夫(35歳)です。
今朝、次女(4歳)を保育園に連れて行きました。
次女は最近、言葉とか数字に興味が芽生えてきたようで、行く道道、「3の次は、4か?」「4と10だったら、どっちが強いんか?」と年長者である私にタメ口で聞いてきます。
今日は、『は』に点々が付いたらなんて言うんか、とタメ口で聞いてきました。
僕は『ば。』と答えました。
『し』に点々は?と聞かれたので僕は『じ。』と答えました
しばらくして、『ま』に点々が付いたらなんて言ったらええんか?、と、オッサンのように尋ねてきました。
さて、ここで「ま、には点々が付かないんだよ」とまともに答えるのが良いのか悪いのか。
きっと、保育園の先生が正解をいづれ教えてくれるだろう。と考え、僕は『ぶみゃ』と答えた。目一杯おどけた調子で。
次女は「違うよ、ま、は点々が付かんのよ。ま、のまんまよ。」と答えた。
知ってたんかい。
以下雑感。
・朝。長女(もうすぐ8歳)が妻(35歳)に話している。「ねえ、今日は私のいいとこばっかりを見てね!」
寝ぼけまなこで考える。そうか、今日は参観日か。俺は仕事で見に行けないが。
妻は「分かったよ」というようなことを答えていたが、はて。事前に伝えられていた内容だと、今日の参観日の授業は『性教育』だったはずだ。
『性教育』といっても小学生だ。『おちんちんは大事』とか、『おへその秘密』とかいった、ソフトな内容であるだろうが、それにしても。長女はどこでいいところを見せれると思ったのだろうか。
・スタッフの一人に、シフト回数の減を申し伝える。彼女は「週2回じゃなくて、3~4回は働きたいんですけど」と言ったが、聞き入れず。給料を増やそうと思えば、雇用される側にもそれなりの働きぶりがいるのだ。
・仕事場に置きっぱなしにしていた松下幸之助氏の本を、休憩時間中にパラパラと読む。数十年前に発せられた言葉のはずなのに、とても染み入るものがある。何かと理由があって経営に悩む今、原点に立ち返るために再度読んでみようと、本を自宅へと持ち帰る。
・銀行に行ったついでに、書店に寄り文庫本を二冊購入。貫井徳郎氏の『慟哭』と、雫井脩介氏の『ビター・ブラッド』。どっちも面白そうな。ん?おや?親父の趣向と段々近づいてきているぞ?というのに気付き、やや戦慄する。
妻がツイッターに早くも飽きかけています。お休みなさい。