心のままに。わたしのことばそのまんま。 -2ページ目

心のままに。わたしのことばそのまんま。

タイトルの通りわたしのそのまんまの言葉たち。

お久しぶりです。

 

ももです。

 

 

一週間くらい空いたけど

 

 

またブログ、更新したよーーーーー

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりブログ、新しくしてよかったなって思った。

 

 

 

書いてることとか変わらないけど

 

 

一つ一つの記事に対する想いとか、

 

 

 

丁寧さとか、やり方を変えてみて

 

 

 

 

 

自分のことをだらだら書くブログから

 

 

 

自分自身を励ますための

 

ブログに変わった

 

 

 

 

気がするよ。

 

 

よかったらまた覗きに来てね~~~~。

 

 

 

 

 

一部抜粋↓

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

私は、1人が好き。

 

 

 

自分のことを考えてる時間が好き。

 

 

 

 

 

 

他人といるとどうしても、

 

 

誰かのために、とか、

 

何かしてあげなくちゃ、と

 

無意識に考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

もしくは、何かをしてあげたい、と心から思って

 

 

それは悪いことなんかじゃないことは

 

 

 

わかってるけど

 

 

 

 

無意識のうちに自分のエネルギーを

 

 

 

どんどん減らしてしまい、

 

 

結果的に自滅して、どこかで爆発することを

 

 

 

幾度となく繰り返してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

他人といると、

 

 

他人のことで頭がいっぱいになってしまうから

 

 

基本一人でいたい人。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰のことも考えたくない人なんだよな、私。

 

 

 

 

好きな人のことを考えてる時間でさえも、

 

 

私のことを考えてる時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

好きな人とあーなったらいいな、

 

こーなったらいいな

 

 

 

 

 

 

結局それすらも、

 

私が自分のことを考えてる時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて自己中なんだろう、

 

周りのことも考えろよ

 

 

 

 

 

 

 

なんて自分でも思ってたし、

 

 

 

 

実際に言われたこともあるけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のことで頭がいっぱいになってる時間が、

 

 

 

 

私にとって至福な時間なんだな。

 

 

 

 

ってことにやっと気が付いた。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もも。


一部抜粋

 

 

 

 

 

 

全てにおいて現在の私のスキルは

 

 

 

初心者に毛が生えたくらい(生えてもいないものもある)ですニヒヒ

 

 

 

 

 歌だって不安定だし、

芝居もワークショップに通ってたくらい。

ダンスは初心者なのにアメリカに来てスタジオちょこちょこ通ったりしてるけど

 

 

 

 プロと呼ぶには程遠い現実。

 

 

 

 

 

 

 

だけど、

 

 

 

 

技術よりも想いが先。

 

 

 

 

これは、私が中学の時に部活で

初心者で入ったけれど、

部活に対しての想いは誰よりもあったから

技術が後からついてきたことでわかったことです。

 

 

 

 

これくらいスキルの時から発信してたほうが

 

 

 

成長がはっきりとわかるだろうし,

 

 

上達できなかったとしても

 

 

 

 

私の今のやりたいことは

 

 

「表現」であり

 

「発信」であるので

 

 

 

 

どんなに下手くそでも、できてなくても

 

 

 

 

今はそのままの自分を出すことにしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな自分にもオッケーを出して、

 

 

 

前に進んでいく。

 

 

 

 

 

そうやって私は生きていきたいです。

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

技術は後からついてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

もも

 


 

ついに、始まりました。新しいブログ。

 

これまでなんとなく、だらだらと書いていた記事を

 

 

形式化させたブログです。

 

 

 

ひゃーーーー、めっちゃなんかドキドキする。

 

 

 

これからもう逃げられないな。隠せないな。そう思った。

 

 

 

 

こっちでも更新するけれど、

 

基本的にむこうのアカウントで

 

 

記事を書いていく予定です。

 

 

詳しい説明はあっちの記事で見てください。

 

 

大きく変わってると思います

 

 

 

 

 

 

とりあえず今日はここまで!おやすみなさい~。

 

 

 

これからも、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

もも

 

 

 

 

 

 

 

 

ショートムービーの撮影からおよそ8か月。

 

 

 

 

 

 

ようやく、完成が目の前にきているみたいです。(他人事w)

 

 

 

 

************

 

 

 

 

 

 

 

15歳、16歳、18歳(2018年当時)

 

 

企画から脚本、

 

 

演出までを全て考え

 

 

周りの大人の方に沢山のサポート、協力をしてもらいながら

 

 

自らの不登校の経験をもとに、

 

 

ショートームービーを作りました。

(ちなみに3人とも不登校経験者)

