トラさん 救世主
さっきのブログに、あの人、救世主っていっている、いつもトラさんみたいに、自分の気の向くままに、そしていつもどっか消えてしまうかと思えば、また出てくる、もうひとりの救世主からもなぜか、連絡がアホみたくきた。
オヤジに、その救世主も会ったことあるからかな。
オヤジの偉大さに、感謝だね。
しかし、死ぬまでトラさんなのか?
てか、もうひとつ 救世主
ある人に、よくあの人は、遠藤さんの救世主だよって話しをされたことあるんたけど。
すごいわ、やっぱ、私の救世主。
仕事になるかわからないけどね!の連絡と、オヤジ具合悪いから、今日ちょっと連絡取れないかもよってメールしただけなのに。
『いまから何かやることあれば行きますよ。実家ですよね。オヤジさん知ってっから。手伝わないと。』
だって。
涙出てきた・・・・
人に恵まれたことに感謝です。
オヤジ
最近、こちらのブログもご無沙汰で、今の気持ちを書きました。
私のオヤジ。
私は、両親に育てられた家庭環境に育ったので(多分幸せなんだろうなと思うのですが)、知り合いの方など、大変な思いをしての家庭環境から生き抜いてこられてきた方々には、話しにはならないかもしれません(うらやましいじゃんって思うかもしれません)が、ただ、自分にとって、今日の無力さと親不孝(バカな自分)を痛感したので、ブログに思いを書きました。
私のお袋は、10年前に癌のため、余命半年と告げられ、入院をしておりました。
ただ、日が経つごとにどんどんと体調が悪くなるばかりで。。。
そんな
あるときオヤジが、病院の先生と話しをしたかと思うのですが、
『もう自然治療しようや!』と。
自宅にお袋を連れて、ダメなら仕方がない、だけど、病院で、何も出来ないまま死ぬよりましだろ。
ということで、オヤジと私でお袋を自宅まで運んできました。
そこからのオヤジの介抱のおかげと、自分の好きな自宅ということで、自然に癌もなくなり、いまでも健在です。
ただ、入退院はいまでも、繰り返しながら、病院には行っております。
私も、入退院は付き添ってあげているのですが、全然、少ないし、助けてあげられてないと日々頭のどこかで思ってます。
それから、10年間の中で、私もあまり実家に帰らず、自分で仕事をして会社をつくり、詐欺事件に巻き込まれ、1度は会社は閉めました。多分、調子に乗って生きていたんだろうと思います。
閉めたときが本当にきつかった。
ほんとにお金がなくて、お金がなくて、入ってもすぐ返すの繰り返しで、夜中、倉庫で、アルバイトをしながら、それも返すみたいな生活をしながらの昼は事務所や遠方に借りていた倉庫の撤去作業をしながら、企画書を書くみたいな時でした。そのとき、従業員はみんな出てってしまったし、いてもしょうがないという状態だったので、それが正解なんでしょうけど、逆に有志で手伝ってくださった方(なぜかそういうときに急に現れる救世主みたいな人っているんです)には、いまでも頭が上がりません。そんな有志の方たちも、うちのオヤジを目にしているはずです。よくオヤジさんやってくれんな、ときっと思ったはず。さらに手伝ってくれている方に、ほんとありがとうと言ってくれていたことも。
そんなときでも
オヤジは金はないけど、
『食い物だけは送るから』
と言ってくれて、お米やシャンプーや生活必需品をとにかく送ってくれてそのおかげで、今日の自分があると思えると言っても過言ではないと思ってます。
ちょっと落ち着いたときに、自分の中でもバリバリ仕事をやっていた自分にポカンと穴が空いたような気分と多分落ち込んでいたんだろうけど、
オヤジが
『俺とお店でもやるか?』
と言ってくれたことも一生忘れません。
オヤジもお店や事業をいくつもやってきたので、失敗したときの気持ちや自分の弟もアメリカで、いまでは会社を成功させてますが、ほんと、20年くらい経営がうまくいっていなかったことも、苦労もすべて理解して話してくれたような気がします。
『オヤジとやったら、3日で潰すよな』
って話をして、これ以上の負担かけてどうすんだ、バカという思いでしたが、うれしくて、ほんとバカオヤジだなと泣けてきました。
それから、お袋の入退院があったので、なるべく実家には足を運んでいたのですが、今年のGW中に一回も帰れず、珍しくオヤジから
『なんで、連絡もよこさないんだ、バカやろー』
と電話で怒鳴られたのを思い出しました。
『なんだろう、ごめんごめん』って話したんですが、
それから、実は、オヤジが倒れていて、今日やっと病院から出てきました。
しかもその知らせてをくれたのが、今日。
俺ほんとバカだわ、しかいいようがなくて・・・・・・・
きっと具合悪かったから、帰ってきて欲しかった、だからあのとき怒ったんだ。と今日連絡をもらった瞬間にわかりました。
だけど、オヤジなりに考えて、仕事で余計な心配をかけないように連絡をしないようにしてくれていたんだと思いました。
なんで、気づいてあげれなかったんだろ・・・・
いつになっても、親孝行出来ていない自分に腹がたつし、しかもオヤジからの連絡の
第一声が、
『ちゃんと食べてるか?』
ですよ。
・・・・・・・・
ほんと、自分の無力さを痛感。
親バカにバカ息子だなと・・・
というより、いい親に、バカ息子の一言です。
いま、実家に戻る電車です。
私の兄貴は、何十年も仕事したり、遊んだりの繰り返しの人生でした。
いいのかよって、いつも兄貴には怒っていたんですが、だけど、兄貴なりに介護の会社をやる!っていって、いまでも見習いの介護で勉強しながら仕事をしてます。
もっといい給料もらえるところもあんだし、オヤジと職探しを手伝ったのも覚えているけど、兄貴なりに考えて、
『自分で事業をするのはすぐには出来ない。だけど、いま親になにかあれば、自分で対処する方法があるかもしんない』
って言われたときに、ほんと、遊びまくりだった兄貴をすごく尊敬した。
とにかく、以前の大きい会社でも、急に現れ、私のデスクに座ってたりしたオヤジで、部長がオヤジさんにお茶入れといたからとか、ずっと昔の彼女となぜかいまだにオヤジと元々・・彼女と2人で飲み行ったり、電車のホームに落っこちて、私が長電話していて、連絡付かず、死んだら、お前にのり移ってやるとか破天荒な生き方をしているし、いろんなエピソード満載な人ですが、ほんと、私を誕生させてくれて、けつをふいてくれるオヤジ、ありがとう。
もっと時間つくります。
親が小さく見えるときってあるというけど、ほんと、いまそうだと思うし、もっともっと親を喜ばしてあげないと。今日はお酒は飲めないだろうけど、話しして盛り上がろう。
ほんと、バカ息子でごめんなさい。
今度、生まれてくるときは、もう少し、まともに生きられるようにします。
