3月も末になり、学生さんはどの学校でも卒業式も終わる時期、また、社会人の方は内示が出た、という方も多いのではないでしょうか。


こちらは近況報告の記事から少し色々あり、5月末までリーダーとなり、うまく事が進めば6月からスタッフということになりました。


学校事務時代のような、年度にして4年、年数にして丸3年で3校経験したような怒涛の異動劇は今回は無しということになります。



学校事務時代は年度末残る側になったのは一度のみでしたが、中学生の時から、在学中の間の先生方の御異動など、特に残る側になった時、思うことがあります。



あ、この方と過ごしたこの期間に、この方の少しでも力になれただろうか、ためになれただろうか、と。



距離はその方その方で色々ですが、ちょっとだけでも関わっていると、そう思います。


リブログしているのは体育大会の記事ですが、この文末にある、



「高校生活という限られた時間の中でも、経験したことがずっと記憶に残ることもある。

 

そう考えると、普段の学校生活からそうであるが、その記憶が、悲しいものであってはならず、楽しいものであったり、その後の生徒たちの糧となるものであってほしい、と、一職員の立場から思うのである。」



と、生徒さんのこと思って書いていますが、どの立場の方だって、年代の方だって同じで、限られた時間の中で経験したことがずっと記憶に残ることはあるのであり、その記憶の中身がその方一人だけでの出来事、ということは少なく、他の人が関わっていることがほとんどだと思います。



人生として考えると、期間としてはたった少し、ほんの一部の期間かもしれない、しかし、その方の人生の一部に入り込んでいる、そう思うと、少しでもプラスになれていればいいな、ましてマイナスだったなんて思われていたら申し訳ないな、なんて思うのです。



まだまだ未熟者の若輩者で、まだ職場で関わるのは少し年下もおられるかなというくらいで、年上の方が多い現状ですが、年上年下に関わらず、その方の人生の一部である、在籍期間が、少しでも、良い期間であった、と思っていただけることに、少しでもプラスになれていれば、と願うのです。



と、以前つぶやいていたものを再び貼り付けて結びとさせていただきます。


ふと思うことがある。今この相手への言動、動作は、自分の人生の一部でもあり、相手の人生の一部でもあるということを。そう思うと、一つひとつの相手への言動、動作が、とてつもなく重いものであると感じる。どの瞬間も、自分のため、そして、相手のために、大切にしなければならない。


〜2022.2.25のつぶやきより