 

 

 

 

 

 

タイトルは

 

 

 

 

不登校のススメ。

 

 

 

タイトルは半分本気、半分インパクトw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<「不登校のススメ」あらすじ>

 

「勝手にお腹が痛くなるの。私にはどうしたらいのかわかんないのよ。」

 

突然中学校に行けなくなってしまい

悩み、苦しむあやか。

ふとしたことがきっかけとなり

本当の自分を取り戻していく。

 

学校が大好きな人。

学校に行っているけど悩んでいる人。

先生。両親。

おじいちゃん、おばあちゃん。

すべての人に観て欲しい物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は映画自体には

ちょびっとだけしか出てないけれど、

 

 

 

企画から脚本、出演、軽く演出

 

 

そしてテーマソング作成に携わらせてもらいました。

 

 

 

編集は今、監督が頑張っています。w

 

 

 

 

 

 

一般公開をして、

色んな人に見てもらえたらいいのだけれど

 

 映画祭に出展させる為には

一般公開はできない(はず)なので

 

 

 

 

 

直接見れる上映会やお話会を現在予定中です。

 

 

 

 

 

(現在予定中の上映会は満員です。ほかの上映会のリクエストも随時受け付けています。)

 

 

 

こちらから上映会の日程が随時更新されていきます↓↓↓

映画「不登校のススメ」 ホームページ

(うまく飛べない方は、Facebookから @hutoukounosusume  と検索すると出てきます)

 

 

 

 

上映会、お話会のリクエストの方は

keijo.kaika☆gmail.com

(☆を@に変えてください)へ

直接ご連絡をお願いします。

 

 

(初めは私が対応しますが、そのあとは監督とそのご両親にお繋ぎします)

 

 

 

条件によっては開催できないこともありますのでご了承ください。

 

 

 

 

 

*************

 

 

 

 

 

 

不登校を

子供の目線からリアルに描いた

ショートムービー。

 

 

 


 

 

みんなで作ったよ。

 

 

 

全部オリジナルだよ。

 

 

 

 

テーマソングも、そのMV?も作ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 心を込めて作った作品だから

 

 

 

 

 

 

 

沢山の人の心に響くといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.S.今日は稀に5記事更新しました。

ブログセラピーなのか、ブログ書いてるうちに

気分最悪→気分良好になったー。すごい。

 

私が私で在れない時間

高い高い自己防衛の壁。

【発見】自己肯定ができないワケ。

選択肢を増やすことを諦めない。

 

 

 

 サンディエゴは朝の5時。

 

夢中でブログ書いてたらこんな時間になってしまった~~~。

 

 



 

 


 

 ほんとのおわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もも


 

 

 

 

今日は珍しく4記事目?です。


過去の3記事はコチラ↓↓↓

私が私で在れない時間

高い高い自己防衛の壁。

【発見】自己肯定ができないワケ。





 

今日は一段と気分が悪くて

 

そんなことを今日の最初はブログでだらだらと書いた。

 

自分でも何言ってるかわかんなかったし、めちゃくちゃだったけど

 

何度もブログを書いていくうちに少しずつ楽になってきて

 

どんどんノッてきて、気分の悪さもよくなってきました。

 

ブログセラピーってすごいなびっくり

 

 

 

****************

 

 

 

 

 

さてはて。

 

 

 

 

 

さっきの記事で、自己受容の観点から

 

 


自分の性格や顔を諦めて受け入れるっていうことを書いたんだけど

 

 


 

こう書くと、「諦める」って言葉に対して、

 

 

嫌な反応をする人もいると思う。

 

 

 

実際私もそうだし。




諦めるって、なんか


人生投げやりなイメージしない?笑

 

 

 

 

だけど、あくまで諦めるのは

 



自分の本質的な部分、変えられない部分なだけであって

 



 

 

自分の苦しい考え方

自分が嫌な気分になる思考の癖

目の前の環境を変えることについてや

自分の世界を創っていくことに関してを

 

 



諦めろってことを言いたいわけじゃなくて。

 




「そうやって嫌な自分がいることを諦めて受け入れたら所から、そんな自分を活かそうよ」っていうことが言いたいんです。




 

 今回は、目の前の環境を変えることについて。





 

**************

 

 



 

 

目の前の環境を変えることを諦めない。

 

 

 


学校、職場、家庭



いろんな環境があると思うけど



私は特にスペシフィックに

 



10代の中で身近な「バイト」で例えようと思う。

 

 

 


バイトは

 

居酒屋、カフェ、アパレル、配達、いろんな種類のバイトがあるけれど

 


 

 

