偏差値60男のブログ

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生まれてこれまで何をしても偏差値60程度のブログ。

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負け犬根性:勝負する前から既に自分は負けるであろうという卑屈な精神のこと


だいたいこんな意味で良かったかな?


自分の周りにもこの『負け犬根性』な奴が居るけど、見ていると本当にイラつくwww


口癖は「どうせ私(ぼく)なんて・・・」


やる前から何事も諦めてしまっているのだ。




かくいう私もまた「負け犬根性」が居座っていた。



しかしある時誰かの番組を見たときに、こう言っていた


「まず根拠のない自信を持つ。後はその自信に見合う努力をするだけだ」



幼い私には衝撃的な一言で、それ以降の『選択』はこの言葉が中心にあった


決して思い上がるのではなく、謙虚さも必要ではあるが...





では、タイトルにある「努力は必ず報われる」のかということだが


私の乏しいアイドルの知識では、AKB48の高橋みなみさんがこう発言し、それを証明したいと...



しかし、現実の社会では「努力=必要条件」であり「十分条件」ではない


成功した人は必ず努力しているが、努力すればすべての人が成功する訳ではないのだから当然だ


彼女のひたむきな努力のすえの発言だからこそ許されるのだろう




前向きな努力と後ろ向きの努力。


どちらがより成功へと近づけるのだろうか?
毎年、約55万人ほどの受験生がいる



『センター試験』


実はいろいろな事があり、センター試験は通算で3回の受験経験がある。


センター試験には毎度毎度、様々なドラマが生まれているように思える。


思いのほか上手くいく人も居れば、緊張のあまり失敗してしまう人・・・


私も現役生の頃にはセンター試験に失敗し、挫折した・・・。


人生において(自分の中では)大方つまずいた事などなっかたので立ち直るまで時間がかかった。


結局自分の志望するところへは入学できずに、浪人することになったのだ。




なぜ?


なぜ一度の試験で人生が左右されるのか?


納得できなかった


でも、一回だけで自らの実力を全てだす力を測っていたのかな?



共通一次からセンター試験に変わり、また変革しようとしている。


これがどんなドラマを生むのか注目してみたい

特に誰に頼まれたわけではなく、読者の方が居るわけでもなく、完全主観で

そして何よりいい加減に更新したいと思います。

20代の一般人である自分が何をどう考えているのか?

自分の頭の中を整理するためにも書こうとおもいます。

できれば同世代の方々の意見も聞いてみたいです。








今日は私のパーソナルことについて・・・

偏差値は50が丁度平均点ですよね。

私は幼いころから運動も勉強も偏差値60位だったなと、平均てきな人よりある程度何でもこなすが、ずば抜けたものが一切ない。

中高生相手に勉強を教えているとついつい思い出してしまう。

高校のときはミスター60と冷やかされたり・・・w


記憶がないので物心がつく前ってことになるのかな?

3歳の頃から硬筆そして水泳を習い始め、どちらも12年ほど習っていた。

どちらも賞を頂いたり、入賞したりと頑張ったが1位になれることはなかった。


そのためあまり思い入れがなかったのか、高校に入ると同時にどちらも止めた。

習い事は他にも様々やらせて貰っていたが、極めるまでにはならなかった。

高校は田舎なので通える範囲には一つしかなかったので、そこへ進学した。

高校の偏差値は50ちょいのため、学校内ではだいたい1位だったが全国模試では偏差値62~65程度でまあまあな成績だった。

仲の良かった中学時代の友人は都会に進学していたため、彼の話を聞くと偏差値60はいかに普通かと思い知らされた。

そんなこんなで一応、旧帝大になんとか入学できたが普通=平均より少しだけ成績のいい生活は続いている。