今日はケーキを焼いた。得意のパイナップルケーキ。いや、あれは美味いですね。自画自賛じゃないけど。レシピが良いからです、無論。
今日は13時間程度になりそう。14時間無理だった。遊んでたわけじゃない。ずっと勉強のみだ。このPCの30分以外は。 つまり、また寝坊しました。昨日四時寝な上に、元々ここ数年間は体力もないので。でも体調が良く感じられるのは何故。
大学行ってまた剣道やりてぇッス。 そのためにも頑張ろう。 ま、アフィリアに通うために名古屋圏の大学に受かりましょう! という理由もある事は補記しておく。
刈谷からでも15分くらいで着くそうですけどね、名古屋まで。そう、教師なら愛教大なんだがな。その1つ上は広島になってしまうし。
でも南山の英米でも取れるんだよな。でも英米って南山で一番高いし、やっぱり難しいんでしょうが――そこは模試の判定を信じる。アバウトD判定。まだまだこれからだ。確か、偏差値的には名大経済と同じ筈です。
向上心を持続させるための目標値→名大経済
将来を考えた上での志望→南山英米・愛教国専
というわけで、今は名大を目指している。何はともあれ、だ。
名市経済や東京の私立を目指すN君のように経済に凄く興味があって、将来経済の方向に進みたいと考えているわけではないので、あくまでも学力向上のための“心の起爆剤”としての役割を担わせているだけの志望理由に過ぎない。故に志望大学を聞かれた際に名古屋大学、と答えるのは多少喉元でひっかかる節もあるが、それはそれで別問題として扱ってもらいたいところである。
大学の志望理由には様々なものがある。ただ、十人十色とまではいかないと思う。
自分の興味がある分野へと進むのが一般的だろう。
……その一般的という考え方の根拠は私的にはどこにもないのであまり深くは言及できないがしかし、大学を選ぶにあたって慎重にならざるを得ないのはやはり、将来の職業等に直接関わってくるからだろう。というか多分それしかないわな。
たまにレベルが合ってるから、というのを耳にするが、本当にそれで良いのかと思う。偉そうに思う。身分不相応に思う。だけどそう思う。
自らの学力を向上させるために少し上の大学を目標値として設定するのならば分かる。自分もそうしている。だが、自分のレベルがそこにあるからと言って、大学を志望して良いのか。 つまりそういう人たちは大学を選んでいるのではなく、選ばれているのだ。試験云々の話ではない。この時期の自らの学力レベルに合わせた大学を志望するという事は、自らを枠の中に閉じこめてしまっているに過ぎない。
それならば、もう少し上を狙ってみてはどうだろうか。
負け戦でもいい。記念受験でもいい。そう思う。
挑戦する事に意義があるのだ。受験勉強に意義があるのだ。合否だけでその価値は計れないだろう。学校で行われるようなテストや模試、果ては試験で人間の『賢さ』を計れないのと同じだ。テストで計る事のできる知能的な面は少ないと聞く。かと言って、テストや試験が限定された能力を計るものだからと言って、無意義だとは勿論言わない。努力の差が出るテストでは、将来社会に出た時の能力の一部を既に試されていると言って良いのではないか。良いだろう。(ぇ
かと言って、きちんとした職場につけなければ元も子もないのは言うまでもないだろうが。良い大学を出たから良い職につけるご時世でもないだろう。
そこはまた分野を重視した志望理由と微妙なバランスで釣り合っている1つの所以なのかもしれない。
話を戻す。
受かったら受かったで、また違う道があるだろう。その違う道は多岐にわたるだろうが、その中には必ず充実した人生を歩むその栄光の軌跡が存在する筈である。学びたい分野と多少差異が生じたところで、そこは少し修正を加えればいいだけだ。確実な手とは言えないが、受験勉強という人生最大の知識的な勉強期間を乗り越えるにあたって、自らの限界に挑戦する意義は必ず何処かに在る筈だ。それは確実だと思う。
と偉そうに書いてみた。身分不相応に書いてみた。だけど、そう書いてみた。
だから、俺はまさに今、名古屋大学の経済学部を目指している。
学びたい、興味のある分野は違えど、構わず突っ走ってみる。
そういうのも、良いかもしれないと思うからだ。
それが、俺の志望理由。 そう、ここまで読んでくれた人はもう分かっている筈だ。つまる話が俺が今のように名古屋大学を志望するに相応しいと考える理由、それは
アフィリアに頻繁に通って「先輩!」と言われたいがために!!!!