その大体が、



 

シフトがあり、

店長やほかの従業員がいて、

時給制。


 

 

それが当たり前。

 

 

 

私は2回飲食店で働いて、

 

1回個人の英語の教室のサブスタッフとしてバイトをしたことがある。

 

 

1つの飲食店はチェーン店で、8か月ほど

 

2つ目は1つ目と掛け持ちしながら半年くらい働いてた。

 

 

 

その時に私は思った。

 

 

 

バイト、マジで無理だ。



(諦めが早い。笑)






2週間後のシフトを決める事がマジでしんどい。

従業員の入れ替わりが激しく、人間関係がしんどい。

繁盛時に自分のタイミングでトイレに行けないのがしんどい

話を合わせるのがしんどい。

 


 

英語の教室のサブスタッフは個人だったからよかったものの、



 

飲食店の1つは特にしんどかった。

 

 

やめようにも店長が怖くて言えず、逃げるようにやめた。

 

 

はっきりものが言えない自分が嫌になった。

逃げるようにやめた自分が嫌になった。

最初は楽しかったのに、後半は仲のいい人と全くシフトが合わなくてただただ苦しいだけだった。

 

 

 

 

そのあと、

どんなバイトがいいだろうか?と考えてみた。

 

 

 

それはそれは出てくる


わがままな条件たち。

 

 



だけれどそこで

 

 

そんなバイトあるわけねーだろ。

 



否定することはしなかった。

 

 



 

そしたら、色んな情報が入ってくるようになった。


 

アイデアが浮かぶようになった。

 

 

 

 

そして実際に探してみると、

意外とたくさんあるもので。

 

 

 

 

 

例えば、最近よく聞くウーバーイーツ

 

 

自転車やバイクで店から家まで配達をするバイト。

 

スマホでオンラインにすれば始められるから、シフトという概念がないし

 

運動もしながら、街も覚えながらお金が稼げる。人とのかかわりもほとんどないから、楽。

 

 

 

とか

 

 

 

ほかにもブログやライティングでのバイトであったりとか(時間はかかるけれど)

 

単発の派遣バイト、リゾートバイト、



能力次第なのかもしれないけど家庭教師のバイトなど

 

 

 

単に「バイト」といっても、


今のご時世働き方は無限大。

 



 

私は


自分ビジネスを始めながら、

はじめは普通のバイトと自由なバイトをして

だんだん経験を積んだら

自由なバイトと自分ビジネスだけに移して、



最終的には自分ビジネスだけで稼いでいけるようになったらいいな。



って事が浮かんで、しっくりきた。

 

 

 

 

 

 

 

****************

 

 

 

 

 

若い頃のバイトは生活するために必要なもの。

 

時給制が当たり前。

 

時給3000円とかは水商売だけ。

 

シフトがあるのが当たり前。

 

遅刻しちゃいけないのが当たり前。

 

人と接しなきゃいけないのが当たり前。

 

苦労しなきゃ、きついやつをしなきゃ稼げないのが当たり前。

 

お金は苦労しないと入ってこないのが当たり前。

 

 

 

 

 

 

 

そうやって脳死しないで。

 

 

 

 

 

もっともっと、自分の身体が楽なまま稼げるようになるための方法を

 

 

考えてあげよう。調べてあげよう。見つけてあげよう。

 

 

 

 

 

 

そしたら身体は絶対に

 

 

応えてくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のことが嫌い。

 

 

 

一般的にはネガティブにとらえられがちなこと。

 

 

自分を好きになろうとするけどできなくて

 

そんな自分さえも嫌になるときがあった。

 

 

 

 

 

 

最近、自分を好きになるブームで

 

 

「自分を愛しましょう」

 

「自分を好きになりましょう」

 

「自己肯定感が上がる方法」など

 

 

沢山の自己肯定感に対する本や記事が

 

上がってるように思う。

 

 

 

 

 

 

自分のことがすぐに好きになれたら

 

そりゃあいいんだけど

 

 

 

 

 

 

私はそんなすぐに

自分のことを好きになれなかった。

 

 

 

 

 

というか

 

 

どんな好きと嫌いの間にも

 

 

 

 

「普通」っていうものがあるじゃない?

 

 

 

 

 

好きでも嫌いでもないっていう。

 

 

 

 

 

食べ物でも、嫌いじゃないけど、

 

好きでもないものってあるじゃん?

