女性は色々と許してしまうだろう。
しかしながら、こんな容姿でこんな格好でもクリスは歴とした男である。顔が一気に紅潮し、生理的嫌悪感から反射的に突き飛ばしていた。
「か――はっ」
少年よりも3つは年下のクリスだが、物心ついた頃から剣や槍を振り回し、指南役をして天才と言われるクリスの膂力は、年上の少年を吹っ飛ばすには十分すぎた。武器がなくとも戦えるようにと、体に覚えさせられた体術は遺憾なく発揮され、座った状態から繰り出されたにも関わらず、少年は廊下側の壁に激突するほどだった。
「ファ、ファフニール殿下!」
驚きで呼吸を荒げているくりす。掌底を叩き込んだ反動でずれた鬘がするりと落ちて、クリス本来の黒髪(ブルネット)が露わになる。棚の扉を勢いよく開けて飛び出したソフィーが、とても慌てた様子で少年に駆け寄った。
「…………え、殿下?」
殿下――その呼称が示すものの意味を認識し、赤くなっていたクリスの顔が、一気に青褪めていった。
「いやぁ、すごい打撃だったよ。首がもげてしまうかと思ったほどだ。嫌々とはいえ、武芸の稽古で鍛えていた甲斐はあったね。指南役には礼を言わなければ」
「殿下。もうその事はもうよいではありませんか。小さいクリスが萎縮して更に小さくなってしまいますわ」
クリスを気遣うような発言をするソフィー。しかしクリスは、責任の半分……いや、殆どはソフィーにあると思う。と、テラスのテーブルに用意されたお菓子や飲み物に手をつける事無く、縮こまって前髪で顔を隠しながら、内心で呟いた。無論、既に普通に男の子の格好をしている。
「それで、君にそっくりのその可愛らしい男の子は誰なんだい?」
クリスはパッと顔を上げて椅子から立ち上がり、床の上に素早く跪いた。
「はいっ、殿下! ニーベルング公爵家現当主、シグムント・ニーベルングが長子クリストフォラスと申します! 知らぬ事とはいえ、先ほどは大変なご無礼を――」
「ストップストップ。私は怒ってはいないし、単に名前が聞きたかっただけで、そんな口上するような真似をしてほしかったわけではないよ」
興奮した馬を宥めるように、両掌を突き出して、どうどうとやるファフニールに今にも泣きそうな顔をクリスは向けた。
「そもそも、君に碌な説明もせず悪戯の片棒を担がせたのはソフィーだろう? 君が気に病む必要はないよ」
「あら、殿下。それではまるでわたくしが全て悪いと言われているような気がいたしますわ。そもそもの始まりはわたくしに仕返しをされるような事を殿下がなさったからですし、キスでご機嫌取りなんて性急なことをされた事に関してはなにか思うところがありませんの?」
「え? いや、その、その事については何度も何度も謝ったじゃないか……なのにソフィーが――」
ファフニールがソフィーに矛先を向けるもあっさりと逆転される。とは言えお互い親しい相手とのやり取りなので、険悪さは全く感じられない。ちょっとしたじゃれ合いのようなものだ。クリスは、そんな二人を見ていて、何だか心の中にモヤモヤとした物が広がっていくのを感じた。それを、皇帝の息子が大公の娘相手とはいえ、一人の少女の尻に敷かれている光景というのは中々に問題があるのではないか、と危惧したからだと、クリスは思い込んでいた。