名古屋ってアニメイトとか充実してるから通いたいがために!!!!
……フリが長かったww
今日は13時間程度になりそう。14時間無理だった。遊んでたわけじゃない。ずっと勉強のみだ。このPCの30分以外は。 つまり、また寝坊しました。昨日四時寝な上に、元々ここ数年間は体力もないので。でも体調が良く感じられるのは何故。
大学行ってまた剣道やりてぇッス。 そのためにも頑張ろう。 ま、アフィリアに通うために名古屋圏の大学に受かりましょう! という理由もある事は補記しておく。
刈谷からでも15分くらいで着くそうですけどね、名古屋まで。そう、教師なら愛教大なんだがな。その1つ上は広島になってしまうし。
でも南山の英米でも取れるんだよな。でも英米って南山で一番高いし、やっぱり難しいんでしょうが――そこは模試の判定を信じる。アバウトD判定。まだまだこれからだ。確か、偏差値的には名大経済と同じ筈です。
向上心を持続させるための目標値→名大経済
将来を考えた上での志望→南山英米・愛教国専
というわけで、今は名大を目指している。何はともあれ、だ。
名市経済や東京の私立を目指すN君のように経済に凄く興味があって、将来経済の方向に進みたいと考えているわけではないので、あくまでも学力向上のための“心の起爆剤”としての役割を担わせているだけの志望理由に過ぎない。故に志望大学を聞かれた際に名古屋大学、と答えるのは多少喉元でひっかかる節もあるが、それはそれで別問題として扱ってもらいたいところである。
大学の志望理由には様々なものがある。ただ、十人十色とまではいかないと思う。
自分の興味がある分野へと進むのが一般的だろう。
……その一般的という考え方の根拠は私的にはどこにもないのであまり深くは言及できないがしかし、大学を選ぶにあたって慎重にならざるを得ないのはやはり、将来の職業等に直接関わってくるからだろう。というか多分それしかないわな。
たまにレベルが合ってるから、というのを耳にするが、本当にそれで良いのかと思う。偉そうに思う。身分不相応に思う。だけどそう思う。
自らの学力を向上させるために少し上の大学を目標値として設定するのならば分かる。自分もそうしている。だが、自分のレベルがそこにあるからと言って、大学を志望して良いのか。 つまりそういう人たちは大学を選んでいるのではなく、選ばれているのだ。試験云々の話ではない。この時期の自らの学力レベルに合わせた大学を志望するという事は、自らを枠の中に閉じこめてしまっているに過ぎない。
それならば、もう少し上を狙ってみてはどうだろうか。
負け戦でもいい。記念受験でもいい。そう思う。
挑戦する事に意義があるのだ。受験勉強に意義があるのだ。合否だけでその価値は計れないだろう。学校で行われるようなテストや模試、果ては試験で人間の『賢さ』を計れないのと同じだ。テストで計る事のできる知能的な面は少ないと聞く。かと言って、テストや試験が限定された能力を計るものだからと言って、無意義だとは勿論言わない。努力の差が出るテストでは、将来社会に出た時の能力の一部を既に試されていると言って良いのではないか。良いだろう。(ぇ
かと言って、きちんとした職場につけなければ元も子もないのは言うまでもないだろうが。良い大学を出たから良い職につけるご時世でもないだろう。
そこはまた分野を重視した志望理由と微妙なバランスで釣り合っている1つの所以なのかもしれない。
話を戻す。
受かったら受かったで、また違う道があるだろう。その違う道は多岐にわたるだろうが、その中には必ず充実した人生を歩むその栄光の軌跡が存在する筈である。学びたい分野と多少差異が生じたところで、そこは少し修正を加えればいいだけだ。確実な手とは言えないが、受験勉強という人生最大の知識的な勉強期間を乗り越えるにあたって、自らの限界に挑戦する意義は必ず何処かに在る筈だ。それは確実だと思う。
と偉そうに書いてみた。身分不相応に書いてみた。だけど、そう書いてみた。
だから、俺はまさに今、名古屋大学の経済学部を目指している。
学びたい、興味のある分野は違えど、構わず突っ走ってみる。
そういうのも、良いかもしれないと思うからだ。
それが、俺の志望理由。 そう、ここまで読んでくれた人はもう分かっている筈だ。つまる話が俺が今のように名古屋大学を志望するに相応しいと考える理由、それは
アフィリアに頻繁に通って「先輩!」と言われたいがために!!!!
名古屋ってアニメイトとか充実してるから通いたいがために!!!!
……フリが長かったww