 

 

 

 

 

もともとが「大嫌い」なのに

 

 

「悪くないかも」っていう普通を通り越して

 

 

いきなり「好き」に変えるのは、

 

 

 

難しいというか

 

 

不自然なんじゃないかな、って思う。

 

 

 

 

 

 

 

例えば、私はにんじんが大嫌い。

 

 

 

特に煮込んだニンジンのあの独特な甘みが嫌い。(どうでもいい)

 

 

 

 

 

 

そこで、ニンジンを克服したいと思ったときに

 

 

 

 

 

 

自分はニンジンが好きだと思いこませるっていう

 

 

方法をよく聞く。

 

 

 

 

でも

 

 

 

「私はニンジンが好きだ!私はニンジンが好きだ!!」って

 

 

 

唱えながら食べたって

 

 

 

 

結局本音は嫌いなのに

 

好きって嘘をついてるから

 

 

 

 

 

絶対おいしくならない。

 

吐き気がするだけ。w

 

 

 

 

 

 

だけど、

 

 

 

あの独特の甘みが嫌いなことを受け入れて

 

 

 

 

 

「どういう調理の仕方なら、にんじんをおいしく食べれるだろう?」と

 

 

 

工夫することができれば

 

 

 

 

にんじんが自然と好きになるかもしれない。

(煮物は嫌いだけど、きんぴらとかは好きかも。とかね。)

 

 

 

 

 

ニンジンの例を挙げたけど

 

 

 

 

自分を好きになりたい!っていうのも、同じことが言えると思う。

 

 

 

 

 

というのも、私も自分を好きになろうとなった時

 

 

 

 

ニンジンの例と同じように、呪文を唱えてた気がする。笑

 

 

 

はっきりと覚えてないけど

自分が好きだ!自分が好きだ!私は私を愛している!!!

 

 

 

 

みたいな。

 

 

 

 

だけど言葉だけで「好き」って言っても、

 

腹の中の本音は「嫌い」がたまってるから

 

 

まったく意味がなかった。

 

 

 

自分のことが好きになれない自分が苦しくて

 

 

 

 

さらに自分のことが嫌になった。

(悪循環。)

 

 

 

 

 

 

 

そこで、私は一回、その腹の中にたまっている「大嫌い」を外に出すことにした。

 

 

 

ちまちま出してるといつまでも続くから、思いっきり嫌った。

 

 

 

なんでいつもこうなの?!なんでこんなにできないの?!

 

なんでこんなにダメな人間なの?!ほんとにもういやだ!!!!

 

 

 

 

 

何記事か前でも書いたけれど

とことん自分を嫌いになる。

 

 

 

いつも「自分を責めちゃいけない」と思ってもやもやしていたところから

 

「思いっきり自分を責める」ことをやると

 

 

諦めがつくというか

 

「自分は自分にしかなれないし。しゃーないわ」って自然と思えてきて

 

 

 

 

そうすると初めて、「自己受容」の観点に入るんだと思う。

(顔とか本気で変えたいときは別だけど、私の場合はただ認めてほしかっただけだった)

 

 

 

 

自己受容と自己肯定は別物でね。

 

 

 

 

これはあくまで私の解釈だけどね

 

 

ちょっとお試しで、手書きで説明を書いてみた。

 

 

 

私、人の絵は描けないので棒人間。w

 

これ、自分の中でちょっと発見!!

 

字が汚いw お試しなので読みにくいかも。

 

 

 

こうみると、わかりやすいなーって我ながら思う。

 

 

こんな自分でもOKだと思ってる自分「自己受容」

 

 

 

例えば、上の絵を書いたとき私は、

 

「棒人間でもいい」

 

「文字が汚くてもいい」

 

 

と思っているからこうやって書いてブログに出せる。

 

 

 

自分のそんな面を受け入れているから、

 

ブログに出すことができる。

 

 

 

 

 

だけど、もし私が

 

「棒人間しか書けない自分は嫌だ」とか

 

「文字が汚い自分が嫌い。」と思っていたら

 

 

…外に出すの

 

 

 

めっちゃくちゃ怖くない?

 

 

 

 

だって

 

 

「そんな自分はダメだ」って自分で思ってるから

 

 

 

もし誰かに

 

「棒人間とか草ww」とか、

 

「文字が汚いの読みにくい。こんなんでよくブログに載せようと思ったね。」

 

 

とか言われたら

 

 

 

図星!になって

一番傷つくのは自分だから。

 

 

 

だから、そうならないように、言われないように、隠す。

 

 

見せない。言わない。

 

 

そして殻に閉じこもり

 

 

拗れた私の出来上がり。

 

 

 

 

 

でも、自己受容(自分を受け入れている)と

 

 

 

もしそんなこと言われたとしても

 

 

 

「マジで汚いよな!笑笑  読みにくくてごめんね!でもここ私のブログだからそのまま出すよ!」

 

 

 

ってなる。

 

 

 

 

で、そのまま貫いていたら

 

 

「このなんかヘンテコな文字とか棒人間が可愛い!!」

 

って言ってくれる人が現れたりする。

 

 

 

「これを好きになってくれる人もいるんだ!」ってなって

 

自分のことが好きになる。

 

 

 

そんな原理だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

だから、自己否定をしてるところから

 

 

自己受容を跳び越して

 

 

自己肯定しよう!自分を好きになろう!って思うのは、

 

 

 

 

逆に苦しくなるだけじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

じゃあ、どうやったら自己否定の所か自己受容にいけるのか、って話なんだけど

 

 

 

 

 

 

自己否定から自己受容に入るには

 

 

 

 

一度自分の嫌な部分を

本気で大嫌いになる必要がある

 

 

 

と私は実感した。

 

 

 

 

 

 

私の小学生からのコンプレックス経験談を話すと

 

 

実際に私は、自分の腫れぼったい目が大嫌いで、

 

小さい時からずっとずっとそれに対して自己否定してた。

 

 

 

小学生のころからアイプチを何度も試したけど、

 

それはかなりの腫れぼったい一重で

 

しかもよくわからない変な奥二重になってて

 

どんな手を使っても全然うまくいかなくて、

たとえ1回うまくいったとしても飽き性だから続けられなくて

 

本当に落ち込んだ。何度も何度も悲しくなった。

泣いた日の後とか特に目が蚊に刺されたように腫れるから

 

学校に行くのもほんと嫌だった。

 

でも整形したいとは思えなかった。怖いし。

 

 

 

そんな日が約7年続いて。

 

 

image

2017年の私。(目が明らかに死んでるw)

 

 

 

でも去年の2月だったかな、「これも個性の一部かな、これでもいいや」って思い始めて。

 

 

その数か月後、

「自分の目が前からコンプレックスだったんよー。今はこれも個性の一部だと思ってるんだけどね」

 

なんて話すようになったら

 

 

周りから

 

「その目だからいいんだよ!!!!」と

 

何人もの人からめちゃくちゃ褒められるようになった。

 

 

2018年(自分の目を受け入れ意識が変わり、メイクや髪型、服装を整えたら素敵だと言ってくれる人が格段に増えた)

 

 

 

 

正直この現象は、自分でも本当に不思議だったけど

 

 

 

あの表?図?を発見したとき

 

 

 

 

こういうことだったのかも、と今更ながらに思う。

 

 

 

 

 

 

 

自己否定の時は

 

人に責められるとおもって怖くて隠していたものが、

 

 

自己受容になると

 

誰になんか言われても自分で受け入れているから、

あまり気にならなくなり、人生が楽になっていき

 

 

 

 

そのうち「それがいいんだよ!」と肯定してくれる人が現れる。

 

もしくは、意外と好きかも。って

 

 

自分で自然と自分の顔や性格を肯定できるようになる。

(自然と、ね。自然と、がポイント。)

 

 

 

 

 

 

ちなみに、究極の自己受容をしてる八木さやさん。

エグい本音もどんな自分も受け入れて、さらにそんな自分で世界に立った結果、

引きこもりながら年商3億円を生み出すという異例の成功事例になったんだと思う。

 

 

 

 

 

 

*****************

 

 

 

 

 

自分が好き。

 

 

 

自分が好きというのは、素晴らしいこと。 とても素敵なこと。

 

 

 

 

 

だけれど、無理やり自分を好きになろうとしたところで

 

 

 

元は

 

 

 

「自分が大嫌い!」だったんだから、

 

 

 

そこに抵抗が生まれる。

 

 

 

 

 

だから、私は

 

 

無理やり自分を好きになるのをやめた。

 

 

 

 

とことん嫌って、嫌になって、絶望して、諦めた後は

 

 

 

 

どうやってこの個性が活かせるのか、

自分で工夫することにシフトチェンジした。

 

 

意識の違い(自己否定から自己受容に変わった)もそうだけど

 

実際に服装や髪型、メイクの仕方も変えてみたり

自分をどうやったら活かせるだろう?と工夫した。

 

 

 

その結果がこちら↓↓↓

 

 

2019年現在。

人が褒めてくれるようになって少し自分の顔が好きになり始め、

写真をインスタにあげてたらご縁でこんな撮影までするようになった

 

 

 

(これらの写真を見てマジで思う。顔をどうこうするよりも髪型が先だね!!笑)

 

 

 

あと自分の内側の面では

 

基本一人で行動して周りに合わせずに自分自身と2人で入れる時間を増やしたり。

 

 

性格はもともと

「めっちゃ良い人でいたい」っておもう人だから、

 

未だに葛藤中だけど。

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

脚が太い私も、目が小さくて腫れぼったい私も、

傲慢な私も、殻に入りがちな私も、

プライドの高い私も。

 

 

 

もともとそうやって生まれるときに

 

自分でプログラミングしてきたんだ。

 

 

 

自分でそれを活かして

 

 

オリジナルを創るために。

 

 

 

 

 

大嫌いになって自分の顔や性格に諦めがついた後は、

 

どうやったらそれを活かせるか考えてみる。

 

 

 

 

そうやってどんどん

 

 

 

自分のオリジナルな世界を創っていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の殻に閉じこもっていたいとき。

 

 

 

 

 

外の世界が怖くなった。

 

夜明け前が一番深い暗さというように

 

 

一歩出る前が一番怖くなるのかな。

 

 

 

私が新しい名前で新しいことをやりだしたとき

 

 

 

外の世界のみんなはなんていうんだろう。

 

 

 

そうやって意識がいつもいつも外に向いて

 

 

考えなくてもいいところまで考える。

 

 

 

実際今この空間にいるのは私一人なのに

 

 

 

頭の中には何十人もの人が自分に対して批判的なことをいう姿が目に浮かんでしまう。

 

 

友達、知り合い、親戚。

 

 

 

そんなことを考え出すと、動きたいものも動けなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

内の世界は私一人。

 

 

 

私一人でいれば、私一人生きていければ、なんに問題もないし、なにも気にしなくていいし、楽だ。

 

 

 

だけど、それは本当の私の願いじゃなくて。

 

 

本当は

 

 

何を言われても、何が起こってもいつもソースと繋がって気が楽になりたいだけなんだ。

 

 

他人といれば、私が人生の中で一番嫌っている「もめごと」が起こることだってある。

 

 

 

 

 

特に大人の社会はその範囲がより広くなるんだろうな、と思うから余計に怖い。

 

 

 

 

 

 

「自分のことを怒ってくれる人が欲しい」というけれど、どんだけマゾなんだと思う。

 

 

私は一ミリもそんな人欲しくない。不快なことはちゃんと伝えては欲しいけど、怒る人なんて需要ない。ただの感情ぶつけられただけじゃん。

 

 

 

 

 

そうやって自分の意見を言うたびに、より自分が自分の殻にに閉じこもってる感じがするんだ。

 

 

どうせ自分の意見は誰もわかってくれないんじゃないか、ってね。

 

 

 

高い高い自己防衛の壁。

 

勝手に自分で拗ねて、閉じこもってるのはわかってる。

 

 

これを超えるには、自分でそれでもトライしてみなきゃいけないことも。

 

 

 

我慢のために頑張るんじゃなくて、自分の心のために頑張ることも大切ってことも。

 

 

そんなこともわかってるから、それができていない自分が苦しくて責めてしまってだれにも理解してもらえないんだ、って

 

勝手にふさぎ込んで自分を責めて、動かない理由を作り出してる。

 

 

 

 

 

実際いまアメリカにいて、世界を見渡すという大きな視野を持っていると思いがちだけど実はそんなこと全然なくて

 

 

毎日1人で何やっていいかよくわかんない状態。はるちゃんもhappyちゃんも何も聞きたくなくて、ケイカ自身がどうしたいのか、わからない状態。

 

だけどタピオカは飲みたい。それは確か。

 

 

自分がこの道に本当に生きたいのかも、わかんないんだもん。わかんないときはわかんないよ。

 

 

 

 

 

だけど、過去の自分がこれだ!と思って選んだのは確かなわけで。

 

 

 

 

 

 

 

今は迷いながらも、自分という存在を受け入れながら少しずつ進むしかないんだよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もも

私が私で在れない時間。

 

 

 

それは少なからずやってくる。

 

 

 

 

 

 

そんな時間を減らしていくのも大切だけど

 

 

いかにそんなとき、自分で少しでも心地いい気分や環境にできるかが

 

 

 

 

これから大切になってくる。

 

 

 

 

 

 

 

実際今の私は、自由な生活をしているけれど

 

 

 

 

 

 

頭の中は全然自由なんかじゃなかったショボーンショボーンショボーン

 

 

 

 

常にだれかに何か言われることの恐怖

 

 

 

 

 

自分自身でダメな人間だからとレッテルを貼って、挑戦することを恐れて

 

 

 

他人とかかわることを恐れて

 

 

 

ひとり。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん一人も好きだけど、他人といるときも楽しみたい。

 

 

 

何も気にすることなく、楽しく接したいけれど

 

 

 

 

 

 

 

自分の頭の中で自分を劣等感に変えて、人から批判されると思って自ら避ける。

 

 

 

 

 

人が怖くなる時期が時々ある。

 

 

 

 

自分で殻を破らないことにはこれは間違いだった、ということは体感できないけれど

 

 

 

 

 

自分でもすぐに殻を閉じてしまう自分がいる。

 

 

 

 

 

 

誰にも聞かれたくない、触れられたくない、

 

 

 

 

 

自分でまだまだ自分のことを認めていないからか、他人にそれを聞かれることさえ怖い。

 

 

 

 

 

 

18歳。まだまだこれから。こんな時期があってもいい。

 

 

 

 

だけど、18歳の3か月をこんな形で使って大丈夫なのかな。

 

 

 

 

 

 

過去の手紙の内容で後からわかるって書いてたから、信じてはいるけれど

 

 

 

でもやっぱりほんとにこれでいいのかな、なんて思ってる。

 

 

 

 

 

 

ほんとに今の環境がどうであれ

 

 

 

頭の中次第で、全部変わるんじゃないかなって思った。

 

 

どれだけ自由な生活をしていても頭の中が自分責めに向いてたら苦しいし

 

 

どれだけ不自由な生活をしていても、頭の中がお花畑なら楽しい。

 

 

自分でどっちを選ぶかだけなんだろうけど

 

今の私は前者でしかない。

 

 

 

 

 

今アメリカにいるけれど

 

 

 

台湾にすごく興味を持ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

もともとタピオカミルクティーが好きってのもあるけど

 

 

 

台湾は環境についてとても考えていたり

 

大好きなご飯や

 

人が良いって聞いて

 

 

 

ずっと台湾のこと紹介してるユーチューブを見てる。

 

 

 

 

 

 

いいなあ、台湾。行ってみたいな。

 

 

 

後アメリカに1か月いるお金があるのなら、台湾もいけるやろ!って思うかもしれないけど

 

 

 

 

親になんていえばいいかわかんないショボーン

 

 

 

 

今日の私はそれくらいちょっとネガティブなのです。

 

 

 

 

とりあえず今日は、5記事書いてみよーーーて思ったので

 

 

これから後4記事書いてみることにします。

 

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もも





 
高校を卒業してからはや3ヶ月。
 
 
 
 
私は所属するものが何もなくなった。
 
 
 
 
 
昔は
 
 
 
 
 
学校があり、
 
部活があり、
 
グループがあった。
 
 
 
 
 
私が所属していた部活はかなり強くて
 
 
 
 
そこに所属していたら自分もなんだかカッコイイ感じがした。
 
 
 
 
 
 
 
だけれど今は
 
 
 
学校、会社、バイトでさえ外れて
 
 
 
 
 
「所属」というものが無くなった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初めは怖かったし、今も怖くなるときは沢山ある。
 
 
 
 
 
 
 
だけど、私の友達は、
もっと前からやってた。
 
 
 
 




 
 
例えば 
 
 
小学校入学して3週間で行かなくなった子。
 
 
 
 
運動会だけ行って、あとは家で過ごしてたらしい。
(逆に運動会だけ行けるメンタルがすごい…)
 
 
 
他にも修学旅行だけ行って、あとはフリースクールに通ってたとか
 
 
 
中学校も行かずに卒業写真だけ取りに行ったとか
 
 
 
いろんな面白エピソードを持ってる。笑
 
 
 
 
 
実際に今高校に行ってる友達もいれば
 
 
高校にはいかなかった友達、
 
 
 
進学校にいたけど大学に行かなかった友達
 
 
 
そして、通信に通って大学に行かない選択をした私。
 
 
 
 





 
 
学歴を得ることを選ばずに
 
 
 
 
みんな、自分で自ら色んなアクションを起こしてる。
 
 
 
 
 
 
だけど、みんなの話を聞くと
 
 
高校に行くか行かないか凄く悩でたりとか
 
 
初めて会った人に言いづらかったりだとか
 
 
人と違う道を歩むことに慣れるのに、いろんな葛藤もあったみたい。
 
 
 
 
 
 
私も親が納得してくれたとはいえ、
 
 
どうやってこれから生きていくか。
 
 
 
 
 
どこにも所属をせず、自分の力で
 
どうやって稼いでいくか。生活していくか。
 
 
そんなことを考えてた。
 
 
 
 
 
そんなことを社会は教えてくれるわけもなく、手探りな状態。
 
 
 
 
周りの大人に言うのも少し躊躇うけど
 
 
 
代わりに自分で全て決めるという
 
 
 
決定権が自分になる。
 
 
 
 
毎日のスケジュールや、商品の値段
 
 
 
 
 
 
 これって、凄く気持ちいいこと。
 
 
 
 
 
 
私はまだ「高卒」という立場だけれど
 
 
 
 
「中卒」と聞けば、暴走族とかのイメージしかないくらい、
 
 
なんだか劣っているように世間的には聞こえるのだと思う。
 
 
 
 
 
 
 
でも、その友達たちは
 
 
 
 
凄くバイタリティに溢れてて
 
 
 
 
私は尊敬の念しかない。
 
 
 
 
 
 
鹿を捌いて頭と皮以外をまるごと調理したり
 
自転車旅をしたり
 
財布を作ったり服を作ったり
 
自分たちで遊びを考えたり
 
 
 
 
自分にないものを沢山持っていて。
 
 
 
正直
 
 
 
 
死ぬほど羨ましかった。
 
 
 
 
 
自由な生活もそうだけど
 
 
 
 
なにより、
 
自分の好きなものに対しての探求心と、
 
 
自分で商品を作って売っていたこと。
 
 
 
 
 
 
 
 
私にはそこまで探求をしたいと思うほどのものがなかった。
 
 
 
 
あったとしても、いつも途中で挫折してばかり。
 
 
 
 
 
 
彼らは包丁を研ぐことや革細工、自転車、車、バイク、絵を描くこと、料理をとことん追求していて
 
 
 
 
 
 
今のSNSやインターネットで情報があふれる現代社会に比べたら
 
 
 
 
 
ちょっと変わったような生き方をしている。
 
 
 
 
自分の興味のあるものにすごくすごく忠実で
 
 
 
 
どうやったらめっちゃおいしいおにぎりが作れるのか、とか
 
 
 
 
うどんを研究しに香川のうどん屋さんをたくさん回ったりとか
 
 
 
 
環境問題、政治問題に対してめちゃくちゃ熱心だとか
 
 
 
ジビエで作るラーメンや、パスタの研究だとか
 
 
 
ベースやピアノを家でひたすら練習してたりとか
 
 
 
たんぼを自分で耕してお米を一から世話してたりとか
 
 
 
 
 
 
 
 
もう、
 
 
本当に本当に尊敬する。
 
というか、死ぬほど羨ましい。
 
 
 
 
 
 
 
 
どこかに所属しなくても
 
 
 
自分で歩いていけるんだ
 
 
 
自分の好きなことができるんだ
 
 
 
 
そんな背中をみんなに見せてもらってる。
 
 
 
 
 
 
 
*****************
 
 
 
 
 
所属から抜け出すときは、勇気がいる。
 
 
 
どうやって生きていけばいいんだろう、生活はどうなるんだろう
 
 
 
 
 
別にやりたいこともはっきりとしてるわけじゃないけど、辞めたい。もう嫌だ。
 
 
 
そう思った高2の夏。
 
 
 
 
学校に行かなくなった。
 
 
 
 
 
 
何かこれがして生きていきたい!とか、
全然わからなかった。
 
 
 
ただその時はギターと歌に夢中になってて、時間が取れないことにうんざりしてた。
 
 
 
 
学校行かなくなった直後は不安や恐怖をごまかすように
 
 
ひたすらぷよぷよとギターしてたっけ。
 
 
 
学校には仲のいい友達もいた。(最後は喧嘩別れしたけど)
 
話を聞いてくれる先生もいた。
 
成績も最後は落ちてきてたけどそれまでは奨学金をもらうほどだった。
(高校は普通のレベルだったけどね)
 
 
 
 
 
でも、もう学校にはいけないと思った。
 
 
 
 
 
もう毎日が決められたとおりに動くことが、できなくなってしまった。
 

 
 
 
 
学校に休みを3日入れたとき
 
 
 
もう終わりだと思った。
 
 
 
 
 
 
 
だけど同時に、何か新しいことが始まるのかも、と思った。
 
 
 
実際に、私の世界はガラッと変わり始めた。
 
 
 
 
話したように学歴関係なく楽しんでる友達と不思議な出会いがあり、私の考え方も大きく変わった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
もう1度言うよ。
 
 
 
 
所属しないことは怖いかもしれない。
 
 
 
 
だけどそこから、
 
 
 
 
自分の中で新しい社会を作っていくんだ。
 
 
 
 
 
 
 
(ちなみにどこかに今はどこかに所属していても自分の社会は構築していけるよ。でもいつまでもそこにいることはできないと私は思う。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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